320列車 定期急行
札幌駅についてから、網走から来る特急「オホーツク」のキハ183系も撮影。その後、僕たちは駅の近くにあるホテルに向かった。部屋割りは当然と言えば当然のことながら萌が一人部屋、僕と今治、百済と高槻という組み合わせに分かれた。
そのあと一旦僕と今治の部屋に集結してから、夜の札幌の街に繰り出した。夜の空気はさっき駅からホテルの間を歩いた時よりも一段とひんやりしている。日がすでに落ち切り辺りは街灯と建物のネオンサインに包まれている。まさに体に堪える寒さと言ったぐあいだ。
「ちょっと地下道行こう。」
今治がそう言い、誘導されるように僕たちは地下道に入った。地下道に入ると今までの寒い空気とは一転した。地下道と地上を隔てている扉を2回開けて入るとそこは暖房の効いた世界だ。
「さすが北海道。これが本当の耐寒設備ってやつか・・・。」
高槻が感心したように言った。
確かに、北海道の寒さというのは本州からしてみれば想像もできないものなのであろう。それは鉄道でも同じことが言えた。国鉄特急と言えば、クリーム色に赤のラインが入った車両が看板とも言えるだろう。その車両は485系と言うが、その車両の耐寒設備を少々強化し、北海道に電車特急を走らせようとした前例がある。だが、本州の耐寒設備を強化しただけでは北海道の寒さを凌ぐには気休めにもならなかったみたいで早々に781系という交流電車特急に置き換えられている。
他にも気動車全ての旅客用窓が2重窓になっていたり、今の通勤電車にある暖房の出るエアカーテンという設備によって外気をシャットアウトしたり。それをしなければならないほど寒いというのはそれら設備が物語っている。
「ねぇ。」
冷たい手が頬に触れた。
「ヒャッ・・・。」
「見てみて。あれ。」
萌はそう言って今入ってきた扉の上を指差した。
扉の上には「化粧室」と書かれ、男性用と女性用があることを示すマークがある。しかし、よく見てみるとそのマークは本州でよく見るものとはちょっとだけ違う。マフラーを付けているのだ。
「ここでしか見れないよ。」
うーん、本州に日常的にいる人からしてみれば物珍しいものに入るのかな・・・。
「撮っとけば。ここでしか見れないっていうのは事実だし。」
今治がそう言うのであれば、という感じで携帯のカメラで撮ったが・・・。まぁ、そんなことはどうでもいいか。さて、
「この地下道は地下鉄とJRの駅繋いでるんだ。だから、寒いときはこれで寒さを回避しながら、何も気にせずに乗り換えることが出来るのさ。」
と言った。
「ほお。そりゃありがたいな・・・。大阪じゃあ地下道でつながってはいても暖房は完備してないからな・・・。有ったとしてもほとんど意味ないし・・・。」
と高槻。
「そもそも地下道なんてほとんど見ないしねぇ。」
と萌が続けた。
「やっぱり北海道だなぁ・・・。」
って、やっぱりそれで終わるよなぁ・・・。
チラッと時計を見た。時計は21時を少し過ぎた時間を示している。
「これからどうする。」
「どうするって、「はまなす」見る以外何かあるのか。」
「そうなるよねぇ。「はまなす」は22時ちょうど発。まだ普通に行って間に合うけど、問題は朝の「はまなす」にするか、これから出る夜の「はまなす」にするか。」
「早い方がいいんじゃないか。朝起きられない人もいるだろ。特に俺とか。」
高槻は目を輝かせながら言った。表情からして今から行けと言わんばかりだ。
「他の人はどうなの。」
「私は今でもいいよ。」
「僕も。ていう会纏っとくべきじゃないかな。朝はいろいろとあたふたしてそうだし。」
「・・・一応、朝も711系を撮るためにこっちに来るんだけどねぇ。」
「でも、その時間に「はまなす」は来ないだろ。」
「ああ、6時7分着だからな。とっくに車庫に回送してるよ。」
「・・・。」
「やっぱり今撮っとく。」
