第二話「俺はお姫様にされたものの鉢かづきはデレないようです」
太李の頭は本格的に混乱していた。
気付いたら自分の姿はまた元の学ラン姿へと戻っており、空は腹が立つほど眩しく青くなっていて、巳令は相変わらずの知らん顔だ。突っ伏していた生徒たちも元通り過ごしている。
「鉢峰さん?」
「まさか本当にシンデレラになるなんてあなたなんかが。どうして、なんで!?」
「いやいや全然言ってる意味が分からないし、というかさっきのはなんな」
言いかけてから先ほどの毛玉を抱え、すたすたと校舎へと戻っていく巳令を彼は慌てて追い掛けた。
下駄箱を通り、階段に巳令が足をかけると同時に「みーれい」と明るい声が聞こえてきた。太李が顔を上げると踊り場から黒い髪をばさばさと四方に飛び跳ねさせている少女が自分たちを見下ろしていた。制服の上からはなぜか白衣を羽織ってる。
「ディスペア退治ご苦労様。シンデレラはどいつ?」
巳令が黙って太李の方へ振り向いた。彼女の視線が自分に向いたことに気付いた彼はびくっと肩を跳ね上がらせた。
「あ、えと」
「ぷ。なるほど、それでご機嫌ナナメなわけ」
そう言って白衣を翻した彼女は「二人ともついてきなよ。特に君」と太李を指差した。
「俺?」
「そう。君が一番知りたいはずだよ」
手元で情報端末を操作しながら彼女が続ける。
「さっきのが何で自分はどうなったのか」
午後の授業開始の合図でもあるチャイムが鳴り響いたが太李たちは教室には居なかった。
使われていない空き教室の中にためらわず入った彼女は我が物顔でそこの椅子に腰かけると足を組んだ。
「まず自己紹介がいるよね。私の名前は九条柚樹葉。君らと同じこの神都高校の二年生」
よろしく、と差し出される手を恐る恐る握り返しながら自分も名乗った方がいいのだろうかと口を開きかけたがそれはすぐに飲みこまされることになった。
「ああ、自己紹介はいらないよ。灰尾太李くん」
そう言って彼女は情報端末を指でスライドさせながら「なるほど転入初日だったんだ。ついてなかったね」とどこかどうでもよさそうに言い放った。どうしてそんなことまで分かるのか。太李は思わず身を引いた。
それを黙って見つめていた巳令が苛立ちを滲ませながら言葉を放った。
「そんなことより、説明するなら説明したらどうです?」
「おこんなって」
ちぇっとわざとらしくこぼしてから柚樹葉は太李を見つめて「世の中には表立って公表されていない技術というのが山のようにあるんだ」
「はぁ」
生返事を返すと柚樹葉はむっと顔をしかめた。
「信じてないな。ま、いいや。そのうちの一つが人に意図的に悪夢を見せるっていうもの」
「悪夢? なんのために」
「さあ。とにかく、どうせ理屈は君に説明しても伝わらないだろうから省くけど人間に悪夢を見せる空間を発生させて意図的に他人を苦しめることができる。そういう力を持った兵器を造り出した科学者がいる」
なんの話かさっぱり分からずきょとんとしていると「つまり君はそれに巻き込まれたの」と両手を広げた。
「巻き込まれた?」
「そう。今回はこの学校を包み込むその空間、わたしたちは『ディプレション空間』って呼んでるんだけどそれに君をはじめ、多くの生徒が飲みこまれた。結果、その中にいた人間は悪夢を見た」
いやーよくできてるね、とうんうん頷く柚樹葉を見返しながら太李が問いかける。
「でも俺は悪夢なんて見てないけど」
「いい着眼点だよ、灰尾くん」
くすっと笑った柚樹葉は「ディプレション空間には欠点があってね。まれにその空間に対する適応性を持っている人間がいるんだ。わたしや巳令、そしてどうやら君もそうらしい」
「それで俺はあそこでも大丈夫だった」
「そうなるね」
