309列車 長良さん
滋賀にあるPatrol隊に通い始めて1週間がたった。警備範囲をすべて回ったことから、ここからは数日間連続で同じ班に行くことになる。そして、今日はその1日目である。
なお、今日からは車に乗る人数は2人になる。ここから先はわずか2人での仕事である。何かあっても事象に対応するのは2人だ。何もなければ十分暇な仕事であるらしいが・・・。何かあったら一気に忙しくなるのがPatrol隊の特徴である。
「朝礼開始します。整列、気を付け、敬礼。」
この一言から朝がスタートする。
朝礼で警備巡回に関係することを引き継ぐ。まぁ、仕事をしていれば当然皆することであるから、あんまり言及はしない。
「次、業務指示事項。お願いします。」
「はい。本日から新人三名。坂口、沙留、永島隊員がOJT終了して、正規の勤務に入ります。此れから新人と乗られる隊員につきましては教育の徹底をお願いいたします。」
淡々と業務指示事項を言っていくのはこの隊の隊長。長良一史である。そして、今日僕が一緒に勤務をする人である。
長良隊長は春風隊長が言うには元自衛官。もともと春風隊長と同じ隊にいて、Patrol隊に転属になったと言う。しっかりと教育はしてくれる人で、教育にかけてはとても厳しい人だそうだ。
「あと、引き続き言われております防衛運転にて無事故継続で今年を乗り切りたいと思いますので、協力よろしくお願いいたします。以上です。」
「はい。それでは、これにて朝礼終了いたします。整列、気を付け、解散。」
これで朝礼が終了だ。
「よし、じゃあ萌ちゃん行こうか。」
萌にそう声をかけて、女性がバインダーやカバンを下げて、詰め所の扉に近づく。Patrol隊副長、夜露侑香だ。
「はい。」
萌の返事を聞くなり、夜露副長は扉に手をかけ、
「行ってきまーす。」
と言って扉から出ていった。それに続いて、沙留が扉を出て、沙留のアイキン者である山雲隊員と一緒に出ていく。
「永島。携帯持って。」
その声に僕は一角におかれている携帯を手に取る。それには何班のものであるかというのが区別できるように昔よく見たお名前シールらしきものが付けられている。
「携帯よし、鍵よし。よし、それじゃあ行ってきます。」
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
詰め所からそう返ってくる声を聞いて僕は詰所を出た。詰め所を出て、オートロックのドアを開けて、外に出る。素で夜露副長と萌は道路の方へ歩いて行っていて、其れを追って沙留と山雲隊員が歩いている。
「駐車場がこっちにないから、場外駐車場まで歩かなきゃいけないんだわ。」
長良隊長は笑いながらそう言った。
信号を渡って、場外駐車場に行くと奥の方にいかにも四輪駆動できそうな車が止まっている。既に何回も乗った車であるが2人で乗るのはこれが初めてである。
「さて、助手席はバックする時に下りてもらって、誘導するようになっているのは聞いてるけ。」
確認するように言ってきた。もちろん、これに対する反応は「はい。」である。
「じゃあ、その通りに頼むわ。」
僕はいったん車から離れて、後に就いた。同じように萌も沙留もバックして来る車を待っている。先ず夜露副長の車がバックした。バックをし終えると、ハンドルを右に切って、何時でも出れる態勢をとった。その後萌が乗るのを待って、しばらくしてから車が発進する。次に発進するのは山雲隊員の運転する車。ついで、長良隊長の車が発進する。僕が乗り込み、発進前にアナログタコグラフのシートを受け取り、印字用の機械にセットするのを待ってから、
「よし、行こう。」
それで、アクセルを踏み込んだ。
エンジンの回転が多少上昇する。前の車が右にウィンカーを出すのと同じように右にウィンカーを出し、前の車が駐車場の外に出るのを行儀よくその後ろで待つ。
前の車が退いたら、
「左オッケーです。」
僕がそう言うと、
「はい、右よし。行くよ。」
一声かけて、車は道へと躍り出る。信号は青だ。その信号を左にとる。道を左にとると前にいる車の数はそれほど多くない。そして、この道は50km道路。まぁ、50kmで走っている人間はいないか・・・。巡航60km近くを出し、流れを崩さないように走っていく。
「今日が初日だったよね。」
確認するように聞いてきた。
「はい。」
「そうか。OJTのときは上新庄からここまでだっけ。それで仕事して、戻って疲れたって言って寝て。仕事覚えられるか。」
「いえ・・・。」
それには首を振った。正直ここ1週間近く休みを挟んでいたとはいえ、何がどうなっているのかはあんまりわかっていない。
「これから覚えればいいんだからな。此れから覚えていけばいい。今は苦しい時だけど覚えちゃえば後は楽だからね。」
長良隊長の運転する車は巡航60kmで信号に差し掛かる。その信号を左に取る為減速。そして、左折して1番目の信号をまた左折した。よく左折するものである。そして、その次に曲がるときも左折。その次でようやっと右折が来たと思ったら、次の信号でまた左折した。しばらくまっすぐな道なりに行き、在来線を乗り越えるための道路に来たら、右折した。そして、新幹線の下を潜り抜け、ドラッグストアの手前の道に左折で入る。ようやっと落ち着いたかと思う前にまた左折。曲がってばかりであったが、曲がるのもこれが最後だ。
