313列車 LINE
窓から見ていると終点の駅が見えてきた。何線も広がるその駅はこの地で最も大きな都市を象徴する存在であることを示している。大阪のJRと比べてしまうのは癪であるが、それでも多くの車両が出たり入ったりを繰り返している。
後ろの扉が開いて、大きな荷物を抱えた人が出て来る。
列車は段々とスピードを落とし始め、ゆっくりとホームに進入する。他の寝台特急ならガッシャンという大きな音と体を揺さぶられるような衝撃が襲ってくるが、この列車でそんなことをしたら即刻苦情が殺到するだろう。それを弁えて、ゆっくりと慎重に止まる。
スライド式のドアが開き、足元の段差に注意しながら降り立った。こちらの空気は夏であるにもかかわらず、それを感じさせない。
「札幌、札幌です。ご乗車ありがとうございます。」
「ふぅ・・・。ようやっと着いたー。」
そういい体を伸ばした。
「ここまで来るのは久しぶりだなぁ・・・。」
そういうとすぐに歩みを進めた。後ろから続々と降りてくる人たちを待たせてはいけない。
降車する人の邪魔にならないところまで来て、後ろを振り返った。
深緑の車体に一本入る黄色のライン。ところどころに入っているこの列車を象徴するロゴマーク。そして、先頭には今もごうごうと大きなエンジン音を轟かせている2両の青いディーゼル機関車がある。
寝台特急「トワイライトエクスプレス」。来春での廃止は既にJR西日本から発表されている。20数年の長い歴史を持っている豪華列車であるが、この車両も老朽化という時代の流れには勝てないのだ。その序章として、廃止の半年前頃に当たる10月からは運転日注意の不定期列車であったのを一部の例外を除いて毎日運転するということになっている。
廃止する理由は二つ。一つは先ほども述べたとおり、車両の老朽化である。「トワイライトエクスプレス」に使われている車両は国鉄時代に建造された車両。この車両がいくら国鉄時代の末期に建造されたと言っても、片道1000キロ以上の距離を走る長距離列車では老朽化のスピードは他の在来線車両とは比較にならないほど速い。
二つ目は新函館(仮)まで開業する北海道新幹線の開業に向けての準備作業である。北海道と本州青森の間にはご存じ世界一長い海底トンネルである青函トンネルが存在する。青函トンネルは新幹線の準備工事が着々と進められ、在来線のレールの外側、トンネルの中央寄りに新たにもう1本の線路を敷設する工事を行っていた。当然、列車の少ない夜間にそれらの工事は行われるのである。さらに、青函トンネルは北海道と本州を結ぶ唯一の鉄道路線である。そのため、本州と北海道を結ぶ列車は旅客・貨物問わず通過することになる。そして、夜間に工事を行うのだから、青函トンネルに列車が時間関係なしに通ることは当然歓迎されない。そして、線路の敷設が完了すれば、北海道新幹線開業の為の走行試験が行われることになる。青函トンネルにずっと新幹線車両が居座ることになるため、その間当然列車は進入することが出来なくなる。
作業時間帯に青函トンネルを通る列車を本州の青森と、北海道の五稜郭に止めるという手もあるが、旅客列車ですべての乗客に理解があるとは思えない。まぁ、これはただの私見だ。
「永島や草津はこれに乗ったって言ったらなんていうかな・・・。」
そんなことを思いながら、列車の先頭に向かった。やはり、来春の廃止が発表されているため、名残惜しいと思っている鉄道ファンが集まっている。
(やっぱり、羨ましがるよなぁ・・・。次来るときは一緒にこようかな・・・。)
カメラを列車に向けた。写真を撮っていると回送となった「トワイライトエクスプレス」が車庫に帰る時間がやってきた。
汽笛一声ののち、牽引するDD51のエンジンは更に唸りを上げる。機関士の慎重な運転は回送になってからも何ら変わることは無い。DD51にひかれた10両の車両は機関車に従いホームから離れていく。全ての車両がホームから離れていき、顔をそちらに向けた。最後尾の車両が通り過ぎ、やがて遠くに消えていった。