ふんと巳令が視線を逸らすのが太李には分かった。
「じゃ、じゃああの毛玉と俺が女になったのはなんなんだよ」
「だーかーらースペーメは毛玉じゃないのですぅ!」
どこからかあの声が聞こえてくるうろうろと辺りを見渡すと白い毛玉が彼の肩にいつの間にやらのっていた。
「うわ!?」
「何やってんのデブ」
ひょいっとその毛玉を拾い上げると柚樹葉は再び椅子に腰を下ろしてはぁと息を吐いた。
「電源抜くぞ」
「脅迫にはスペーメは屈しないのです!」
「うるさい」
「あう!」
ぐいっと首元を掴み上げながら「こいつの名前はスペーメ。人工知能搭載アンゴラウサギ型アシスタントロボット」
「ろ、ろぼ……?」
「私が造ったんだ。なかなかよくできてるでしょ?」
楽しそうに微笑む柚樹葉だったが太李はとてもこの状況についていけなかった。
そんなフィクションのような話がとも思うが一方で目の当たりにしてしまった以上は信用するしかなかった。
「じゃあ最後に、君の話をしよう。君が今現在おかれている状況の話といってもいいかな」
その言葉に太李は自分が待っていた話題が来たことを察した。
身を強張らせる彼に柚樹葉はくすりと笑ってから肩をすくめた。
「心配しなくてもとって食いやしないよ。さっきも言ったけどディプレション空間では悪夢が生まれている。その悪夢を生む装置が『ディスペア』。君がさっきとどめを刺してくれた白蛇もそうだ」
そう言われた太李の脳裏には自分が斬り付けた白い蛇が浮かび上がった。あれ、装置だったのかと感心する間もなく柚樹葉が続けた。
「ディプレション空間を消滅させるためにはそれを発生させているディスペアを退治する必要がある。そこでその空間の適応者の力を底上げして悪夢を消し去る、いわゆるヒーローが求められた。私がそのシステムを造って、それを使って変身するのが君や巳令だよ」
「ヒーロー?」
「そうだよ」
にこっと笑うと彼女は続けた。
「身体能力は飛躍的に上昇し、それぞれが武器を使い、戦えるようになる。必殺技つき」
「……なんで女になるんだよ」
「それは私の趣味」
うんうんと頷いてから「そういうわけだから」と腕を組んだ。
「君にもこれからディスペア退治に協力してもらう」
「そんな勝手な」
「一度シンデレラとして変身してしまった以上、君のデータが今君の指にはまっている指輪、チェンジャーに記録されてしまった。初期化しないといけない。その費用が君に出せるの? 軽く億は超えるよ」
ぐ、と太李が言葉を詰まらせた。それから自分の指にはまった指輪を黙って見つめた。
現実離れしすぎている。そう思ったが太李にとってみれば目の前で起こったことだった。信じたくなくても信じるしかなかったのだ。
返答に困っていると「私はこの人とは組みませんから」と巳令の冷たい声が響いた。
「巳令」
「今までだって一人だったんですから別にこれからだって同じで構いません」
「無茶言わないで」
「私一人でも全部のディスペアは倒せます」
冷たい視線を太李に向け、巳令は二人に背を向けた。
引き戸に手を掛けながら「これからも、一人で充分」
がらがらと音を立てながら開けた扉から立ち去って行く彼女の後ろ姿を見送りながら太李は少しだけ憂鬱な気分になった。自分も彼女と同じヒーローという立場にあるならば少なからず協力しなければいけないと思っていたのだが当の彼女はこちらに歩み寄ろうとするどころか前にもまして気難しくなったように思える。
「あのさ、九条さん」
「ん?」
「俺と鉢峰さん以外にもヒーローっているの?」
彼がそう問いかけると柚樹葉は少し考え込むような動作をしてから足元に手を突っ込んだ。
