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第十三話「女の子の準備は何にしたって大変なようです」

 その日、蒲生鈴丸はいつにもまして落ち着かない様子だった。

 腕を組みながら室内を意味もなく、行き来している。ピーマンをかじりながらマリアがその光景に面白そうに碧眼を細めた。

「娘の大学受験の結果発表を待ってる母親みてーだな」

「あながち間違いじゃないかもね」

 ティーカップを傾けながらその言葉にベルが苦笑する。

 そんな二人の会話も届いては居ないらしく、彼はわしゃわしゃと頭を掻き毟った。噛み砕いていたピーマンを飲みこんでからマリアがけらけら笑う。

「ベルの脅しが相当利いてんな、こりゃ」

 フェエーリコ・クインテットと九条柚樹葉、この六人のテストの点がどれか一教科でも平均以下だった場合、鈴丸の報酬の減額。それが鈴丸の不安を煽る原因だった。

 ほんの少しやる気になればと思っていてみただけだったのだが彼女の想像以上に鈴丸は心配で仕方なかった。

「ちょっとやりすぎたかしら?」

「そうか? 面白いと思うぞ?」

 すっかりピーマンを食べ終えた彼女は今度は人参を取り出して噛み砕いた。

 マリアの言葉にベルは頬に手を当てながら溜め息を吐いた。

「上にオプションの掛け合いした方がよさそうね……さすがに可哀想になってきたわ」

「まーあれじゃなぁ」

 テストの期間中は可能な限り、彼らの勉強を見てやって、今日が最終となるテスト発表の期間中は食事もろくに喉に通らない始末だった。

「その点、マリアはお金には執着ないからほんと助かるわー」

「金なんてあっても腐らせるだけだしな」

 ぼりぼりと音を立て、人参を飲みこむ彼女にベルはにこにこと笑みを浮かべた。

 事実、マリアは鈴丸に比べて明らかに金銭への執着はない。報酬が少なかろうが仕事をする姿にはベルも感心するほどだった。入って来た報酬も、自分の実家の教会や以前日本にいたときに世話になった人間に送っているようで自分の手元には最低限のものしかないようである。

 その代わり、ベルにとって少し厄介だったのは金銭で釣れない分、雇い主が気に入らなければどれほど金額を積まれても仕事をしないところだった。タイプが全く異なる二人ゆえに、扱いやすいといえば扱いやすかったが扱いづらいときにはとんでもない爆弾だった。

 それを考えれば泡夢財団は非常に都合のいい雇い主だったようにベルは思う。正義の味方という建前はマリアが食いつくには充分足るものだったし、大きな財団だったおかげで鈴丸の無茶苦茶な要求にも嫌々ながら応えてくれる。上司は気に入らないがそれもしばらくの辛抱だと自分に言い聞かせた。