「さて、行くか。」
そういい荷物を持ち上げた。
数日後。
「それでは、お先失礼します。」
「お疲れ。」
そういい外に出た。詰め所から出て、出口の方向に歩いていくと、
「お疲れ様。」
と声をかける人が一人。萌だ。
「お疲れ様。待ってたの。」
「いいじゃん。どうせ、帰る方向は同じなんだし。」
「暑いのに待たなくても。」
「私が待ちたかったの。いいでしょ。」
「はいはい。」
そう言ってから僕は歩みを進めた。歩いていく方向は駅の方向から90度違う。今まで詰め所を出てすぐ渡っていた道を渡らず、駐車場がある方向へと歩き出す。こちらに来て数日たってから住まいはこっちの近くにあるワンルームに変わったのだ。
前住んでいたところよりは広くなったけど、実家の僕の部屋程度の広さにトイレとふろ場と狭い玄関がついたぐらい。やはり小さいのは変わりない。
「明日はお互い休みだし、部屋でゆっくりしてる。」
萌はそう言った。
「いいね。」
「ていうか毎日でしょ・・・。」
「エヘヘ・・・。」
「それよりも銀行に通帳記入とか、残高確認とか行った。」
「ううん、行ってない。」
「あっ・・・。やっぱりか・・・。少しは確認しなよ。本当に入ってるかどうかとかそういうことちゃんと確認したほうがいいよ。先輩だって「ウチの総務はしっかりしてるんだかしてないんだか、分かんない」って言ってたでしょ。」
萌の言っていたことは確かである。事例としては「寮から出たにもかかわらず、家賃が天引きされる」など他多数。
「あのさぁ、ナガシィって本当に人任せだから期待してないけどさぁ。自分のお金なんだから、そこまでズボラじゃなくてもいいでしょ。」
「記入しようかなって思った時に行くよ。」
「行かないから言ってるんでしょうが・・・。今は個人情報がとかってかなりうるさいんだし、私がナガシィの口座確認するとかってできないんだから。」
「口座ぐらいの確認だったらできなくないでしょ。番号教えるけど・・・。」
「ダメだって。」
「ダメかな・・・。別に萌は自分のお金にするとかそんなことしないし。」
「確かにしないけどさぁ・・・。」
その時メールの着信音がした。ポケットに入っているスマホを取り出すと、メールが着信したことを占める葵ランプが点滅している。電源ボタンを押して、画面を出す。上の方にはメールが来たことを通知するアイコンが表示されている。さらにその右側にはLINEが来たことを示す緑の四角いアイコンが表示されていることも確認した。
「メール。」
「誰から。」
そういい萌は僕の携帯を覗き込んだ。
「ん・・・。まぁ、かなりどうでもいいメール。」
「LINEも来てるじゃん。」
「うん。誰だろう・・・。またわけわからんお前誰だよっていうのだったらブロックするだけだけどねぇ。」
そういいながら、ラインのアイコンをタッチした。
「んっ、今治からだ。」
「えっ、珍しい。」
その文章を見ると、
「ナガシィ君、11月に北海道行くのどう。メンバーは俺、百済、高槻、ナガシィ君と萌ちゃんの5人。」
「えっ、私誘われてるし。」
「難しいよねぇ・・・。同じところに来てるから、お互い3連休ぐらい取れるなんてことできないよねぇ・・・。」
「確かに・・・。」
「ちょっと返信してみようか。二人とも行くかどうかは置いといて。」
僕はスマホの画面をタッチしながら、文章を打つ。
「行くのはいいけど、何で行くのさ。」
「北海道だったら大体LCCだよねぇ・・・。それで以外安くいく方法ってないし・・・。」
「うん・・・。」
「ナガシィって、飛行機怖いよねぇ。行くのやめたら・・・。」
「・・・いいじゃん。」
その時スマホが震えた。
「あっ。」
開いた瞬間思わず、
「何っ・・・。」
と言った。
青函トンネルではもう走行試験も行われています。北海道新幹線が開業すると日本で新幹線が通っていないのは四国、沖縄だけになります(沖縄はコストの面でどうにもなりませんが)。




