302列車 整理
今回は少々短いです。
懇談会は思っていたよりも早く終了する。まだ時間は4時を回っていない。
大洋からさす光がきつい。クールビスが許されていると言っても照りつける太陽の光の暑さですぐに汗をかいてしまう。
「うーん・・・。」
考え事をしながら歩いていると服を引っ張られた。後ろに歩いている萌である。
「何っ・・・。」
「何じゃない。此処だよ。」
そう言って萌は看板を指差した。そこにはJR大阪天満橋駅、地下鉄南森町という文字が並んでいる。
「あっ。」
「早く行こう。此処から後は日の当たるところ出る必要ないんだし。」
そう言って萌はそそくさと地下道に入っていく。入口から入ってすぐは階段になっている。その階段を下りていくと前には緩やかに下り坂のスロープがついている。それを突きあたりまで歩き、再びスロープを下る。そこから地下鉄の南森町駅は大阪天満橋駅を越えて突き当りまで歩く必要がある。
「ナガシィは異動の話聞いた。」
萌はそう話した。
「うん。」
それは事実。そう答えるほかない。
「そうか・・・。具体的にどことかって聞いてる。」
「うん、滋賀県の隊って聞いた。」
「あっ、じゃあ同じところなんだね。そう言えば、サルちゃんはこの話聞いてるのかなぁ・・・。」
「それらしいことは言ってたよ。」
僕は思い出しながら言う。あんまりよくは覚えていないのだ。車を運転することになると聞いた時から、なんかまた心に穴をあけられたような気がするのだ。
この僕が車を運転するのである。いくらなんでもそんなことは考えていなかった。だが、車を運転することでこの日綜警を知るきっかけとなった新幹線の沿線警備に本格的に行くことが出来るようになったのである。それは喜ばしいことであるのだが・・・。
「まだ受け入れられない。」
そう萌は聞いた。
「えっ。」
「ナガシィってよく強がるから・・・。本当は今のところもあんまりよく思ってないじゃないかなぁなんて。私としてはあんまり考えたくないけど、よく知ってるから考えちゃうんだよ。」
そう言うと、
「だって、ナガシィは今でもちょっとは残ってるでしょ。鉄道会社への未練が・・・。」
萌は右にある大阪天満橋の改札口の方を見ながら言った。
それは萌の言うとおりである。僕には鉄道会社への未練をなかなか払拭できないでいる。今でも運転士になりたいというのは変わらないのだけど、99%新卒でしか入れない狭き門に絶望し、ただ後ばかりを振り返っている状態が続いている。現に、今日懇談会で何か夢とかってあると聞かれた時には「運転士になりたい」と語っていた。そんな中で運転士ではなく自分には運転手の道が開けたのである。
「それにナガシィは視野が狭いじゃん。結構偏見も持ってるし、あんまりいいとは言えない。」
何か今日はよく言うな・・・。
「だから、どう思ってるのかなぁって。」
萌はそう言っていた。
「・・・。」
それには少し黙った。正論過ぎて言い返せないのだ。視野が狭いは余計だなんてね・・・。事実視野は狭い。
「本当のところどうなのさ。」
萌はそう言ってきたけど、今は・・・。
「ごめん、後にしてくれない。」
「んっ。」
「後でどう思ってるかぐらい言うし、後でいいかな。」
それで切り抜けようとした。何時もならこれで折れてはくれるが、
「ダメ、今。今話しなさい。」
命令口調で萌は言う。何か今日は違うと思えることばかりである。
ただ周りを見てみれば、ここは人通りの多い駅である。こんなところで話をするのも何であろうし、何せここには待合室のようなものもない。南森町の改札を通り抜ければそう言うところがあるだろう。そう思い、
「分かった、駅の待合室かベンチ行こう。」
と萌を促した。
南森町の改札を通りホームの中に入る。改札を通り抜け見える線路は堺筋線の天下茶屋行き方面。その向こう側に天神橋筋六丁目方面行きとなる。あの場所に行くためにはいったん階段を降り、谷町線のホームを抜けて行く必要がある。尚、谷町線のホームを抜けずに向こう側に行く方法もあるが、ただ単に改札をどのタイミングで通るかが違うだけである。
途中待合室は見つけたものの、中には列車を待っている人がいたため、なかなか人が来ないと思われるホームの端の方にあるベンチに腰掛けた。
「で、どう思ってるのさ。」
萌は座るなりそう言った。
「どう思ってるって聞かれれば、正直戸惑ってるんだ。」
そう言った。
「萌がさっき言ったとおりだけどさ、自分でもこうなるなんて思ってないもん。だから、どうしたらいいのかなぁって・・・。」
ただ、どうにもならないことは分かっている。途中でそれに落伍する方法はあるだろうが、駅というのはなかなか面倒な場所なのである。自分自身が駅で働くようになった時に、改札で働いている駅員と同様のことが果たしてできるのだろうかそんなことをいつの間にか考えている状態だ。
いや、何の根拠もない比較をしても仕方のないことなのであるが・・・。
「まぁ、確かに思ってないよねぇ。」
「だって車だよ。免許はあるけど、あんまり・・・。」
「関わりあいたくない・・・。」
萌がその先を代弁した。
「でもそれは言っていれないよね。ていうか、言っちゃダメじゃないかな・・・。」
「分かってる。後さ、萌は前に僕が言った「ちょっとはいい仕事してるように思えてきた」ってこと。強がりだって思ってるのかもしれないけど、それ違うから。本当にいい小言に付いたんだなってことを思ってるのは本当。」
それを萌は黙って聞いている。
「駅で無差別殺人をしてやるとか、爆弾を仕掛けたとか。そんな心ないことを言って人を困らせて喜ぶような人間がいる。他にももっと問題な人はいるけど、そう言うのから守って新幹線があれだけ安全なんじゃないか。安全神話とか言うけど、ふたを開けてみれば、神話なんてもんじゃない。安全は人が作ってるものだっていうことがよく分かったんだよ。」
萌は沈黙を保ったまま話を聞くだけである。
「沿線に行っても変わらないんじゃないかな。そうも思ってる。」
「きっとそうだよ。」
萌はそこで初めて口を開いた。
「世の中普通の人ばっかじゃない。そう言う人はいるでしょうね。」
その時、声をかき消しながら、堺筋線の5300系が入線する。北千里行きで、途中淡路で乗り換える必要が出てくる。この列車がドアを開け、客扱いをした後、さっさと駅から発射していく。電光表示はそのあとにやってくる高槻市行きの列車の表示を出した。
「パトロール隊。行くの。」
「うん。」
僕はそれに何の躊躇もなく答えていた。恐らく、もうどうなるかなんて関係がなくなっているのだろう。
僕は行く。駅から離れて車を運転するようになる。そして、それを誇りにするのだ。何か人には感じられないものを感じている。その気持ちだけで、何か嬉しさを感じていた。
それにもっと別のことも考えていた。
もし、僕が静岡に配属されるように志願を出していたとしたら、どうなっていただろう。JRに配属されることは無かったかもしれない。戻ることは敵わなかったものの、戻れない代わりにJRの警備に配属されたのだ。自身にとっては良くも悪くも鉄道関係に入っている。
(もっと柔軟だったらな・・・。)