「つーかさ、なんで鈴はあんな金の亡者なんだよ」

「知らないわ。私が会ったときはもうすでにあんな感じだったのよ」

 だから自分もこの世界に彼を引きずり込んだのだ。金のためならなんでもする、その強欲さがベルにとっては何より都合がよかった。

 ちらりと時計を見上げたベルは「そろそろかしら」と立ち上がると奥の棚へと駆けて行ってしまった。あんなの前はなかったのに、とマリアが顔をしかめる。

 そのベルの行動通り、ゆっくりと休憩所の扉が開かれる。その音にびくっと鈴丸が肩を跳ね上がらせた。

「こんにち」

 一番に入って来た太李の言葉を聞かず、そちらの方に歩み寄った鈴丸が彼の肩を掴んで前後に揺らす。

「大丈夫か大丈夫じゃなかったかだけ言え!」

「うお、ちょ、鈴丸さ、頭、がっくんがっくん、す」

「どうなんだ!」

「鈴さん落ち着いて!」

 あわわとよもぎが慌てて鈴丸を太李から引き剥がす。

 ぜぇぜぇと肩を上下させる太李が掻き消えそうな声で「死ぬかと思った……」と呟くのを聞きながら巳令が淡々と言い放つ。

「大丈夫でしたよ」

 けろっとそう答える彼女に鈴丸は後ろの方で気怠そうについてきていた南波と柚樹葉を見た。

「そこの二人も?」

「はい」

「……お前ら抱き締めていい?」

「やめろ気色悪い」

 不愉快そうに顔を歪める南波と「大げさだな、君は」と苦笑する柚樹葉。

「だって、お前ら二人揃ってさぁ! あまりにも酷いから俺はもう駄目かと……」

「自覚はあるんだがなんだろうな、他人に言われるのは凄く腹が立つな」

「先輩まずいです、さすがに教官にチョップはまずいっす」

 南波の右腕を押さえ込みながらよもぎが告げる。

 相変わらず愉快な、とマリアが一人で笑っていると「その様子だとみんな大丈夫だったみたいね」とベルが小さく笑いながらテーブルの上に皿を置いた。

 綺麗な焼き目の付いた円形の菓子が山詰みにされている。梨花がじーっとそれを見つめた。

「スコーンだ……」

「ふふ。みんなで食べようと思って買っちゃったわ。美味しそうでしょ、ジャムとクリーム取ってくるから待っててね」

 くるりと踵を返し、また棚の方へと歩いていくベルの言葉にこくこく頷きながら梨花はぽすんと椅子に腰を下ろした。

 いつも通り、そのあとに続いて各々椅子に座っていく。全員が席に着いたところで「はーいお待たせ」とベルが白いクリームが入った器とと二種類のジャムの入った器を並べていく。不思議そうにクリームを見つめる南波を見てからよもぎが「黒テッドクリームですか?」と首を傾げた。

「ええ。やっぱりこれがないとねー」

「クロテッド……?」

 首をさらに傾ける彼によもぎはくすっと笑ってから。

「イギリスで二千年以上前から作られてるクリームです。ジャムと一緒にスコーンに塗って食べるんです。紅茶にスコーンとジャムにクロテッドクリーム。クリーム・ティーって言って英国とかでは割と習慣の一つみたいです」

「へぇ」

「よもぎさんは物知りね」

「いつも通りこれっす」

 ちらっとスマートフォンを見せるよもぎにベルが苦笑する。

 一方で梨花は嬉しそうに自分の取り皿にスコーンを一つとると「いただきます」と手を合わせ、挨拶したのち、それを半分に割った。その片方に苺ジャムとクロテッドクリームをたっぷりのせて頬張った。

「おいふい……!」

 幸せそうな笑顔を浮かべる梨花に「喜んでもらえたみたいで嬉しいわ。あ、そうだ蜂蜜も持ってきましょうか?」梨花の目が一際輝く。ふふ、と笑みを浮かべてベルが蜂蜜の瓶を取りに立ち上がった。

