小話「とあるところに」
むかしむかし、あるところに魔女がいました。
魔女はとても綺麗な人でしたがちょっとだけ意地悪で、嫉妬深かったのです。
だから魔女は自分から悪いことをするようになりました。
けれど、心のどこかでそれを後悔し始めて、苦しむようになったのです。
そんな彼女が人間に恋をしました。
□■□
鏡に映る自分の姿を見て、麗子は目を見開いた。
先ほどまでの堅苦しいスーツなど跡形もない。髪の色も、目の色も、全て変わった自分がそこにいたのだ。
本当にこれが自分かと、彼女は己の目を疑った。
そっと前に歩み出て、鏡に触れた彼女は息を吐いた。鏡の中の彼女も同じように、どこか信じられないように目を開いている。
そんな彼女に今まで黙って眺めていた『最悪の人』が言葉を投げかけた。
「今日から君は『魔女』だ」
「『魔女』……?」
彼は頷くと、言葉を続けた。
「綺麗だよ、麗子」
「……ま、まぁ、お上手ですこと」
ぷいっと視線を逸らす麗子に彼はくすくすと笑った。
それに釣られ、彼女も小さく笑みをこぼす。
「まだ二人だけだけれどいずれ同志も増えるだろう。そうすれば君には先頭を務めて貰いたい」
「光栄ですわ」
ワンピースの裾を持ち上げ、軽く会釈する麗子に彼は言う。
「実は、まだそのスーツには基本的機能しか備わってなくてね。有事のときのために武器を持って欲しいんだ、何がいい?」
「わたくしが決めてもよろしいのですか?」
「好きな武器で戦いたいだろう?」
にこりと微笑む彼に、そうですわねぇ、と麗子は唇に指を当てた。
考えるまでもなく、彼女の頭には一つの武器が思い浮かんだ。というよりは、これ以外の武器の存在を麗子はあまりよく知らなかったのだ。
「銃がいいですわ」
「銃?」
聞き返してくる彼に麗子はこくんと頷いた。
以前、彼の隣にいたあの女が使っていたのを麗子は一度だけ見ている。自分も同じ武器を使ってやりたい。どこへかもわからない無意味な意地だった。
麗子がじっと見据えていると彼が小さく吹き出した。びっくりして肩を跳ね上がらせてから彼女はむっと顔をしかめた。
「わたくし、何かおかしなことを言いまして?」
「いや、魔女なのに銃は生々しいなと思って」
言われたらなんだか急に恥ずかしくなってきた。頬を赤らめながらふいと麗子がそっぽを向くと彼の手がぽんぽんと彼女を撫でる。
「馬鹿にしたつもりはなかったんだ」
「……本当に?」
「……すまない、ちょっと嘘だ」
顔を逸らす彼がどこか可愛らしく、愛おしくて、麗子はふふっとまた笑い声をこぼした。
それから「そういえば」と身を乗り出す。
「わたくしが魔女ならあなたはなんですの?」
「うわばみ」
その答えにまぁ、と麗子は口元を押さえた。
「では一飲みされないようにしなくては」
「そうだね」
すっと彼女の頭に伸びて、優しく髪を梳く手を頬に引き寄せながら麗子は薄く笑みを浮かべた。
■□■
銃口から火を吹いて、飛び出した鉛玉が的を打ち抜いた。
黒い銃もやっと手に馴染んできたところだ。これなら実戦でもなんとかなるだろう。麗子はどこか誇らしい気持ちだった。
「随分、上手くなったね」
背後から飛んできたうわばみの声にふふっと笑んでから麗子は振り返った。
「当然ですわ。わたくしです、も、の?」
振り返った彼女は視線の中に飛び込んできた『小さなもの』に目を奪われた。
うわばみの着物の裾を引っ張りながら彼の背に隠れているのはまだ幼気な少女だった。麗子は首を傾げる。
「この子は?」
「孤児院で引き取って来た」
ああ、そういうことか。麗子は目を細めた。
育ての恩を売りつけて、自分の計画に加担させるつもりか。こんな子供に。
けれど、麗子の中には不思議とうわばみへの侮蔑の気持ちは湧き起こらなかった。むしろ、益々彼が愛おしくなるほどだった。
しゃがみ込んで麗子は彼女と視線を合わせた。
「ご機嫌よう」
少女は驚いたように目を見開いてから小さな口をぱくぱくと動かして、声を発した。
「ごき、ごきげん? ご?」
頭の上にいっぱいの疑問符を浮かべる彼女の両手を掴むと麗子は小さく微笑んだ。
「……こんにちは」
これでやっと理解したのか、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。
「こ、こんにちは!」
元気よく返してくる彼女に麗子は笑い返した。元々子供は嫌いではなかったのだ。
その様子を見て、うわばみは軽く頷いた。
「魔女、頼みがある」
「なんでしょう?」
きょとん、と自分を見上げる麗子にうわばみは笑いながら告げた。
「よかったらその子の面倒を見てやってくれないか」
「この子の?」
「ああ。君に適任だと思う」
どんな役割でも、彼から言われてしまえば麗子は引き受けざるを得ないのだ。
神様なんていなくても、彼が私にとっての神なのだから。微笑みながら麗子は答えた。
「仰せのままに」
