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第五話「俺たちが後輩を望んだところ、後輩も先輩を望んでいたようです」

「柚樹葉」

 背後から聞こえた声に柚樹葉は箸を止めた。

 タッパーいっぱいのワカメを突いていた彼女は首を傾げながら「なに?」

 いつものように、当然の顔をしながら空き教室を占拠する彼女を見ながら声の主――巳令はわずかに首を傾けた。

「益海くんのことでちょっと」

「んー?」

 不思議そうに自分を見上げる柚樹葉に巳令は淡々と告げた。

「益海くんにチェンジャー渡したの、柚樹葉ですよね」

「そうだけど、それが?」

「どうして益海くんが適応者だって分かっても何も言ってくれなかったんですか」

「べっつに」

 再び手を動かしながらつまみ上げた緑色の海藻を口に放り込むと柚樹葉は悪びれた様子もなく笑う。

「驚かせようと思ってさ。ああいう形になると思ってなかったし? 何? 怒ってんの?」

「いえ、そういうわけでは」

「じゃあいいじゃん」

 そう言い放ち、柚樹葉はそれ以上答える気はないと言いたげに巳令を見た。それに巳令は溜め息をつく。

「連絡の不足はミスに繋がります。一声かけてください」

「めんごめんご」

 ごくんと口の中にあった海藻を飲みこんだ柚樹葉は目を細めると、巳令に低く問いかけた。

「君さ、もしかして私のこと疑ってたりする?」

 巳令はそれにすぐには答えなかった。

 くるりと柚樹葉に背を向けて扉に手を掛け、ようやく言葉を放つ。

「疑っていたとして、私はあなたに何もできません」

 力でこそ、鉢かづきである自分は上かもしれない。

 しかし、このシステムの総括者である柚樹葉には恐らく自分たちを止める術だってあるのだろうと巳令は思った。ましてや万一何かしたとして、それで彼女が死んでしまっては自分たちも近いうちに変身することはできなくなるだろう。

 だからこその、言葉だった。

「それは」

 柚樹葉はわざとらしくためらってから言葉を続けた。

「この問いの適切な回答ではなさそうだね」

 巳令は何も答えなかった。




 図書室に太李の声が響き渡る。

「そこをなんとか頼むよ南波!」

「うるさい黙れあと気安く呼ぶな馬鹿」

 文庫本から上がった南波の視線が彼に突き刺さった。

 ぴたっと動きを止めながら太李は小さく項垂れて、近くにあった椅子に腰かけるとカウンターに倒れ込んだ。鬱陶しそうに自分を見る南波を見つめながら太李が問いかけた。

「どうしても入部してくれない?」

「無理」

 ぴしゃりと言い放たれて彼は思わず頭を抱えた。隣にいた梨花も小さくなる。

 陶芸部に入部してくれ。放課後になってからいつも通り図書室にいた南波に太李はそう頼んできた。

 しかし、南波は陶芸というものに興味がなかった。それ以前に放課後は委員会もあるし、それ以外の時間も出来ることなら京の見舞いに行きたいと考えていた。

 それを分かっているのかいないのか、南波には判断ができなかったものの太李も彼を無理に入部させる気はないらしく、困ったように顔を歪めていた。

「どうすっかなぁ、あと一人」

 五人入部させなければ陶芸部は廃部になる。梨花が生徒会から言われた言葉だった。

 その期限が今週の金曜日だった。しかし、一向に新入部員は集まらず、陶芸部は四人だけだ。

 悩ましそうに唸る太李を見ながら梨花は申し訳なさそうに言う。

「ご、ごめんね、せっかく巳令さんも灰尾くんも、九条さんだって入部してくれたのに」

「いや、そんな。俺の方こそ力不足で」

 知り合いがもっといれば当てはあったのかもしれないが、太李はほんの一ヶ月ほど前に転校して来たばかりだ。顔見知りの数もたかが知れている。

 梨花の知り合いにも何人か話をしたらしいが最高学年になって新しい部活に入るというのも気が進まなかったらしくいい回答は得られなかったようだ。巳令も全滅だと言っていた。