「でも、やっぱり落ち着きますね。こうしてベルさんにご馳走になると」

「だな」

 もふもふとスコーンを口に入れながらしみじみそう言う巳令に太李が頷いた。

「本当この一杯のために頑張ったーって感じですよね」

「おっさんかよ」

「……でもベルガモットの紅茶が美味しいのは私も認めるよ」

 紅茶をすすりながら呟くように言う柚樹葉の膝にのっていたスペーメがぎょっと目を見開いた。

「どうしたですか柚樹葉。人を褒めるなんて珍しいのです、明日は嵐ですか」

「うるさい」

 ぐいっと体を掴み上げながらけっと柚樹葉が唇を尖らせた。

 蜂蜜片手に戻ってきたベルがあらあらと笑う。

「駄目よ、喧嘩しちゃ。ほら、蜂蜜持ってきたから。鈴丸、開けて」

「……お前な」

 文句を言おうと口を開きかけたものの梨花のきらきらとした期待の眼差しに鈴丸は渋々言葉を飲みこんだ。

 がちっと音を立てて固く閉められていた瓶の蓋が開く。

「ほら」

「やっぱりあなた、力あるのね。見せかけの筋力じゃなくて安心したわ」

 感心したように呟いてから「お待たせ、梨花さん。このままでいい?」

「はい!」

 嬉しそうに頷く梨花を見てベルはじゃあどうぞと瓶を梨花に手渡した。

 ふふと笑みをこらえきれない様子の梨花を見てから「んじゃ、ぼちぼち始めるか」と鈴丸が立ち上がった。

「おう、さっさとやろうぜ」

「……とか言いながらお前もちゃっかり食うのな」

 せっせと口の中にスコーンを放り込むマリアに鈴丸が頭を抱えた。そんな彼に「当たり前だろ」とマリアが言い放つ。

「あたしの中に流れてるイギリス人の血のせいで目の前に紅茶とスコーン置かれたら本能的に食いたくなるんだよ!」

「なんだそのしょーもない本能は」

 呆れたように溜め息を吐いてから鈴丸は「んまーとりあえず」と話を元に戻す。

「テストもなんとか終わって、これでお前らは心置きなく夏休みに突入出来るわけだ。ってなわけで、合宿に行きます」

 おお、と巳令が目を輝かせた。

「はい! 鈴丸教官!」

「おう」

「どこに行くんですか!」

「ベル」

「今のところ川でキャンプ合宿予定です。他県になるけど泡夢財団の経営キャンプ場があるの」

 バトンタッチされたベルがすらすらとそう答えれば巳令はわぁわぁと嬉しそうに足をばたつかせた。よっぽど楽しみなんだなと太李は心の中で苦笑する。

「というわけで親御さんにはきちんと了承もらってきてちょうだいね?」

「……どこまで正直に話していいですか?」

「お泊りすることだけかしら」

 太李の問いに困ったようにベルが笑う。

 さすがに正義の味方の強化合宿で出かけるとは言えないなと太李も思っていた。どうしたものかと悩む。

「はい、鈴さんせんせー」

「ん、なんだよもぎ」

「おやつはいくらまでですか?」

「……三百円かな」

 くだらない、と思いつつ鈴丸が答えると南波が心底真面目そうな顔をして問う。

「バナナは」

「おやつに入ります」

 きっぱり答えると忙しそうにスコーンを食べていた梨花が「そっか……入っちゃうんだ……」と何故か残念そうに呟いた。

 楽しそうに微笑んでからカップをソーサーの上に置いてからベルは手を打った。

「そうそう、一応水に入るから水着、用意して来てね」

「水着、ですか」

 きょとんとした巳令はふむと顎に手をやった。

「新しいの買わないとですね……」

「あーウチも新しいの買っちゃおうかな」

 んーと巳令の言葉によもぎが眉を寄せる。

 そんな二人を見てから「じゃあ」とベル。

「女の子みんなで買いに行きましょうか。お姉さん奢ってあげるから」

「お前はお姉さんっていうよりおばさ、ごふ!」

「鈴丸さぁん!」

 腹部に握り拳を喰らい、その場で蹲る鈴丸に太李が悲鳴に近い声をあげた。

 ちらちらと鈴丸を気にしながら梨花が「で、でも」と躊躇った。

「そんな、高いですし……」

「私も新しいのが欲しいなーって思ってたの。水着がないと不便だし、どうせなら可愛いの着たいでしょ? いつも頑張ってるんだからこれくらいご褒美があってもいいわよ」

 ね、と笑うベルを見ながら辛うじて起き上がった鈴丸が口を開いた。

「また年甲斐もなくビキニとか買う気じゃ、がっ!」

「ベルガモットさんがビキニ着てぬぁにが悪いのかしらぁ?」

 肘鉄を落とされて、完全に沈黙する鈴丸を見てマリアはガタガタと震えあがった。




 翌日、学校を終えて指定された場所へやって来た巳令たちはうーんと困り果てていた。

「おかしいですね、ベルさんとこのあたりで待ち合わせだったはずなんですけど」

 改札を抜けてもベルの姿はなかった。

 どこかですれ違っているのだろうかと巳令が辺りを見渡しているとぽんぽんと彼女の肩が叩かれた。彼女が振り返るとそこに立っていたのは落ち着いた紺色のワンピースにつば広の白い帽子をかぶった女だった。

