310列車 自己中心的運転者注意報
さて、私は今夜露副長と乗っている。今日から本勤務ということもあって緊張はしているが、OJTで習ったとおりにまずは仕事をするだけである。
「こんなに鍵付けたくないね。」
そういいながら夜露さんは鍵を入れるホルスターを見せる。それにはたくさんの鍵がついている。合鍵屋さんかなという程ではないが、これらすべて新幹線の周りにある柵の中に入るためのものである。
確かに、こんなに多い数付けていたらつけるのが嫌になるかもしれない。
「まぁ、この鍵の数だけJR東海から信頼されてるってことだよ。」
夜露副長はそう笑いながら、鍵を付けた。
「さて、今日は・・・うわぁ・・・いやなパターン。」
夜露さんはバインダーの一番後ろに刺さっているパターン表を見るなりそういう。変なパターンではないとは思っているけど、何せ一番最初に入る勤務であるから自分には全く分からない。
「さて、じゃあ、そろそろ車出すから、スマホタイムは終了ね。」
というよりも私はいじってないですけど。
「行きましょうか。」
そういうと車のアクセルを踏み込み、車は発進する。駐車場からスタートし、その駐車場から先ず出る。駐車場から出る道を右にとり、最初に来る交差点を左に曲がる。
いや、曲がろうとする。
車が左から走ってきたので、夜露副長は車を止めた。出す前に左右の安全を確認することは最低限しなければならないことである。
「ちょっと見てな。」
夜露副長はそういうと顎で左から走って来た車を指した。その車はセンターラインを右側にはみ出す形で右へと走り抜けていった。周りに歩行者がいるわけでも自転車がいるわけでもない。そして、その車は速度を落とすことなく高架橋の柱で見え辛い場所を突破していく。
「馬鹿だよなぁ・・・。」
呆れた顔でそう言う。
「・・・。」
私は呆気にとられているだけである。普通見え辛いところに来たら減速するのが常ではないのだろうか。だが、あの車は前から車が来ていないと高をくくって減速をしていない。いつか事故を起こす典型の運転をしている。
「これから1日に必ずああいう車を目にすることになるから、馬鹿だなっていう憐れみの目を向けておけばオッケイよ。」
「は・・・はい。」
「ああ。後窓開けない限りは相手のドライバーにどんな暴言吐いてもオッケイだからね。まあ、其れ位しないと持たないと思うわ。」
そう言ってから、夜露副長は道路に車を出した。
だが、道路に出た直後だというのにセンターラインをふつうにはみだして減速することなく曲がってくる車は多い。普通じゃ考えられないことであるが、どうやら滋賀県では普通のことのようである。
最初の交差点に来ても様相は変わらない。信号のある交差点であるが、黄色になってギリギリで突っ込んで来る車だけかと思ったら赤になってからも信号無視して交差点に進入する車まである。滋賀県で信号無視を取り締まったら相当成果を出せるのではないだろうか。まぁ、それはいいか。
その交差点は赤になってから右折車が曲がっていいことになる道路である。下には緑色の右矢印を出すための信号がついている。
「多分来る。」
夜露副長がそう言うと、車が来た。
「信号無視だよ、あれ。」
車を指差してそう言った。確かに矢印の信号が変わった後にあの車は交差点に進入してきた。そして、その車は減速することなく交差点に進入し、私達が待っているところとは正反対の位置にいる車に危うく当たるのではないかと思えるほどの内回りをして曲がっていった。
「そして、クソ馬鹿だ。右左折するときは減速がふつうなんだけど、滋賀県は無理。」
突き放したような言い方をするものである。
「そもそも、関西の大阪の人がこっちにベッドタウンとして引っ越してくるから、ひどい運転が滋賀県に流入するから、滋賀県は運転マナーが悪い。それに滋賀県にもともと住んでいる人たちは田舎に暮らしてるっていう気持ちが抜けないから、ローカルルールをふつうに適用してくる。だから、余計運転マナーが悪い。運転マナーが悪いのと運転マナーが悪いのが融合するから余計たちが悪くなる。」
「・・・。」
私はただポカンとした顔でそれを聞いているだけである。