「とりあえず、部室に帰りましょうか。鉢峰と九条さんとで、どうするか考えましょう」

「うん……」

「ほら、部長しっかりして!」

「は、はい!」

 びくっと肩を跳ね上がらせてぴんと背筋を伸ばす梨花を見て太李は笑った。

「よし。んじゃ、南波。気が変わったらこの入部届にだな」

「変わらないと思う」

 がくっと肩を落としながら太李が一足先に図書室を後にした。

 全く、と南波は息を吐きながら視線を感じてそちらの方を見た。大きな本を大事そうに抱えながらじーっと梨花が自分を見ていた。

「……入部ならしな」

「か、借りたいんだけど」

 恐る恐るといった風に自分にそう言う梨花に「ああ」と南波は棚から貸し出しカードを取り出した。

 黙って渡すと勝手が分かっている梨花は自分がどうこう指示する前にかりかりと必要事項を書き始めている。南波はまた文庫本に視線を落とした。

 しかし、集中できなかったのかやがて「東天紅先輩」

「なぁに?」

「あんた、なんであんなことしてるんだ」

 あんなこと、というのは恐らく部活のことではないだろうと梨花は思った。

「なんで、って」

 うーんと唸りながら「もう嫌だからかな」と梨花にしてははっきりとした声音で答えた。

「自分の居場所がなくなるの」

「……ふーん」

「ま、益海くんは?」

 問いかけと一緒に差し出されたカードを受け取りながら「さあ?」と南波はわざとらしく首を傾げた。それに梨花が小さくなった。

「ずるい」

「勝手に答えたのはあんただろ。返却期限は二週間後だ、忘れるな」

「はい……」

 本を抱えながら梨花はとぼとぼと図書室を後にした。

 その小さな背中を見つめながら南波は太李が強引に置いていった入部届を見て、それを畳んでカバンの中にしまうとまた黙って本を開いた。




 二人が部室に戻ってくると巳令が机に向かって何やら真剣な顔をしている。

 顔を見合わせてから「鉢峰?」と太李が声をかけると彼女ははっとしたように顔をあげて二人の姿を確認した。

「おかえりなさい。益海くんどうでした?」

「断られちゃった」

 しょぼんと肩を落とす梨花にやっぱり、とばかりに巳令が頭を抱えた。

「まぁ、予想はしていた事態でしょう」

「鉢峰は何してたんだよ。っていうか九条さんは?」

「ポスター書いてました。柚樹葉はご飯食べてます」

 昼休みに食べればいいのに、と思いながら太李は巳令の目の前に腰を下ろした。

 彼女の手元には新入部員募集と書かれた紙がある。ずっと帰宅部だったという割には巳令は随分勝手を分かっていると思いながら中身を見て、彼は顔を引きつらせた。

 新入部員募集、まではよかったものの人のような何か禍々しい絵と『アフラ・マズダーの誘いに導かれし、邪気眼を持つ者を待つ』という煽り文句が本当に陶芸部のポスターなのかと彼に疑念を抱かせた。

「アフラ・マズダーってなに?」

「知りませんか、ゾロアスター。それの最高神です」

「知らないし知りたくもなかった」

 きっぱり返すと「第一邪気眼ってなんだよそれ、いらないだろ陶芸部に」

「個人的に会いたいです」

「会わんでよろしい」

 深いため息をつきながら太李は「お前それ一年後に見たら絶対足ばたばたさせる奴だからな」不思議そうに巳令が首を傾げた。

「なぜです?」

「さあ、なんでだろうね」

 もう説明するのすら彼には面倒だった。

 しかし、何を思ったのか巳令は上機嫌になりながらまたかりかりと何かを書き込んでいる。悩ましく思っているとその横に座っている梨花も何かを書きだしているのを見て、俺も書かねばと慌ててカバンから筆箱を取り出した。