「何か?」

「もしかして、私を探してるんじゃない?」

 そう言って帽子の下に浮かんでいた笑顔に「あ」と巳令は声を漏らした。

「ベルさん!」

 他の面々もこれでようやく彼女だと気付いたようでほっと息をついている。

「ベル姉様、どうしたんですかその格好。どこの奥様かと思いましたよ」

「嫌ねぇ、あのままだとさすがに目立つじゃない。変かしら?」

「変じゃないけど君だとは判別できなかったよ」

 呆れたように柚樹葉が言葉を続けた。

「髪も見えないし、眼鏡もかけていないし」

「……私、柚樹葉さんに眼鏡と髪の色で判別されてたの?」

「大まかな判別はそうだね。あとはコートかな」

 心底この子は私が嫌いでも好意や興味はさほどないらしい、とベルはうんざりした。

 そういえば、と梨花がベルの後ろを覗き込みながら首を傾げた。

「マリアさんは」

「フラれちゃったわ。前に買った水着があるからいいんですって」

 つまんないのーと唇を尖らせるベルに梨花が苦笑した。

 スカートの裾を翻し、「それじゃ行きましょっか」とベルが歩き出した。そのあとをそれぞれが続いた。




「暑苦しい」

「言うなよ、考えないようにしてたんだから」

 南波の言葉にうんざりしたように返しながら鈴丸は訓練場の床に倒れ込んだ。

 マリアも不貞寝したままということもあって男三人だけで使う訓練場は嫌に広い割にどこか暑い。梅雨明けの蒸し暑さとも相まって暑苦しさは充分だった。

 ごろごろと床に寝転がっていた鈴丸が何かを思いついたのか勢いよく体を起こした。

「あ、そうだ、お前ら変身しろよ。そしたら多少男臭くなくなるだろ」

「嫌ですよ、暑いですもん俺の服」

 ペットボトルを傾け、汗をぬぐっていた太李が苦笑する。

「マントもあるし、手袋もあるし」

「じゃあ南波だけでも」

「断る、面倒くさい」

 きっぱり告げられて鈴丸はつまらなさそうにまた床に倒れ込んだ。

「つーかお前ら女になること自体はもう抵抗ないのな」

「慣れだな」

「慣れっすね」

「すげーな」

 感心したようにそう返してから「でも中身は野郎なんだよなぁ、見た目はいいのに」と残念そうに続けた。

「そんな残念そうにされても」

「いや、このガッカリ具合はなかなかだぞ。戦う美少女が実は男子高校生だったとか絶望以外何があるんだ」

「絶望したんですか?」

「俺はしてない。梨花が男だったら死んでたかもしれねぇけど」

 あっさりそう答える鈴丸に「鈴丸さんって、ほんと、梨花先輩のこと好きですよね」と太李がぼそりと呟いた。その声に鈴丸は首を傾げた。

「はぁ? お前らだって小動物は好きだろ?」

「東天紅先輩は小動物のカテゴリーなのか」

「ハムスターの十倍は可愛いけど」

 真顔で答える鈴丸に「これ、親馬鹿に近いのかな」と太李は考え込む。そんな彼を鈴丸は「つーかさ」と覗き込んだ。