彼女の役割はウルフだと、麗子はそう伝えられていた。
だから麗子は一度も、彼女を本当の名前で呼ばなかった。それを拒むわけでもなく、ただ彼女は受け入れた。
この少女は、いい子なのだと、麗子は思った。
自分の傍に居るうわばみや自分が間違った存在であるなどあり得ない。迷いのない、疑いすら生まれていない瞳で彼女は自分たちを見る。
そんな彼女に違和感を覚えないかといえば、麗子にとっては嘘になってしまった。
けれど麗子は彼女を育てた。外の世界に触れさせないように、大切に、何も知らない無垢な瞳が自分に疑いを向けることを、いつの間にか恐れていた。
そうやって過ごしているうちに、遂に自分たちが動き出す日がやってきた。
「れーこ」
前日の夜、彼女は麗子の名前を呼びながらそろそろと麗子のベッドに上がって来た。
麗子は首を傾げた。
「どうしましたの?」
「いっしょに寝て」
枕を引きずりながら歩いてきた彼女に麗子は微笑んだ。
彼女が望めば、麗子は全てを与えた。最低限のことは守らせたけれどお菓子が欲しいと言えば好きなだけ食べさせたし、遊べと言われたら可能な限りは遊んでやった。
だから今日も、その要望を麗子は拒まなかった。
「構いませんわよ」
そう返せば、ベッドに登り切った彼女は満面の笑みを浮かべる。
ごそごそと毛布の中に潜り込んでにこにこ笑みを浮かべた彼女は「明日は外にいってもいーんだよね」
顔をしかめて、それに答えた。
「一応。でもウルフ、分かってると思いますけど」
「わかってるって、表にでちゃだめなんでしょ。れーこのやってることをずーっとみてるの。わかってるよー」
ぶーっと唇を尖らせるウルフの髪を梳きながら麗子は笑った。
「ならいいですわ。あなたはいい子ですから、きちんと言うことは聞くでしょうし」
「ったりめぇよ」
えへんと胸を張る彼女にふふっと笑い声をこぼしてから麗子は腹部に指を這わせた。
「生意気ですわね、こんな子はこうですわ!」
「ぎゃー! れーこやめてー!」
くすぐられてじたばた暴れ狂う彼女を見ながら麗子は今までに感じたことがないほど、穏やかな気持ちになった。
■□■
けれど魔女は自分の呪いで、その人を殺さなければならなくなりました。
□■□
自分の頬を伝う血を拭いながら麗子は口角を引き上げた。
思うのは先ほど気絶させた傭兵、柊・マリア・エレミー・惣波だ。
自分と彼女は似ている。けれど、決定的に違う。だから、彼女を正しい道に引き戻すことができるなら、恐らく彼女しかいない。
これは彼女が神と崇めた者への叛逆だ。でもそれでいいじゃない、と麗子は穏やかだった。
魔女とはそういうものだ。神に逆らい、常識に逆らい、自分勝手に生きるのだ。これが、魔女として神を愛するという行為に違いない。
たとえ禁忌であったとしても、彼女は自分勝手に振る舞いたかった。聖護院麗子という名前の魔女でありたかった。
「君が、うわばみを裏切るだなんて意外だな」
キリギリスの声に麗子はふわと微笑んだ。
「わたくしは魔女ですもの。気まぐれなんですわ」
「あれだけ愛していたのに」
「勝手に過去形にしないでくださる?」
銃口をキリギリスに向けながら麗子は鋭く言い放った。
「今でも愛してますわ」
「ならなぜ?」
「なぜかしら」
くすりと肩をすくめて、麗子は笑った。
「馬鹿がうつりましたわ、きっと」
フェエーリコ・クインテットから、そしてあの傭兵から。
自分は馬鹿をうつされたに違いない。
「くだらない」
キリギリスがそれを笑い飛ばす。
「ええ、わたくしもくだらないと思いますわ」
「ここで僕を殺せても、どうせ君も長くない」
「別に」
にこりと微笑んで、麗子は言う。
「生き残ろうだなんて思ってないですわ。あのお馬鹿さん五人組プラスαのところに行く気もありませんし」
「…………」
「神に逆らった者は死して当然でしょう?」
そう言って麗子はキリギリスの腱を迷いなく、打ち抜くと隠し持っていた手榴弾のピンを引き抜いた。
殺されるならあなたがいいと思ってましたの。宙に手榴弾を放り投げ、この場にいないマリアに向かって麗子は心の中で告げた。
それが叶わないから、せめてあなたの武器で死のう。
空中に舞い踊る手榴弾に向かって、麗子は引き金を引いて最後の銃弾を放った。
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だから、彼女は自分を殺しましたとさ。
「めでたしめでたし」
「……くだらない話だったこと、欠伸が出ちゃう」
「そう言わずにさ。仲良くやろうよ。そこの髭野郎も」
「今は髭はない」
「あの魔女さまももういないんだし、とりあえずクインテットよりはまずちみっこかなぁ。あー、忙しい忙しい。こっちは学校もあるのにさ」
「悪役と学生の両立なんてできなーいなんて言い出さないことね」
「言わないよ。あたしにゃあのうわばみを裏切るのは無理だわ」