話はそういうことになった。地下道をそのまま伝って行けば、さっき今治の言ったとおりJRの札幌駅に通じている。途中に札幌地下鉄に似りかえるための改札口が散見されるがそれらをすべて無視して歩いて行けば、JRにたどり着く。上に上がると今でも多くの乗客が乗り降りしている。だが、時刻表にも北海道らしさがある部分があった。新千歳空港に行く全ての列車はすでに運行を終了しているのだ。それもそのはず、快速「エアポート」の最終新千歳空港行きは20時45分発。21時23分に新千歳空港に到着する。今この時間であれば、もう新千歳空港の近くを走っている状態だ。北海道の新快速はここまで速い時間に運転を切り上げるのだ。なお、新千歳空港から札幌に戻って来る列車は22時53分まであるため、札幌に戻ってくる快速「エアポート」はまだ打ちとめではない。
入場券を買って構内に入った。
札幌の駅は上を見上げると天井になっている。それだけ多くの雪が降り積もるのだ。そして、ここは北海道の拠点であり多くの利用者がある。彼らの安全のためにも必要な設備である。
「うう・・・寒いなぁ・・・。」
「そんなこと言ってるから寒いんだよ。もっと人間熱くなれよ。」
「修○みたいなこと言ってんじゃねぇよ。寒いもんは寒いんだよ。」
とか言っている間にも列車は入線してくる。青函連絡特急の「スーパー白鳥」に使われている車体を全面シルバーに塗っている旭川~札幌の連絡電車特急「スーパーカムイ」の789系1000番台、「スーパーカムイ」に比べ青い顔の「スーパーとかち」、「スーパーおおぞら」、「スーパー北斗」に使われているキハ261系1000番台、キハ283系、キハ281系。通勤車両では721系、731系、733系、735系がひっきりなしに入っては出ていく。
「うう・・・。」
手がかじかんで思うように動かない。正直、手袋をつけたままスマホの画面を操作できるものがあるとありがたいほどだ。細い指先は思うようにうまく動いてくれない。
「間もなく、4番線に22時ちょうど発、急行「はまなす」青森行きがまいります。黄色い線の内側までお下がりください。」
のアナウンスが流れた。
「やっと来た。」
それには二つの意味があった。一つは待ち焦がれた唯一の急行をこの目に出来ることだ。そしてもう一つはこれを撮り終ったらようやっとこの身体に堪える寒さから解放され、ホテルに直行できるということである。
やがて、暗闇の中から青い色の列車が姿を現した。DD51というディーゼル機関車を先頭に7両の青い客車が入線する。その先頭には「はまなす」の文字の入ったヘッドマークがある。車両は機関車の次に14系のB寝台車2両が続き、4号車に「のびのびカーペット」の車両が連結されている。それ以外の車両は座席だ。これが唯一残った定期夜行急行の姿である。
「カマはDD51の1195号機・・・。」
高槻が呟いた一言は入って来る列車の騒音にかき消される。
ギギギという音を立て列車は減速し、止まるとガチャンという連結器同士がぶつかり合う音を立てて停車した。
「これが「はまなす」・・・。」
「萌は見るの初めてだっけ。」
「そう言うナガシィだって「はまなす」は見たことないでしょ。前に函館に来たときだって「はまなす」は見て無いじゃん。」
「アハハ・・・。」
ふと車体の上部が目に入った。車体の上部は塗装がはがれているところがあり、その下地は完全にさびている。その上に車体のいたるところが痛んでいるのが遠目にもよく分かる。使っている車両も製造から30年以上の時が流れているものである。痛みが隠せなくなっているのは誰の目にも明らかだ。
(本当に北海道新幹線が開業したら、廃止されるんだろうな・・・。)
それを否応がなく認識させられる。
「おい。」
萌が僕をつついた。
「早いところ写真撮ろう。どうせ22時までいるんでしょ。」
「まあね。」
「それに、私は夜行列車見るの初めてなんだからね。ナガシィったら一人だけ「きたぐに」とかも見て・・・。羨ましいんだぞ。」
「あっ、ああ・・・。」
22時ちょうど。「はまなす」は静かに札幌のホームから離れ、暗闇にその姿を消していった。あれが青森に到着するのは明朝5時39分だ
「はまなす」は今や日本に残る唯一の急行列車です。JR発足時はこれ以上にもっと多くの急行があったということの方が今となっては驚きですね。