「人にそういう話を振ってるお前はどうなのよ」

「どうって?」

「巳令」

「ぶっ」

 口に含んでいた水を危うく吹き出しそうになりながら太李は慌てて顔をタオルで覆った。

「なんでそこで鉢峰が出てくるんですか!」

「逆に出さない意味が分からん」

 な、と同意を求められて南波が小さく頷いた。

「つーかぶっちゃけ付き合ってんの? 付き合ってないの?」

「なんですかその二択。付き合ってないですよ」

「あれで付き合ってないのか……」

「おい、なんで南波お前が驚く」

 顔を引きつらせる太李に「まぁ、いいや。詳しい話は合宿のときにでも聞いてやるから」

「ええー……」

 理不尽だ、と太李は溜め息を吐いた。

 それを待っていたかのように訓練場の扉が開く。マリアだろうかと振り返ってから鈴丸は再びうんざりした気分になった。

「蒲生、ベルガモットはどうした」

 そこにいたのは、九鬼だった。

 どこか見下したような目で自分を見る彼に鈴丸は聞こえないように舌打ちした。

「さあ。あいつ、自由人なんで、俺にはちょっと」

「まぁ、突然現場突入するような君ほどではないと思うがね」

 まだ根に持ってんのかよこのおっさん、と鈴丸は自分の顔が引きつるのがよく分かった。

「うちのベルガモットに用があるなら伝えておきますけど?」

 仰々しく息を吐き出した九鬼はくるりと鈴丸に背を向けると「戻ってきたら私のところへ来るように伝えろ」

「へいへい」

 さっさと行っちまえとその後ろ姿に手を振る鈴丸に「誰だ、あれ」と南波が小声で尋ねる。

 九鬼の後ろ姿が完全に見えなくなったところで鈴丸はそれに答えた。

「俺らの雇い主ってところ。一応お前らのディスペア退治の財団としてのプロジェクト主任らしい」

「へぇ」

「感じわりぃ親父だろ?」

 はは、と笑ってから「俺、あいつにいじめられてんの」

「……鈴丸さんをいじめるなんて相当度胸いりますよね」

「いや、そうでもないと思うけど」

 金さえ盾にすれば難しいことではない。

 そう思いながら「随分ベルガモットがお気に入りなんだなぁ、おっさん」と吐き捨てた。

 また趣味の悪い女を選ぶもんだ。そう心の中で笑いながら。




 一方で水着売り場にて、にじり寄ってくるよもぎと距離を置きながら後ずさっていた梨花がぶんぶん首を左右に振った。

「い、嫌です! そ、そんなのいくらよもぎさんのお願いでも絶対買いません!」

「なんでですか! 似合ってたじゃないですか!」

「だ、だってそんなの今まで着たことないし」

 そう言って梨花が指差すのはピンク色のチューブトップ型ビキニだった。

 今までワンピース型のような極力露出の少ない水着を選んできた梨花にとってはビキニというだけでもハードルが高いのに申し訳程度の首紐がついただけのチューブトップなど更衣室で着るのとは訳が違う。恥ずかしくて合宿どころではなくなってしまう。