 結局、彼らは柚樹葉がやってくるまでの一時間ほど、ずっとポスターを書いて過ごしていた。




「京さん」

 面会時間がもうすぐ終了する、という頃にひょこっと顔を出した自分の幼馴染に京は小さく笑った。

「おー、なんだよお前。今日委員会じゃないのか?」

「帰りにちょっと寄ったんで。これだけ渡そうと思って」

 とカバンから取り出した袋を机の上に置いてから南波は頭に被っていた犬の被り物を外した。

 いつからか、南波は自分の顔を隠してこの病院にやってくるようになった。京も、この場にはいない同じく幼馴染の和奈もその意味を未だに理解できずにいた。

「最近、どうです?」

「どうって?」

「えっと、調子」

 どこか申し訳なさげに問いかけてくる南波に京は笑いながら答えた。

「相変わらず起き上がれないかなー」

「……すいません」

「なんでお前が謝るんだよ。病気になったのは誰のせいでもないだろ」

 ほんの数年前、彼は病気で倒れた。それ以来、彼は自分が目指していた夢も絶たれ、ただベッドの上で生き続けていた。

 誰のせいでもない。だからこそ、南波にはそれがどうしようもないことのように思えて仕方がなかった。いっそ自分のせいだったらよかったのに、そうとすら考えた。

 顔を俯かせる南波に京は小さく溜め息をついてからその頭を撫でた。

「ばーか。病人の前でそんな顔すんなっつーの」

「すいません」

「言っとくけどこれでも薬変わってちょっとずつ回復してんだからな」

「はい」

 こくんと頷く南波に「分かればよし」と京は頷いてから南波の足元に放置されていた開きっぱなしのカバンを見て首を傾げた。

「南波、お前部活入るのか?」

 はっとしたように南波がカバンの拾い上げてぶんぶんと首を左右に振った。

「今入部届見えたぞ」

「あれは、無理やり押し付けられて」

 むすっとしながら視線を逸らす南波に「いいじゃん、部活」と京は寝転がった。

「入ってみたら案外面白いぞ、多分」

「でも」

「言っとくけど、俺の心配はいらないからな?」

 ぐっと南波が言葉に詰まるのが京にはよく分かった。

 京にはできなくなったことを自分がやるのを嫌がっている。彼が倒れてから南波は常にそうだった。

 悔しくないわけではない。でもだからといって南波が気を遣うのは間違っている。京にはそう思えてならなかった。




 翌日、柚樹葉は白衣の裾を翻しながら久々に陶芸室の前にやって来ていた。

 その肩にはスペーメが乗っていて、「珍しいのです」と感想を述べている。

「何が?」

「柚樹葉が部活に行くのがです。久々なのです」

「たまには行かないと梨花はともかく巳令と灰尾くんがうるさいでしょ」

 ふぅ、と息を吐いてから彼女はぴたっと足を止めてカバンを開いた。

 小首を傾げるスペーメの首根っこを掴み上げるとそのまま乱暴にその中にしまい込んで「喋んなよ」とだけ告げると柚樹葉は一歩踏み込んだ。

 後ろの気配に気づいたのか、陶芸室の扉の前に立っていた女生徒がくるっとこちらに振り返った。

 短いスカートに白いニーハイソックス、くるくると弧を描く茶髪に耳元のピアスがわずかに光った。ぱちっとした目が柚樹葉を捉える。

 ギャルだ、と柚樹葉は身構えた。彼女はこの手の人種があまり得意ではなかった。

「あの」

「あ、あー!」

 柚樹葉が声をかけるなり、彼女は嬉しそうに手を叩いた。びくっと肩を跳ね上がらせる柚樹葉の手を握りしめながらにこっと笑った。

「もしかして陶芸部の人ですか! あ、自分、一年の春風(はるかぜ)よもぎって言います! あの、その陶芸に前から興味があって」

 どうしたらいいのか分からず、柚樹葉は思わず硬直した。誰でもいいから助けてくれ!

 そんな願いが通じたのか「九条さん?」と後ろから声がかかった。そこに立っていたのは太李だった。

「あ、灰尾くん!」

「どうもー!」

「うお!」

 柚樹葉の呼びかけとほとんど同時によもぎから発せられた挨拶に太李は驚いた。

 それからまじまじと彼女を眺めて「もしかして?」と首を傾げた。

「入部希望者?」

「はい!」

 こくこく頷いてから「ちゃんとマニュキュアも取ってきました!」とよもぎは嬉しそうに両手の爪を二人に見せた。




 じーっとよもぎの顔を見つめながら巳令が首を傾げた。

「冷やかし?」

「ち、違います!」

 ぶんぶんと首を左右に振ったよもぎを見ながら「馬鹿」と巳令の頭を太李が叩いた。

「あた! だって、邪気眼持ってるようにはみえなむぐ」

「もう頼むからお前喋んないで」

 口を塞がれてじたばたと両手両足を動かす巳令を見ながら「えっと」とよもぎが辺りをうろうろと見渡した。

「部長さん、は?」

「あれ、そういえば」

 柚樹葉が首を動かして梨花を探す。

 未だ太李に口を塞がれたままの巳令がぽんぽんとその腕を叩いた。あ、と声を漏らして太李が彼女の口元から手を離すとふはぁと息を吸い込んでから彼女が一番前に置かれた机を指差した。