左折して道なりに走ると道の奥に今乗っている車と同じ匂いのする車が1台止まっている。
その車の後ろに止まった。
前に止まっている車からは2人降りてくる。
「お疲れ様です。」
それがまずかわす挨拶である。
「おはようございます。」
僕はまずそう言った。新人に出来ることと言ったらまずはこれぐらいだろう。
「おはよう。いやぁ、若いなぁ。」
と僕に対して右の人。
「そりゃ若いでしょう。なんせ浜名君よりも若いんですよ。」
と左の人。四角い顔つきでベテラン臭が漂う。
「そりゃ20だぞ。浜名だってもう24位じゃんか。」
「ハハハ。若い分僕みたいに覚えるのは比べ物にならんでしょう。」
と左の人。古臭い黒縁の眼鏡をかけ、交代を待ち望んでいた顔だ。いかにも眠そうである。
「特に何もなかったですか。」
長良隊長が聞く。
「うん、長良君と永島君の為に何か残しておきたかったんだけど何もなかった。」
冗談交じりに右の人が口を開く。
「さすがに勘弁してくださいよ、古鷹さん。」
「ハハハ。じゃあ、頑張ってね新人君。」
「はい。」
「長良隊長ならちゃんと教えてくれるから、上達も早いでしょう。じゃあ僕、加賀また今夜お迎えに上がりますので。」
そう言って車に乗り込んだ。僕たちがここまで乗って来た車に古鷹という人と、加賀という人が乗り込むとクラクションを軽く鳴らして、走り去っていった。
「今の車運転してた人が古鷹班長。助手席に乗ってたのが加賀さん。もともと警察の人だったんだ。」
「へぇ・・・。」
駄目だ他人事になる・・・。
「まぁ、乗らなきゃ顔は覚えないと思うし、だんだんと覚えていけば良いからな。1日で覚えられることは限られてるんだから、1日1個確実に覚えればいい。次に乗った時にはこれ何って質問するし、覚悟しといてね。」
「・・・はい。」
いけない。返事が遅れそうになった。
まぁ、気を取り直して、車に乗り込んだ。車の中にはいろんなものが積まれている。そう言えば、よくこの中にOJTで三人乗り込んだなあ・・・。自分の荷物を置けばもう3人目の人間が乗る場所は亡くなってしまう。一方、後ろには所狭しと警備に必要なものが積み込まれている。消火器をはじめとするものから、簡単に車の中を掃除できる道具まで様々だ。自分の荷物を置いている後部座席の真ん中にはティッシュの箱。青く真ん中がひらきそうな蓋のついた白い円筒状のもの。そして、たくさんのファイルが積まれている。此れも警備に必要なものだ。
長良隊長はファイルの一つを手にとって、ボールペンを片手に書き込み始めた。それがすべて終わったのかそれを僕に渡し、「えっと、こことここに名前かき込んで。」と言った。
近くを新幹線が通り過ぎていく。
ファイルに書き込みが終わると、
「よし、ちょっとまずは腕試し程度に行こうか。東京を背にして、右側の線路はどっちに向かってく新幹線が通る。」
まず最初の質問が飛んできた。腕試しということらしい。
「東京を背にして・・・。」
僕は言葉で言いながら、自分の頭の中に線路を展開する。僕の背の方向に東京駅がある。
「上りです。」
「・・・素晴らしい。」
長良隊長の感想は一言だった。
「よく分かるなぁ・・・。俺来たばっかはそんなこと全然わからなかったなぁ。」
感心したように長良隊長は続ける。
「俺がPatrol隊に来た時なんて、OJTなんかなかったからな。最初から「さぁ乗って」だよ。ひどいもんじゃねぇか。」
「・・・。」
その時代に関しては僕は何とも言えない。まず、その時代を知らないからだ。
「天城班長が言ってたけど3日目で上下線が分かるのはすごいってね。尾張君も坂口さんが2日目でちゃんと上下線理解しているって聞いたから、流石に本当かなって思ってたんだけど・・・。疑ってすまなかったなぁ・・・。」
「いえいえ。」
「それにしてもそれってどこで習ったんだ。」
「僕は昔から電車が好きだったこともありますし、上下線の区別ぐらいだったら。新幹線がどっちに行くかぐらいだったら走ってく列車見ても分かりますよ。」
と言った。
なお、これについてはよく分からない人もいるだろう。ということで新幹線の外見上の特徴である。
まずはトイレの位置。新幹線は奇数号車に必ずトイレがあり、偶数号車にはトイレがない。そのため、偶数号車は車両の端まで客室窓がついているが、奇数号車は東京側に位置する乗降用扉が車両の中心によって設置されている。東海道新幹線の最新鋭車両N700系1000番台エヌナナエーに限って言えば、大きなAのロゴマークがあるところにトイレがついている。
これ以外にも行き先表示機の位置など小さい違いで見分けがつく。
「すごいなぁ・・・。俺は永島みたいに電車詳しいわけじゃないからわかんないわ。」
そう言ってしばらくすると、
「よし。そろそろ車動かすわ。」
そういい、車のブレーキを踏みながらレンジをDにした。車は右にウィンカーを出し、ゆっくりと走りだした。
登場人物の由来等は後程書き入れます。