少し間をおいてから出てきたのはアタッシュケースだった。柚樹葉はそれを開けてから中を見せる。中にはクッションに包まれたネックレスに髪飾り、ピアスが入っていた。その横には二つほど何も入っていない凹みがある。
「チェンジャーは全部で五つ。今登録されているのは鉢かづきの巳令とシンデレラの君だけだよ」
「はぁ」
「残りは人魚、親指、いばら。これからこの変身者も見つけないといけない」
その言葉にふとあることに気付いた太李が告げる。
「全部おとぎ話だ」
「そうだよ。今頃?」
「じゃあ鉢かづき、っていうのも?」
「知らない?」
太李が頷くと柚樹葉はカバンの中から一冊の絵本を取り出した。
『鉢かづき』とタイトルがつけられた絵本だった。表紙には大きな鉢をかぶった少女の絵、先ほどまでの変身した巳令の姿のような少女が描かれている。
「読んでみるといいよ」
よっこいしょういち、と掛け声をかけながら立ち上がった柚樹葉は太李を見て薄く笑った。
「巳令は接し方が分からないだけなんだよ。仲よくしてやって」
どう返答したらいいのか太李は分からず、ひとまず頭を軽く下げた。
その夜、彼は柚樹葉から受け取った鉢かづきの絵本をめくって読んだ。
長者の夫婦が観音に願ったことで待望の女の子供を授かる。その女の子は美しい娘へと成長していく。ところが母が亡くなる前、観音のお告げに従い娘の頭に鉢を被せたところ、その鉢が取れなくなってしまった。
間もなく母は死んでしまい、継母がやってくる。しかし、継母は意地の悪い人間で鉢かづきはいじめられ、ついに実の父親にまで見放されてしまい、家を追い出されてしまう。全てを悲観した彼女は入水をするも鉢のおかげで溺れることが出来ず、浮かび上がってしまっていたところを公家に救われ風呂焚きとして働くようになる。
そこの四男に求婚されるも、その母が下女との結婚に反対し、兄たちの嫁との『嫁比べ』を行って結婚を断念させようとする。
嫁比べが前日に迫った日、鉢かづきの鉢が外れた。美しい顔に学識が豊かだった姫は非の打ちどころがなく、見事に四男と結婚し、幸せに暮らしたという話だった。
これは知らなくても無理はなかったな、と読み終えた太李は思った。
小さい子供に読み聞かせる内容には向かないだろう。彼の母はどちらかといえば明るい本を読み聞かせていた記憶がある。
そういえばシンデレラもそんな話だよな、と思いながら照明の光に指輪をかざしながら溜め息をついた。
絵本の中の鉢かづきは気立てのいい娘だったが現実で彼が向き合わなければいけない鉢かづきは他人を拒絶するタイプの人間だった。現に彼女はあの後、授業に戻っても特別親切に接してくるどころか目も合わせようとはしなかった。
しかし、経験の少ない自分がこれから一人で戦っていくのは難しいであろうことを太李は察していた。どう足掻いても巳令の協力が必要になる。
うんざりしながら太李はベッドに倒れ込んだ。こちらが譲渡してでも彼女とは友好的に過ごさなければ、そう心に決めた。
翌日の放課後、彼の我慢と決意は脆く崩れ去った。
「いい加減にしてくれよ!」
校門を抜け、少し歩いたところで彼は前を歩いていた巳令に太李はそう思いっきり叫んだ。
それすら聞き流して巳令は歩き続けていた。ヘッドフォンから流れる音楽が阻害しているのか、彼女が意図的に無視をしているのか。太李には後者のように思えてならなかった。
休み時間に話しかけてもヘッドフォンからの音楽のせいか聞こえていないらしく無視。ならばと授業中に話しかけても無視で、最終的には太李が教師に叱られる始末だった。
彼はそれでも諦めるわけにはいかなかった。命がかかっているからだ。
それに、太李には巳令が性悪な人間だとは思えなかった。昼食を貰った、というだけだったが人との関係を根源から絶ちたがっている人間がそんなことをするとは太李には考えられなかったのだ。何かをしろと担任に言われていたわけではないのだから放っておいてよかったはずだ。
