293列車 ポジティブ
3月の下旬。僕たちは新入社員研修をするために東京に行かなければならない。僕たちにしてみれば、久しぶりの東京だが、行く理由は再び会社関係かぁ・・・。まぁ、そこはどうにもならないからいいだろう。暇だからで書いていた小説もしばし、お預けである。だが、読むことだけは忘れない。暇にならないように1冊カバンの中に入れてある。
「ナガシィ。早くいくよ。そろそろ乗らないと東京に着けないからさぁ。」
そういって萌は僕のことをせかす。
「まぁ、ちょっと待ってって。そんなに急がなくても、もう新大阪来てるんだからさぁ。」
「それはそうだけど、この時間帯の「のぞみ」逃したら、かなり時間が開くでしょ。」
萌はそう言った。3月15日のダイヤ改正でJR東海は1時間の「のぞみ」を最大で10本に増やしている。平均6分に1回「のぞみ」が走る計算である。しかし、それが毎時そうなっているわけじゃあない。13時50分の「のぞみ230号」を逃せば次に新大阪始発で来る「のぞみ」は14時10分発の「のぞみ364号」、定期の「のぞみ」で言えば14時50分発の「のぞみ232号」になる。
「まぁ、そうだけど。ここまで来て間に合わないってことないって。」
時間は今13時30分ぐらいだったはずだ。と思って腕を見てみた。
「えっ・・・。ウソ。」
していたと思っていた腕時計がない・・・。そう言えば、家を出たときから妙に腕が軽いなぁと思っていたが・・・、まさか付け忘れてたなんて。
「どうしたの。」
萌もそう聞いたが、すぐに察したらしい。
「あっ。忘れてきたな。持ち物の中に腕時計ってしっかり書かれてたよねぇ。」
不安をあおるようなこと言ってくるなぁ・・・。
「・・・どうしよう。」
「戻って取ってくれば。」
「いや・・・。」
萌の言うとおり、戻ればとってこられる。しかし、それをするっていうことは13時50分の「のぞみ230号」には乗らないことになる。それに、もっと面倒なのが切符のほうだ。切符は会社が旅行会社を通じて手配してくれたものだが、自分はいつ出るか分かんないから自由席にしてもらった。この切符には「下車特急券無効」と書かれている。つまり、一度改札を通って下車した場合、自由席特急券としての効力を失うことになるのだ。でも、時計かぁ・・・。時計だったら買えばどうにかなるかぁ。別に、提出する書類を忘れたとかそんな失態はしていないはずだし・・・。
「もういいよ。あっちで買うから。」
(開き直ったねぇ・・・。)
「はぁ、何でやっちゃったかなぁ・・・。」
「まぁ、そうくよくよしても仕方がないんじゃない。ねっ。ナガシィ。」
「萌はポジティブだよねぇ・・・。いいなぁ。」
そう言った。僕は何でもかんでも悪く見せようとするところがある。それはたまにする心理テストで言われていることだ。確かに、それはよくするし、僕の一番できることかもしれない。だが、萌はそんなことはない。何でもかんでも上手くこなしていく。僕にはそういう萌がすごく羨ましい気になるし、どう考えてるのかってことも気になる。いろんなことが今までにもあったし、そのたびに僕は萌に助けられてばっかだからだろうなぁ・・・。いや、恐らくそれ以外ないだろう。
「ポジティブかぁ・・・。私はそうでもないと思うけど。」
「十分ポジティブだって。なる様になれとでも思ってるんでしょ。」
とか行ってみてけど、それに返答はない。・・・変なこと言ったかなぁ・・・。
「まっ。それはあるかな。どっかにね。」
そういっていたら、エスカレーターも上まで来た。
ホームには次に来る列車のアナウンスが流れていた。大きいキャリーバッグを引き連れて、ホームに来て、いかにもどこかに行きそうな雰囲気しかないが、旅行じゃないのが残念な気はする。それに、旅行だったら時計が無くてもどうにでもなるのだが、仕事の関係だとそうはいかないために憂鬱な気分でいる。だが、乗る新幹線は気になる。来るのはすでにN700系だと分かっているが、その中にも派生形がある。それが来るのを半分狙っていたりする。
「でも、それはナガシィのほうなんじゃないかなぁ。」
萌は体の向きを変えて、さらにそう続けた。さっきの話続いてたんだ。
「どうして。」
「だって、ナガシィって未来のわかんない道でも、「どうにかなるさ」っていって歩いていきそうだもん。自分がどんなに不安になっててもね。」
「・・・。」
ノーコメントだ。
「まっ。仕事だと思ってやってくだけだよ。でも、本当に新幹線の沿線警備に行けるかなぁとは思ってる。」
「・・・まぁ、そこはこっちで決めれることじゃないからね。でも、他のところに行っても仕事は続けるでしょ。」
「まぁ、そうだろうね。面接ができないままだからねぇ・・・。このままクビ切られたら、本当にどうかなるから。」
そう答える。
「ほら、どこに行こうが、ナガシィの考えはそれで止まってるから。自分から辞めるっていうことはないって。だから、私よりポジティブなんだよ。」
「・・・って、何こんな暗い話してるのさ。」
「持ちこんだのはナガシィでしょ。」
「・・・そうだけど・・・。・・・ああ、もういい。早く行こ。」
何でもかんでもどうでもよくなった気がする。