 机の後ろで小さくなりながら梨花はちょこんと顔だけを覗かせている。

「あ」

「ど、どうしよう、わ、わわ、あたし一年の子とお話するのはじめて」

「落ち着いて梨花」

 ぷるぷると小刻みに震える梨花に呆れたように柚樹葉が告げる。その一方で「灰尾ったら酷いです!」と巳令が声を張った。

「どうして邪魔するんですか! まだ話してる最中だったのに!」

「それ以上聞いてると俺が恥ずかしくて死にそうなんだよ!」

「何が恥ずかしいんですか! 新しい部員に素晴らしい闇の世界を」

「もうやめろ馬鹿ぁ!」

 わざとらしく耳を塞ぐ太李をもよもぎは黙って見つめていた。

 そんな中、勢いよく扉が開く。全員がそちらに振り返る中で「お前たちは黙って聞いてれば」と部室の中に低い声が響く。

「本当に頼りない連中だな。しっかりしてくれ」

 すたすたと梨花の元へ歩み寄った声の主は梨花に入部届を押し付けた。

「委員会がある日は来ない。それでいいな?」

 その彼――益海南波の顔を見て梨花はぱぁっと顔を輝かせた。一方でよもぎはどうやら南波に見覚えがあるらしく「あれ?」と首を傾げた。

「益海先輩?」

「春風?」

 南波はよもぎの姿を見つけるなり、「お前、陶芸に興味があったのか?」

「えっと、まぁ。先輩こそ」

「一身上の都合だ」

 やれやれと言いたげな南波に困りながらよもぎはてこてこと梨花の元に歩み寄った。

 びくっと肩を揺らしながら自分を見上げる先輩に彼女は笑いかけながら「春風よもぎです。えっと、見た目、こんなんだから誤解されやすいんですけどやる気はあるんで!」と手を差し伸べた。