「鉢峰さん!」
がっと彼女の肩を掴み、そちらに振り向かせると驚いたように彼女が彼を見上げた。
「うえ?」
「とりあえずヘッドフォン外せよ」
つんつんと耳を示すと彼女は太李の言葉を理解したのか渋々といった風に耳からそれを外した。
じっと彼を見返しながら「なんですか?」と棘のある言い方で返した。
「いや、何っつーか。なんで俺そんなに嫌われてるのかなって」
「別に嫌ってるわけじゃありません」
「じゃあ一緒に」
「それは嫌」
「なんでだよ!」
平行線だ、と太李は頭を抱えたくなった。
「俺が男だからか? ん? 俺が男だからなんか女になるのが気に食わないのか?」
巳令が首を左右に振る。しかし、その首の振りがわずかに鈍ったのを太李は見逃さなかった。
少し考えてから太李は恐る恐る問いかけた。
「あれか、変身すると俺の方が胸が大きいから気にくわな」
瞬間、太李の顔面に激痛が走った。
思わずうずくまりながら彼は巳令を睨み付けた。
「おま、グーパンって!」
「違うもん……」
震えた声で巳令が言い放った。
「和服は貧乳の方が映えるし! 必殺技がイタリア語でかっこいいから羨ましいとか思ってないし! ほんとはフェエーリコ・デュエットとかやりたいとかちっとも思ってないし!」
「やりたいのか、デュエット」
小声で太李が問いかけると巳令は顔を真っ赤にして俯かせた。
オレンジジュースの缶を太李が差し出すと公園のベンチに座っていた巳令がそれを奪い取るように受け取った。
自分もぶどうジュースの缶を頬にあてがいながらその隣に腰かけた。それから黙って缶のプルトップに指をかけ、かしゅんと音を立てながらそれを開けた。
中身を口に流し込んで彼は顔をしかめた。
「うわまず」
口の中で中途半端に弾ける炭酸に眉を寄せた。
そんな彼を見てからようやく巳令が声を発する。
「あの、その、私、ご、ごめんなさい」
「いや」
苦笑しながら太李はうーんと小さく唸った。
「あとは?」
「え?」
目を大きしながら首を傾げる巳令に太李は笑った。
「あと俺に言いたいことない? あ、パンチはもうなしな」
彼の言葉に巳令は小さく笑った。
「なんだよ」
「いえ、変わった人だと思って」
くすくす笑いながら巳令が続けた。
「ごめんなさい。私きっとどうしたらいいのか分からないだけだったんです」
「そう?」
「はい。今までずっと一人ででもいきなり協力しろ、だなんて言われてもどうしたいいのか分からなくて」
首を左右に振りながら彼女が続ける。
「鉢かづき、ってシンデレラや人魚姫みたいに有名じゃないじゃないですか」
「そう、だな」
「だから、ずっとそれが嫌だったんです」
足元に転がっていた小石を蹴りながら巳令は太李を見た。
「他の変身者が見つかったら華がない私が埋もれてしまうんじゃないかって。結局怖かっただけなんです」
「……華がないってことはないんじゃない?」
巳令の顔を見返しながら太李が言う。
「鉢かづきってそりゃ一度は屈したこともあったけど最後まで頑張って生き抜いて報われるだろ。それは凄いかっこいいことだと思うし、むしろ一度屈したのに立ち上がるのは凄いと思うし、ええとつまり俺が言いたいのは」
ううん、と難しそうに唸ってから太李はベンチから立ち上がり言い放った。
「鉢峰さんも、そういう人になったら俺は凄くかっこいい、と思うし」
きょとんと太李を見つめていた巳令がやがて小さく笑った。
柔らかい笑顔に彼が見惚れていると彼女は淡々と告げる。
「あなたにかっこいいと思われても仕方ないんですけど」
「んな」