「のぞみ230号」としてきたN700系は普通のN700系Z編成だった。今、東海道新幹線で一番新しい形式はN700系1000番台という通称N700Aだ。しかし、既存のZ編成の中から続々とN700系1000番台に準ずる性能に合わせたN700系2000番台という区分が登場している。これら2000番台にはN700と書かれたエンブレムの近くに小さくAと入っている。外観上小さな違いだが、中身は既存のものとは違うという宣伝を行っているのだ。まぁ、それが分かるのはこれと関連したことをしている人か整備をしている人間だけだろう。機械のことが分からない人には果てしなく分からない話である。
それはさておき、「のぞみ230号」に乗って品川に到着したのは16時16分。発車する前にホーム階から改札階に上がり、山手線に乗り換え。これも全身ウグイス(黄緑)をまとった45編成が来るということはなく、ふつうのが来た。そして、それを五反田で下車。この近くにあるホテルに泊まるためだ。
「ホテルって場所どこだっけ。」
萌がそう聞いた。
「えーっとねぇ。あっちの方。」
僕はそう言ってホテルのある方向を指差した。五反田から見ると斜めに抜けられる道路がある。そっちのほうだ。そっちのほうに僕たちが止まろうとするホテルはある。距離は知らない。が、歩いていけない距離ではない。
「あっちのほうって。大雑把だねぇ。」
「まぁ、歩いていけない距離じゃないから、大丈夫だって。さっ。早く行こ。」
「ポジティブだねぇ、ホントに。方向だけ覚えてれば、ホテルに着けるって思ってるんだから。それで迷っても知らないからね。」
「この方法、今まで迷ったことないんだけど・・・。」
(それが、ある意味すごいわ・・・。って私も何回かナガシィのこれに付き合ってるか・・・。)
何回も付き合ってるとそれが、ふつうに思えてきてならない。人間慣れっていうのは恐ろしいものだなぁ・・・。そう感じた。
さて、その方法で確かにホテルに着いた。でも、やっぱり都会のホテルだ。部屋は自分の部屋よりも狭い。もちろんのことだが、ナガシィが住んでいる実家の部屋よりも狭い。下手をすれば、ワンルームよりも狭いんじゃないだろうか・・・と思う程だ。その部屋を出て、一旦はナガシィが買いたい腕時計を探して歩き回ったが、腕時計は見つからず。電気屋さんは見つかったのにね・・・。仕方ないかぁ・・・。ホテルに戻ってきたら、夕食のために再びホテルから出る。それから戻ってきたら、スマホをいじったりして時間をつぶし、いい時間になってきたら、お風呂に入って眠る。次の日になったら、朝は9時ぐらいにホテルを出て、ナガシィの時計探しに付き合い、そして新入社員研修の会場になるところまで行った。
「ナガシィ。これからどっちに行けばいいの。」
「うん。分かんない。でも、同じ目的の人もたくさんいるからついてけばいいんじゃないの。」
そう言った。
「ついてけばいいって・・・。本当に同じ目的の人じゃないかもしれないのに。」
「大体同じなんじゃないかなぁ・・・。まっ。どう行けばいいのかも覚えたから大丈夫だし。」
後ろを見るとここら辺一帯の地図がある。短時間で覚えたんだな。本当にある意味すごい。
目的地に着いたら、同じ目的の人と思われるもうすでについた人たちがベンチに拡散して座っていた。ナガシィは一人のほうがいいのか、誰もいないところに行って、少しだけ小説を読んでいる。1冊しか持って来てないのに、それぐらいのペースで読み進めたら、初日だけで全部読み切っちゃうんじゃないだろうか・・・。そういう心配をしている場合ではないか。
時間が近づいてきたので、立ち上がり、海上と思われるところには行ってみる。確かに同じ目的の人のようだった。
「あのすみません。日綜警の人ですか。」
長身の人がそう聞いてきた。向こうには女性ともう一人男性がいる。
「そうですけど。」
ナガシィがそれに笑顔で答える。私以外と話す時のスイッチがONになったんだ。
「あっ。じゃあ、受付場所ってどこだか、分かります。」
「分かんないです。上に上がってきてるからそうなのかなぁって思ってついてきただけですから。」
「ああ。自分たちもそんな感じで。」
「・・・まぁ、もう分かってないじゃあ、あれかぁ・・・。さぁて、地図があったけど、あってくれたら嬉しいぞ。」
そういって、ナガシィはビジネスバッグの口を開いた。
この人たちにはナガシィはどう映っているのだろうか。よくこういう一面以外を見る私にはそれが気になるところである。
所変わって、大阪。こちらの支社でも研修は行われる。だが、やるのは早期就業者のみだ。今治と高槻はそれでこちらに来ている。
「へぇ、今治が通ってた学校からは4人出てるんだ。」
「ああ。でも、そっちはいいなぁ・・・。こっちは〇〇だけどそっちは沿線警備なんだからさぁ。」
「まっ。僕も本当に行けるとは思ってなかったけどさ。・・・ところで、その二人っていうのはどういう人なの。」
「ああ、永島君と坂口さんなんだけど・・・。ああ、名前言っても分かんないか。」
「・・・いや、何か見当がついてる気がする。」
「えっ。マジで。スゴ。」
「いや、すごくないと思う。その名前1回聞いた気がするから。ただ、その本人だったらすごいけどね。」
それから少しだけ二人のことを聞いたが、思い当たるのが本当に思っていた人しかいない。
「まっ。今は東京にいるんだけどね。」
「そうなんだ。」
(そうか・・・。君たちもここなんだ。それに同じ〇〇隊。何か本当に縁があったみたいだねぇ・・・。よろしく、ナガシィ君、萌ちゃん。)
心の中でつぶやいた。
ご感想がありましたら、よろしくお願いします。