「だから今年の夏は勝負をですね」

「い、いくらなんでも勝負しすぎ!」

「じゃあ、こっちにしてみる?」

 すっと柚樹葉に差し出された爽やかな白ビキニを見て梨花はぷるぷると体を震わせた。

「それもやだよ! ぬ、布小さいし!」

「意外とわがままだね、君」

「だ、だからビキニやめようよぉ」

「あまぁい!」

 びしっとよもぎが叫ぶ。

「いいですか梨花先輩! せっかくそんないい体してるんですからここいらで勝負引っかけるべきなんですよ!」

「やだってばぁ」

「可愛い水着で愛しの彼をオトすんですよ!」

 と、よもぎは冗談のつもりで言ったのだが梨花の顔はみるみるうちに赤くなっていった。

 その顔を見て、よもぎははっとわざとらしく驚いた。

「ま、まさかマジでオトしたい人がいるとか」

「ち、違うのぉ! そんな、オトすだなんて、あ、ほんと、ちが」

「うう、こんなきゅーとでちゃーみんぐで可愛い梨花先輩から好かれるだなんて許せーん! 一体どこの男ですかぁ!」

「きゃあ! ちょ、ちょっとよもぎさん!」

 梨花は自分に抱き着いてくるよもぎを振り払おうと体を大きく揺らすもののなかなかよもぎは離れようとしない。

「クインテット、じゃなさそうだからもしかして鈴丸とか?」

「ち、ちちがうってば! ほ、ほほほんとにちがうのぉ!」

 顔を真っ赤にしながら柚樹葉の言葉にそう叫ぶ梨花を見て、ベルはにこにこ笑みを浮かべながら呟いた。

「青春ねぇ」

「私にはおっさん二人が可愛い女の子に絡んでるようにしか見えませんが」

 水着を見比べながらそう返してくる巳令にベルはふふと笑うだけだった。

「恋バナで盛り上がってるうちは青春青春。お姉さんくらいになるともう色恋沙汰も鬱陶しいだけよ」

 きゃーきゃーとじゃれあう三人を見ながら「昔は色恋に一喜一憂したものだけど」

 そう言ったベルのどこか遠い視線に巳令はなんといったらいいのかわからなかった。あら、と口元に手を当て、ベルが肩をすくめた。

「ごめんなさい、変な言い方して。歳とるって嫌ねぇ、すぐこういう言い方しちゃう」

「いえ」

「私にも昔はね、婚約者っていうのがいたのよ。結局フラれちゃったけど」

 ふふ、と笑いながら「今は吹っ切れたんだから」とベルは巳令を見つめた。

 しかし、巳令にはどうも彼女が本当に吹っ切れているかどうかが疑わしかった。はぁ、と曖昧な返答をした。

 するとそんな巳令の足元からふもふと暖かい感触が伝わる。下を見るとスペーメがごそごそと彼女の足元で動き回っていた。水着を抱えながら慌ててしゃがみ込んだ巳令が小声で話しかける。

「ちょっとスペーメ、駄目じゃないですか勝手に出て来ちゃ」

「鉢かづき! ディスペア! ディスペアなのです!」

 ばっとベルの方を見上げる。彼女は一度、こくんと頷いた。

「私、お会計済ませるから。行って」

「はい、すみません」

 ぺこりと頭を下げ、巳令が自分の持っていた水着をベルに手渡し、梨花たちを見る。

 それで大体通じたのか、よもぎが疲れ切っている梨花の手を引いた。

「行きますよ、先輩。あ、ベル姉様これお願いします!」

「はいはい」

 よもぎから渡された水着は二着、片方は先ほどのチューブトップだった。

「ちょ、ちょっと、よもぎさん待ってぇ! あ、ああー!」

 あの水着に確定してしまったという嘆かわしそうな梨花の声が大きく響いた。




「キリ、ねぇな、こりゃあ」

 空になったマガジンを地面に捨てて、予備のマガジンと交換を終え、マリアが引き金を引く。

 銃口が火を吹くたびにばさばさと羽音を立てる鳥たちが撃ち落とされていく。それでもひっきりなしにやってくる敵たちにマリアの処理速度は追いつかない。

「マリア、銃!」

 見かねた鈴丸がそう叫ぶとマリアは自分のホルダーに入れていたもう一丁の拳銃を放り投げた。それを受け取るや安全装置を外して鈴丸が引き金を引く。

 銃声が二重に響き渡る。全ての弾を撃ち込み終わる前にマガジンを交換しながら「やっぱり」と鈴丸は顔をしかめた。

「時間稼ぎ、か」

 彼の脳裏によぎっていたのは柚樹葉の言葉だった。

 亀型のディスペアが現れたとき、彼女は、ディスペアを操る一派は『長時間のディプレション空間の発生を目的としているのではないか』と告げた。それはあながち間違いではないように鈴丸には思える。