精一杯の言葉を一蹴され、硬直していると彼女がにこっと笑う。
「でも、あなたは私のこと見ていてくれそうですね。ちゃんと、私のこと認めてくれますか?」
「当たり前だろ」
認めているからこそ、彼はここまでこうして彼女と話を続けていたのだ。
巳令は安心したように「そうですか」と満足げに告げた。そんな巳令を見て太李がわずかに口元を緩めたときだった。
辺りが一瞬で暗くなり、遊んでいた子供たちがぴたりと止まってから次々と倒れだした。
太李が立ち上がると巳令がある一点を指差した。
「あそこ」
「え?」
二人の視線の先には大男が地面を揺らしながら歩いているところだった。
「なるほど、あれが今回のディスペアってわけか」
「そのようですね」
じっと前を見ながら巳令は自分の前に右腕を差し出した。そこには黒い腕輪がはめられている。
「行けますか、シンデレラ」
悪戯っぽくそう尋ねてくる巳令に「頑張るよ、鉢かづき」と太李は頷いた。
「ああ、そうでした。あの、お願いがあるんです」
「ん?」
背伸びしながら自分の耳元でこそこそと話す彼女の言葉を聞いて一拍おいてから「マジで?」と太李は苦笑した。
「マジです」
「……努力はするよ」
溜め息をつきながら彼は指輪を掲げた。それに倣うように彼女も腕輪を上に掲げ、二人揃って叫ぶ。
「変身!」
叫んだ二人は眩い光に包まれた。
その光によって大男が唸りながら二人の方を見た。光が止むと同時に巳令が刀を構えた。
「悲しき魂に救いを与える姫、鉢かづき!」
本当に叫びおった!
呆れたらいいのか、笑えばいいのか。混乱しながら太李も手の中にある細身の剣――レイピアを構え、渋々、巳令から先ほど教えられた台詞を口に出した。
「哀れな役に幸せを与える姫、シンデレラ!」
名乗り終えた彼の手を握り、背中合わせになると巳令が更に続けた。
「悪夢には幸せな目覚めを!」
それから一拍おいて、死んだような太李の弱々しい声と生き生きとした巳令の声が重なった。
「フェエーリコ・デュエット!」
なんなんだ、これは。唖然とする太李を置いて巳令はぐっと拳を結んだ。
「決まった……!」
「これが、やりたかったのか?」
「はい!」
鉢の下でとても嬉しそうな巳令を見て、太李は反論することすら馬鹿らしくなった。
「あー憧れだったんです、ヒーローの名乗りって」
「ヘーヨカッタネ」
「シンデレラも楽しかったでしょう?」
「俺はこの瞬間、何かとても大切なものを失った気がするよ」
膨らんだ胸を押さえながら太李が深々と溜め息をついた。
そんな二人に構わず、大男が両手に棍棒を握りしめ、振り下ろした。
地面を蹴り上げてかわした巳令はそのまま喰らって吹っ飛ばされた太李を見て「大丈夫ですか!」と声を張り上げた。
「なんか、これ、デジャヴ、なんだけど!」
というかあいつはなんであんなに素早く動くんだ、と思いながら彼は立ち上がって体勢を立て直してからレイピアを思いっきり前に突き出した。
腹部にそれが突き刺さり、大男がよろめいた。レイピアを引き抜いた彼はその場から飛びのく。それと同時に巳令がその体に飛びかかり、蹴り入れた。
大男はその巨体を左右に揺らしながら何かをポケットから取り出した。それがめんどりだということは太李もすぐに気が付いた。大男がぽんぽんとめんどりを叩く。
甲高い鳴き声をあげためんどりが産んだ金色に輝く卵がスピードを伴った太李と巳令に襲い掛かった。
「うっわ!」
「く!」
二人はそれをなんとかかわす。
レイピアの刃で卵を弾きながら太李は考えを巡らせる。なんとかしてこの卵を一斉に処理して奴の元へ近づかなくては。
少し黙り込んでから彼はあることを思い出した。それは自分の必殺技のことだった。
「はちみ」