 梨花はおろおろと視線を泳がせてからやがてその手を握り返した。




「そ、そんなわけで無事に部員が五人以上集まりました!」

 帰りのミーティングで彼女がそう言えばわーっとまばらな拍手が梨花に送られた。

 それに気恥ずかしそうに笑んだ梨花は小さくなりながらも「本当によかった」と独り言のように告げた。

「これで廃部にならずに済みますね」

「うん。春風さんも益海くんも入ってくれて本当になんといったらいいのか」

「頑張りましょうね、梨花先輩!」

「うん!」

 それじゃあ、と梨花がぽんと手を打った。

「きょ、今日は解散!」

 一同がおつかれさまでしたーと声を揃えた。

 荷物を拾い上げたよもぎは「えっと」と全員の顔を見比べた。

「皆さん、こっちが地元、ですよね」

「よもぎさんは違うんですか?」

 首を傾げた巳令に「はい」と彼女が頷いた。

「ちょっと離れたところにあって、電車乗って行かないと」

「そうなんですか」

 少し残念そうに肩を落とす巳令に笑いながら「それじゃあお先に失礼します」とよもぎはカバンを担いで歩いて行ってしまった。

 その後ろ姿が見えなくなるのを確認すると柚樹葉は自分のカバンのファスナーに手を掛けた。開いた隙間からスペーメがひょこっと顔を出した。

「何するですか!」

「喋ってるところ見られると色々面倒でしょ」

「うぎぎ」

 少しだけ粘土のついた白衣を脱いで、素早く新しいものに着替える柚樹葉を見ながら「春風さん、見た目は派手だけどいい子だね」と梨花がぼそっと呟いた。

「そうですね。この調子でカルテットもクインテットになれればいいんですけど」

「案外すぐなれるって」

 んーと大きく伸びをする柚樹葉は空中を見上げながらわずかに目を細めた。

 その動作になぜか太李は無性に不安になった。自分たちとはまるで違うものを見ている。そう思えて仕方なかったのだ。

 原因を確かめようと口を開きかけたとき、スペーメが叫ぶ。

「で、出たです!」

「何が」

 南波が低い声で問いかけるとスペーメはぴょんぴょん飛び跳ねながら告げる。

「ディスペアです! 駅に出やがったです!」

「それは困りましたね」

 やれやれと首を左右に振りながら「もしよもぎさんが巻き込まれたら大変です。すぐ終わらせに行きましょう」




 五人が駆けて行く間、彼らがよもぎとすれ違うことはなかった。

 使う駅が違ったのか、急いでいたのだろうか。そんなことを考えながら駅前の広間に足を踏み込んだ瞬間、空気が一瞬にして変わるのが太李にもわかった。

 歪な鳴き声をあげながらその中央で赤い羽根を大きく広げながら巨大な鳥が居座っている。そんな鳥を見ながらふぅ、と巳令が息を吐く。

「それでは行きましょうか」

 腕輪を構えながらそういった巳令に三人が頷いて、柚樹葉は自分の腕の中から黙ってスペーメを下ろした。

「変身!」

 四人の声が揃い、光に包まれる。眩い光に怪鳥が目を背けていると一番最初に光から飛び出てきた鉢かづきとなった巳令が刀を抜く。

「悲しき魂に救いを与える姫、鉢かづき!」

 次いで飛び出てきた梨花が重そうに斧を握りしめながら続き、

「悪しき心に罰を与える姫、親指!」

 続いて出てきた南波が半ばヤケクソのように告げた。

「不幸な存在に光を与える姫、人魚」

 そうして最後に出てきた太李がレイピアを構える。

「哀れな役に幸せを与える姫、シンデレラ!」

「悪夢には幸せな目覚めを」

 四人の声が重なった。


「フェエーリコ・カルテット!」


 それから一拍置いて「人魚!」と巳令が不満げに唇を尖らせた。

「もっとやる気出してください!」

「これは必要なのか?」

「超必要です、一番大事です!」

 呆れ顔の南波に巳令が吠える。

 その間に怪鳥は左右の羽を大きく羽ばたかせた。吹き付けてくる風に耐え切れず、太李たちの足がもつれた。

「ふぎゅ!」

 唯一、耐え切れたのは梨花だった。

 大きな斧を担ぎながらなんとか風に逆らって歩いていくと「りゃあ!」という叫び声と共に一気にそれを振り下ろした。

 斬撃を喰らって怪鳥がよろめき、風が止む。それにいち早く気付いた南波が足を踏み込み、相手の間合いへと入り込んで槍を振り上げる。そのあとから巳令が怪鳥を斬りつけて、飛び上がった太李がレイピアを突き出した。

 ぐぎぎぎと再び歪な声をあげた怪鳥は辺りにいた四人を振り払うかのようにして羽を動かして、空中へ浮かび上がった。

 四人が風圧で怯んだ隙にあっという間に上空高くへと飛び上がる。

「ど、どうしよう」

 口元に手を当てながらおろおろと狼狽える梨花に構わず、南波は太李の方に振り返った。

「シンデレラ」

「ん?」

「土台」

 ええー、と顔を歪めながらそれしかないかと腹をくくったのか太李は手を差し出しながらしゃがんだ。

 その足に彼の足が乗ったことを確認するなり太李は勢いよく立ち上がり、南波を上空へと放り投げた。南波はそのまま三叉槍を構えて突きあげた。

 しかし、あとわずかのところで怪鳥の体を捉えることはできず、南波の体は地面に落ちた。体勢を立て直した彼が地面に着地するとまるで嘲笑するかのように怪鳥がまた歪な声をあげる。

 両方の翼を大きく振ると鋭い風がまるで刃物のように四人に襲い掛かった。

「これ、普通にピンチじゃね?」

「ピンチです、割と切実に」

 太李の言葉に風をかわしながら巳令が頷いた。




「ああ、やっと見つけた」

 柚樹葉の言葉にベンチの陰にいたよもぎが顔をあげた。

 よもぎには目の前の状況があまりよく分かっていなかった。突然周りの人が倒れたと思ったら妙な鳥が現れて、自分の部活の先輩たちもやってくると何かに姿を変えて戦っている。

「く、九条先輩、これ」

「ねぇ、よもぎ」

 腕を組みながら柚樹葉が告げる。

「今の自分を変えてみる。そんな気はない?」

 よもぎの目がわずかに見開かれるのを柚樹葉は見た。

 変えるって、とよもぎは怪鳥の方に視線を向けた。見ていたのはその周りで戦っている四人である。

「ああいう風になるってこと、ですか?」

「そうだね」

 こくんと頷く柚樹葉によもぎは一瞬ためらった。

 しかし、それから。

「やらせて、ください」

「……信じてたよ、よもぎ」

 にこっと微笑むと柚樹葉は白衣のポケットに手を突っ込んで緑色の石の付いたピアスを差し出した。不思議そうに首を傾げるよもぎに「つけて」と促せば、彼女は言われるがまま自分の元々つけていたピアスを外して、そのピアスをつけた。