「萌ちゃん、もっといいこと教えとこうか。女の運転は私たち以外信頼しちゃダメよ。女ほど分からないドライバーはいないからね。」
「は・・・はい。」
このあと夜露副長は車を走らせたり、鍵の点検をしながらいろんなことを言っていく。それもほとんどは滋賀県ドライバーへの批判が多い。というよりもあの運転を見せつけられて批判が出てこないほうが無理なのではないかと自分でも自覚するほどであった。
「私達って細い道ばっか行くでしょ。だから、いろんなところの離合できる場所を覚えとくのがまず第一。仕事はそのあとでもいいわ。そもそも滋賀県の人は前に行くことしか分かってないも同然よ。だから、どんな狭い道でも先に進もうとするからね。それに大阪の人がこっちに引っ越して来てるせいか「待つ」って言うことを知らない人もいるから。待てば変なところで離合できないなんてこともないのに、前にしか進まなかったり、われ先にいこうとするから、自分で地雷踏むのよ。でも、自分で地雷踏んでも人のせいにしてくるからね。こっちに「お前がバックしろよ」みたいに睨みつけてくるやつらが居たら、表で笑って「この馬鹿ドライバー」って言ってやればいいのよ。」
ようやっと夜露副長から出てくる言葉がなくなった。
「それにさっき女の運転は信用するなって言ったけど、もっと言っちゃえば他人の運転する車は全部信用しないほうがいいわ。滋賀県のドライバーは何がしたいか全く分からないのよ。ウィンカーは出さないし、幅寄せ同然の進路変更は普通にするし。中にはウィンカーだけ出せば進路変更していいとかっていう終った認識をしている人もいるわ。だから、事故起こしやすいの。これで事故しても文句は言えないけど、私達は巻き込まれたら終るからね。」
「はぁ・・・。」
「私達は巻き込まれない限りは馬鹿な奴だなぁって思ってていいけど、事故した瞬間に他人事じゃなくなるから・・・。事故起こすと東海に電話しなきゃいけないのよ。それで来るかどうかも分からないレンタカーを待つの。まぁ、誰もそんな面倒くさいことしないんだけどね。」
「はぁ・・・。」
「まぁ、事故とかは有ったら追々教えていくわ。」
それでようやっと夜露副長のおしゃべりが止まった。とおもったら、
「そうだ。萌ちゃん。萌ちゃんってペーパー歴有る。」
「えっ。」
「ペーパードライバー歴。長くても2年よねぇ。」
「は・・・はい・・・。」
「静岡って言ったよねぇ。そっちで車運転したことは。」
そう聞いてきた。夜露副長はそう言いながら交差点を曲がる為にハンドルを切る。片手でハンドルを操作しながら器用に曲がっていく。その時も後ろの車がこっちよりも内側をまわって交差点を曲がろうとする。それを発見するなり、
「そんな早く行ってどうするんだよ、アホ。」
という罵声が飛ぶ。
「で、話変わっちゃったね。有る。」
「いいえ。無いです。」
「じゃあ、大阪居たときは。」
「まず、車がないです。」
「そうだろうなぁ・・・。大阪だったら車持つよりも歩いたり電車乗ったほうが安いもんなぁ・・・。それでいつ免許取った。」
「大阪来る直前です。高校終ってすぐに。」
「ああ。じゃあペーパー歴は2年なんだ。」
納得したように言ってから、
「私もこんな運転してるけどさぁ、此処に来る前はペーパードライバー歴3年だったな・・・。でも、大丈夫。運転士出せば1日に少なくても20キロは走るし、いやってほど運転するから。だから、ペーパーは1か月有れば脱せるわ。」
そういいながらも車の外の風景は変わってきている。住宅街の中に入り込んだかと思うと車を道路の端に止めて、二人で降りた。
「それにしてもよかったわねぇ・・・。此処なら会社の車でお給料もらいながら車の運転の練習ができるんだし、主婦以上の運転技術を身につけてから、お嫁に行きなよ。将来の旦那さんが変な運転する人だったら、私の方が運転上手いよって言い放ってやれ。そうしたら男も少しは躍起になって上手くなろうとするんじゃない。」
なんて笑いながら歩いていく。
私の将来の旦那さん・・・同じ場所に来て今隊長と乗っているような・・・。って、ナガシィは別に旦那さんじゃないし。
今回小説に書いたこと心当たりがある人は注意。自分の運転を顧みる機会にしてみてはいかがでしょう。