と、そこまで言いかけて彼女が別の名前で呼ばれたがっていたことを思い出して彼は慌てて訂正した。
「鉢かづき!」
「はい?」
刀を納めては抜き、また納めるを繰り返しながら自分にぶつけられる卵を破壊していた巳令に太李は告げる。
「俺が全部卵さばくからお前はあいつにとどめ刺してくれ!」
「そんなこと、できるんですか?」
「任せろ」
にっと笑う彼に巳令は一瞬返答をためらった。
しかし、ぎゅっと刀を握りしめてからこくんと頷く。
「分かりました。お任せします」
「よっし」
ぎゅっと太李は手を握りしめる。
白い手袋の下にある指輪のことを考えながらレイピアを頭上に掲げる。
「最も哀れな役に幸せなエピローグを!」
周りに無数のレイピアが現れたのを確認しながら飛んでくる卵を睨み付け、彼の口が言葉を放った。
「リベラトーリオ・ストッカーレ!」
瞬間、周りに現れたレイピアが飛んでくる卵一つ一つに突き刺さり、空中で破壊していく。
太李もまた、巳令に向かっている卵を切り捨てる。
「鉢かづきぃ!」
「はい!」
粉々になっていく卵の間を駆け抜けながら大男との間合いを詰めた巳令は自分の腕輪に神経を注ぎ、叫ぶ。
「悲しき魂に救いの最期を」
走ったまま、そのすれ違いざま彼女が刀を抜く。
「多幸ノ終劇!」
彼女の刃が大男の体を真っ二つに切り裂いた。
鞘に刀が納まった瞬間、二つに切り裂かれた体が砂のように消えて行って一枚の紙がふわりと飛び上がった。
何事もなかったような子供たちの笑い声が溢れかえる公園を見つめながらふぅ、と変身を解いた太李が息を吐いた。
「よっしゃぁ!」
思いっきりガッツポーズをして、そう叫ぶと子供たちが一斉に彼に向かって振り返った。はっとして顔を引きつらせながら軽く頭を下げた。
そんな彼を見て小さく笑いながら「フェエーリコ・デュエットの初陣大成功ですね」と嬉しそうに巳令が告げる。
「だな」
「あの」
「ん?」
恥ずかしそうに顔を俯かせながら巳令が掌を太李に向けた。
それがハイタッチを促していることに気付いて小さく笑いながら「ほい」とぱちんと音を立てながら手を合わせた。
「さっきは助かりました。ありがとう、灰尾」
顔を俯かせたまま掻き消えそうな声でそう言われ、太李は無性に嬉しくなると同時に妙に気恥ずかしくなった。視線を逸らしながら答える。
「こっちこそ、これからも頼むよ。鉢峰」
太李の言葉を受け、本当に嬉しそうに笑う巳令の声を聞きながら「それでさ」と太李は咳払いした。
言い辛いこととはいえ、言わなければ。そんな使命感に駆られながら彼は重い口を開いた。
「その、フェエーリコ・デュエットってやっぱ、その、かっこいいとは思うんだけど口に出すのは恥ずかしいっていうか」
しかし、その言葉に返答はない。傷つけて無視されたのか、とどきどきしながら太李は振り返ってから頭を抱えた。
彼女の頭にはヘッドフォンがつけられている。どれだけ大音量で聞いているのだろうか、と太李は呆れたような気分になった。
巳令が不思議そうに首を傾げた。それに「なんでもない」と太李は首を左右に振った。
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「ええー、手下やられちゃったのぉ? だっせーれーこだっせー!」
「うるさいですわよ、ウルフ。あなただってこの間、あの、シンデレラとかいう奴にやられたくせに」
「やめんか。それにしても計算外だったな、こんなにあっさり二人目が見つかるとは」
「あの鉢かづきの小娘だけでしたら潰すのも楽でしたのに」
「何弱気になってんのぉ? 雑魚が何匹増えたってかわんねーよ!」
「このトレイターの前ではな」
「あーあちしが言おうと思ってたのにー」