「それじゃ、簡潔に行こう。そのピアスに手をかざしながらさっきのあいつらみたいに変身、って言ってくれる?」

 本当に、それでいいのか。

 未だに半信半疑ではあったもののよもぎはピアスに手をかざした。

「変身!」

 緑色の光に包まれて、次にはよもぎの姿は変わっていた。

 黒いリボンが腰元に結ばれた深緑色のワンピースに、編上げのブーツ、白のタイツ。髪の毛は先ほどまで茶色だった筈なのに黒いツインテールへと変わっていた。

 体中をぺたぺたと触りながら「何これ!」と声をあげ、彼女は飛び跳ねた。

「ちょー可愛い!」

「感動すんのもいいけどさっさとあれ倒してくれない?」

 くいっと示された先を見て「でも」とよもぎは困った顔をしてみせた。

「あんな高いとこにいるし」

「君の武器なら届くよ」

 ん、と柚樹葉が背中を示す。

 彼女が手を伸ばすといばらをモチーフにした弓矢がある。

 やったこともないのに、と思いながら彼女は自分の中にあるイメージを精一杯働かせて矢をつがえた。

 よもぎがきりきりと弦を引き、構えているとつがえられた矢が光を帯びる。

「残酷な宿命に新たなはじまりを!」

 勝手に動き出す口に戸惑いながらよもぎは矢を放つ。

「フレッチャ・ウッシェンテ!」

 放たれた矢は光の線を描きながらまっすぐと怪鳥に向かって行った。

 矢の突き刺さった怪鳥は空中でバランスを崩し、そのまま地面に叩き付けられ、ぴくりとも動かなくなった。

 ぺたんとよもぎが座り込むと同時に、四人が一斉に彼女に駆けだした。




 廊下に足音が響き渡る。

 人の声が行き交う中で彼女は目的の音だけを聞いていた。

「グーデン・ターク。ドイツはどう?」

「仕事ならもうすぐ終わるぞ。今、爆弾仕掛けにいってる」

 スピーカー越しに聞こえてくる不満げな部下の声に彼女はくすくすと笑った。

「相変わらず仕事が早いのね」

「この間みたいにちょっと遅くなっただけで勝手に! 大事な依頼料を! 減らされたらかなわないからな!」

「まだ根に持ってるの? しつこい男は嫌われるわよ」

 手すりに彼女が寄りかかると男がはっと笑った。

「俺の恋人は金だけですのでご心配なく。要件は?」

「新しい仕事。ちょっとした財団の実験の付添人」

「いら」

「料金は弾むわよぉ。今までの軍隊の手助けなんかとは訳が違う。何せ、国家を揺るがしかねないプロジェクトの立会人なんだからね」

「……どういう経緯でそんな仕事を持ってきた」

「それはナイショ」

 ふふっと彼女が笑う。

「引き受けてくれるわね?」

「出るだけ絞れよ」

「勿論」

 ふんと男が鼻で笑うのが彼女にも分かった。

 引き受けるという意思なのだろう。現に彼はついで問いかけてきた。

「それでどこの国? 今度はアメリカさん? フランス? ロシア?」

 一拍置いてから彼女が答えた。

「日本」

「……日本?」

「そう。ジャパンよジャパン。あんたの故郷。とにかくさっさとあの不良シスター連れてこっちいらっしゃい。日本に来たらまた話しましょう」




 一方的に途切れた通話に男が舌打ちした。

 あーとわしゃわしゃ頭を掻く彼に「んだよお前、どうした?」と一人の女が歩み寄った。銀色の髪を上下に揺らす彼女を見ながら「仕事は?」と問えばピースサインを作って彼女は笑う。

「完璧」

「よっし」

 近くに停めていたトラックの扉を開け、乗り込んで「新しい仕事だ。ドイツとはあと数日でおさらばになった」

「ええー。マジかよ、あたしまだフランクフルト食ってねーぞ」

「俺だってじゃがいも食ってねーよ。でもなんかベルが勝手に話進めてるみたいだし、しょうがないだろ」

 運転席に置いてあったパックのジュースを手に取ってストローを突き刺しながら彼はトラックのエンジンをかけた。

「んで今度はどこだ? 生野菜がうまい国がいいな」

「安心しろ。今度は日本だ」

「日本?」

 先ほどの自分と全く同じ顔をする女を見て彼は小さく笑った。

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