 わざわざ雑魚まで用意して、戦力を散らす。だが、だとしたら目的はなんなのだろうと彼には不思議で仕方ない。

 次々に飛び上がってくる鳥たちを睨み付けながら「んで」と後ろをちらりと振り返った。

「こっちのお仲間はどうした」

「知らねぇ!」

 マリアがそう叫ぶと同時に二人の通信機から同時に声が響いた。

「そろそろ到着する頃だと思うけど」

「へーそりゃいいね」

 ベルの声を聞きながら照準を合わせたマリアが引き金を引いた。

「あの二人が倒れるまでには来いよ」

 吐き捨てるような彼女の視線の先にはすでに変身して大きな猫型のディスペアと対峙している太李と南波がいる。


 ぎにゃあ、と歪な鳴き声をあげながら毛を逆立てて自分たちを睨み付けるディスペアに南波は舌打ちした。

 握りしめた槍を構えながら「どうする?」と首を傾げた。どうするって、と太李が困惑気味でそれに答える。

「言われても、どうしようもないっていうか」

 目の前に対峙する敵がβ型であることは分かっていた。分かっているからこそ、厄介だった。連携技が使えなかったからだ。

「とにかく鉢かづきかいばらが来るまで頑張るしか」

「だな」

 ふぅ、と南波が息を吐くのと同時に地面を蹴り上げたディスペアが南波に爪を立てながら飛びかかった。

 間一髪それを横に飛びのいてかわすも、地面について一瞬で体勢を立て直したディスペアがそのまま爪を振り上げた。その爪を槍の柄で受け止めた南波は爪を押し返しながらディスペアの腹部を蹴り飛ばした。

 巨体がよろめいた隙に後ずさって距離を取る。

「人魚!」

「騒ぐな! 今度はお前に遊んで欲しいらしいぞ!」

 南波の言葉を聞いて太李が地面を蹴り上げた。ディスペアの爪が太李のいた場所を抉っている。思わず高く飛び上がってしまった彼はどうしたものか、と思ってからマントの留め具を外した。

 地面ではディスペアが口を大きく開けて、太李が落ちてくるの今か今かと待っている。そんなディスペアを見ながら「お前は」と彼は空中でマントを広げた。

「ちょっと大人しくしてろ!」

 無数に現れたレイピアがそのマントを突き抜けて、地面に刺さる。

 地面と布が何本ものレイピアに縫い付けられ、その間にディスペアの頭が挟まれた。突然視界が暗くなったせいかディスペアはじたばたと手足を動かしている。

 少し遅れて、ディスペアの真上に落ちそうになっていた太李の体が何かにぐいっと引っ張られた。軌道が逸れ、少し距離を置いた位置に彼の体が着地する。


 ほっと息をつきながら太李は「さんきゅ、鉢かづき」と隣にいた巳令に笑いかけた。


 ふるふると鉢ごと首が左右に振られた。

「いえ、遅くなってしまってごめんなさい」

 彼女の謝罪の言葉と同時に「ふにゃああ!」という梨花の叫び声と共に投げられた斧に切り裂かれた鳥たちが地面に落ちていく。

 その光景を見てから巳令は「いばら!」と後ろに振り返った。

 視線の先には弓矢を構えたよもぎがいる。

「ほいさー! 人魚先輩! 一気に決めちゃいまっしょー!」

「遅刻してきた割に美味しいとこ取りか」

 やれやれとでも言いたげに南波が槍で虚空を切り裂いてから駆け出した。

 えへへ、と笑ってからよもぎは弦を震わせ、矢を放つ。

 腹部目がけて飛んでいく矢に合わせ、南波の槍がその箇所を的確に貫いた。ぎぃいいと断末魔を上げ、ディスペアは消えて行き、あとに残ったのはマントだけだった。

 それを拾い上げると南波は太李に放り投げた。慌ててキャッチしてから「あー」と彼は苦笑した。

「穴だらけだ……」

 怒られるよなぁ、と太李はどこか気が重くなった。


 ■


「まーたーしーんーだ」

「うるさい、ウルフ。それに今日はこれでいいんですの」

「はぁ? なにそれ? 負け惜しみ?」

「違いますわ、お馬鹿さん。裏方でデータは充分取れましたでしょうし」

「ばかってなんだよあちしのことばかっていうれーこの方がばかなんだもんねー!」

「……わかりましたわ、ドアホさんのウルフにも分かりやすく教えて差し上げます。やっと完成しそうなんです」

「おおー、すげーさすがうわばみー!」

「何言ってますの? この魔女の力あってこその完成ですわ」

「れーこはざこー!」

「殺しますわ」

「きゃー! こわーい!」


「とにかく楽しみですわね、γ型を前にして彼らがどれほどやってのけるか」


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