317列車 1か月前
暑い夏がだんだんと終わりに近づいているのか、それともまだまだ長引きそうなのか。そんな気候が9月になっても10月になっても続いている。その10月も半ばを過ぎた19日。
和歌山の駅前はいつもと変わらない時を過ごしている。大体の列車はここから大阪に向かって行く紀州路快速だ。1時間に1回くらいのペースでオーシャンブルーのラインが入った車両を使っている特急「くろしお」が発車する。たまに1色に塗られるようになった和歌山線の2両編成の列車が桜井、高田方面に向かって、紀勢本線に入り御坊方面に向かって行く普通列車がごくたまに発車する。
その和歌山駅の一角でただ茫然と今治は立っていた。口は先ほどから動いているものの、言葉を発することは無い。そして、顔にはかなり疲れが出ている。目の下には寝ていないことを物語るようにクマが出来ている。
「・・・。」
頭の中には先程までの疲れる要因が映っていた。
今治がここにいる理由はただ一つである。永島達と行く北海道に「トワイライトエクスプレス」で行こうと提案していたからだ。問題の「トワイライトエクスプレス」は既に廃止が発表されているのは前にも述べたとおりである。当然そのプレミア切符を取る為に「発売開始」とともに多くの鉄道ファンやこれを期に「トワイライトに乗りたい」という人が殺到したのだろう。自分も結構速く窓口に行ったつもりではあったが、その時にはすでに売り切れた後であった。
(どうしたものかなぁ・・・。)
天井を見上げてみた。もともと鉄道学科に通っていたと言うこともあって、「トワイライトエクスプレス」に乗れるという可能性を待ちわびている人がいたであろう。だが、問題の切符は取れなかった。もしかすると行く人数に増減があるか・・・。
そんなことを思った。だが、それを考えていても仕方がないか。先ずは報告をしなければならない。スマホを取り出してみると上の方に何かの通知が来ている。
発信元は10時00分で高槻海斗になっている。文章は「どうだった」と短い。それに対する返信は完全に生きる気力を失ってい、すべての色の抜けた初○ミクである。
「やっぱりか。」
それの返信は早かった。そして、この文言からして取れるかどうかは諦めていたようだ。
「朝5時じゃ甘かっただろ。」
立て続けに通知が入る。
「ああ。甘かったな・・・。」
「まぁ、その時間に行って取れるんなら、大阪とか東京で3日前から並んでる人が馬鹿みたいに見えるしなww。」
「確かにww。」
「んじゃ、往復飛行機なんだな。」
「そういうこと。」
「往復飛行機で行くのはいいけど、どこ行くつもりさ。目玉っていう目玉は外れたも同然なんだからさ。」
そう返ってきた。
其の事に関してはいろいろと考えている。旭山動物園とか、小樽とか。ただ、漠然と決まっているだけであり、確定事項ではない。
考える暇もなく高槻からはLINEが届く。
「北海道だったら、小樽に手宮線跡とか、赤のポンコツとか、バケモンみたいなディーゼルとかいろいろあるじゃん。」
「ww.」
何が言いたいのか分かるものがたくさんである。小樽にある手宮線跡というのは小樽港に向かって伸びていた北海道最初の官営鉄道。北海道にあるJRの歴史はこの路線から始まるのである。実際に運行されていた時は函館本線の南小樽から、小樽市街の中心を貫くように手宮、小樽港の桟橋まで線路が伸びる総延長4キロにも満たない小さい路線であった。今は実際に使われていた線路と踏切、そして手宮線跡があったことを今に伝える碑があるだけである。
他のは順番に711系という電車とキハ201というディーゼルカーのことを指しているのであろう。だが、
「高槻って北海道行ったことないの。」
と聞いてみた。高槻ならあるのではないだろうか。
「あるけど、俺行ったの函館ぐらいだし。それにその時は小さかったから何見たかもわかってねぇし。ただ、従姉にちちくりまわされたのは覚えてるけどなwww」
「www。」
そんなやり取りをしていたが、どこかに申し訳ないなという気持ちがあった。
夜、僕たちは仕事を終わって帰ろうとしているころである。挨拶してから、詰め所を出て、部屋に戻ってくる。
「うーん・・・。」
スマホを見てみても今治からLINEが来ていない。こっちも取れているかどうかは気になるのである。
「ナガシィ、入るよ。」
萌の声が聞こえた。いいよと言ってから、萌が部屋の中に入ってくる。
「どう、今治君からLINE来てる。」
「ううん。来てない。」
「・・・。」
「ちょっと聞いてみるね。」
そういい、僕はスマホを操作した。
「やっぱり、「トワイライト」取れなかったんじゃないのかな。言い辛いんだよ。きっと。」
「そうだとしても聞けば答えてくれるでしょ。」
そう言った直後にスマホが震えた。画面には、「イマバリーが画像を送信しました」となっている。
開いてみると丸い顔の熊が出てきた。影が多く使われているところを見る限り、無理だったということが伝わってくる。
「無理だったか。」
とLINEで送ってから、
「無理だったって。」
と萌に言った。
「無理だったんだ。廃止発表された列車で全車指定なら無理もないよねぇ。」
萌はそういうと僕のところに顔を近づけ、
「どうするの。往復飛行機だよ。」
と聞いてきた。
「別に飛行機なのはいいよ。怖いのは変わりないけど、札幌とかには行ったことは無いんだから、行くつもり。」
そう答えた。
「ふぅん。」
他人事のように答える。
「そう。「怖かったよ」とか言っても助けないからね。」
「・・・。」
「当然、窓側でいいわよね。」
「窓側は絶対嫌。」
「へぇ・・・。」
「ば・・・馬鹿にしないでよ。」




