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第十二話「傭兵さんの報酬はお姫様たちのテストにかかっているようです」

 ヘッドフォンから聞こえてくるリズムに体を揺らしていた巳令は窓の外を見て、小さく笑った。

 今日は曇り気味だった空も気付けば晴れ空に変わっている。そういえば朝のニュースで梅雨明けがどうこうといっていたかもしれない。

 梅雨が明ける。徐々に上がる気温と晴れ空に巳令はそれを実感した。雨に当たると少し冷えるからか今まで長袖のブラウスのみで登校していた巳令も今日ばかりは半袖の夏服へと衣替えを終えている。

 明るい曲に合わせながら鼻歌を奏でていた巳令の肩をぽんぽんと誰かが叩いた。ヘッドフォンを外し、顔を上げてからその人物が自分の隣人であると気付き、彼女は微笑んだ。

「おはようございます、灰尾」

「おっす。なんか凄い機嫌よかったけどどうした?」

 肩から荷物をおろし、首を傾げる太李に巳令は「もう夏だなぁと思って」

「あーそうだな」

 太李が自分の席に腰を下ろしたのを確認してから巳令は更に続けた。

「夏休み、合宿に行くそうですよ。強化合宿」

「……クインテットとしてってこと?」

 声を潜めて問いかける太李に巳令がこくんと頷いた。

 合宿かぁ、と誰に向けてでもなく太李が呟いた。そこにどこかわくわくした風に巳令が尋ねた。

「灰尾は、合宿とか経験ありますか?」

「中学のとき、部活では行ったけど。鉢峰は?」

 ふるふると巳令が首を左右に振る。ああ、そういえば部活にも入ってなかったんだっけと太李は小さく笑い返した。

 頭の後ろに手を回して、体重を後ろにかけて椅子を傾かせていた彼を見ながら「でも夏休み前は色々と大変ですよね。うち、三期制だし」

「あれ、うちって三期だっけ?」

「そうですよ?」

 きょとんとしながら「灰尾は転校生ですし、来週の準備、大丈夫ですか?」太李が首を傾げる。

「準備って?」

「え?」

 心底不思議そうな太李を見つめ返しながら巳令はまさか、と躊躇いがちに口を開いた。

「来週、何があるか知ってますか?」

「え?」

 来週? 椅子を定位置に戻しながら太李は頭を抱えた。何があっただろうか。誰かの誕生日か? いやそれならばこんな深刻な顔をする必要はないはずだ。開校記念日もまだ先だった筈だ。

 さっぱり思い出せない、と一人唸っていると巳令がなぜか申し訳なさそうに告げる。


「期末テストですよ」


 瞬間、太李は自分以外の時間が全て停止したのではないだろうかと疑うほどの衝撃を受けた。

 そういえばそんなことを担任が言っていたかもしれない。最近、ディスペア退治とそれに向けた訓練がやたらと忙しくて聞き流していたが。

 ただですら勉強は好きではないのに、中途半端な時期で転校してきたせいか授業についていくのもやっとの状態だというのに。両手を不自然に動かしながら彼は顔を引きつらせた。

「で、その様子だと」

「やべぇ何もしてない!」

 頭を抱えて、太李は机に突っ伏した。

「あーあ……どうしよう」

「どうしようって言っても付け焼刃でも勉強するしか」

 巳令の言葉に彼は深々と溜め息を吐いた。

「だよな」

「あ、そうだ」

 ぽんと手を打って巳令が笑った。

「一人で勉強するのが不安ならみんなで勉強すればいいんですよ」

「みんなって?」

「陶芸部兼クインテットです」

 ぽんと手を叩きながら「それに」と巳令は楽しそうに続けた。

「私たちの知り合いに一人いるじゃないですか、なんでもできるから私たちに勉強教えるくらい涼しい顔してしそうな人が」

 はっと彼は知っている傭兵のうち一人を思い浮かべた。

 蒲生鈴丸、ヘリコプターの操縦から正義の味方の教官までなんでもこなす彼のことだ。高校生に勉強を教えるくらいなんでもないのだろう。

 巳令は天才なのかもしれない、そんなことを太李が考えたのと同時にチャイムが鳴り響いた。




「はぁ? 勉強教えてくれだ?」

 放課後、本部ビルにやってくるや頭を下げる太李に鈴丸は顔を引きつらせた。

「やっぱり、駄目ですかね?」

「いや、駄目じゃないけど」

 めんどくさい、というのが鈴丸の本音だった。

 ぐるっと彼はベルの方を見やった。彼女は人数分の紅茶をカップに注ぎながら「オプション料金にはならないわよ」ときっぱり告げた。その言葉に鈴丸が舌打ちする。

「ケチ」

「あんまり吹っ掛けると私の立場もなくなるのよ。というか、クインテットの誰かが平均以下なんか取ってみなさい。むしろ減額す」

「お前ら酷い点数取ったら殺すから」

 ベルの言葉を最後まで聞かず、鈴丸はこの場にいる高校生たちをぐるりと見渡した。そんな彼にがっくりよもぎが肩を落とした。

「人間の浅ましさを垣間見た気がします……」

「浅ましかろうがなんだろうが構わねぇよ、世の中金だ」

「汚い大人だー!」

 ぎゃーっと叫ぶよもぎを見ながら手前に置かれていたワッフルを口に運んでいた梨花がきょろきょろと周りを見渡した。

「そ、そういえばマリアさんは?」

「あー、多分まだ寝てるわ。昨日遅くまで色々やってたから。はい紅茶どうぞ」

「い、いただきます!」

 恐縮しながらベルから受け取ったカップを傾け、「あつ」と梨花が肩を跳ね上がらせた。それから警戒したように紅茶を見つめ、ふーふーと息を吹きかける。

「つーかなんで俺の金がこいつらの成績に……」

「あら、学生の本分は勉強だもの。当然よね」

 まぁ、落ち着きなさいよと自分の前にも紅茶を差し出すベルに鈴丸は呆れていいのかどうすればいいのかと悩みながら椅子に腰を下ろした。

「ちなみにクインテットだけじゃなくて柚樹葉さんも平均以下の教科があったら減額よ」

「……まぁ、柚樹葉は大丈夫だろ」

 なぁ、と鈴丸が柚樹葉を見ると彼女はカップをかたかたと揺らしていた。

「も、ももも勿論じゃない。わ、私が高校の期末試験ごときで平均以下をとるとでも?」

「めっちゃ手ぇ震えてるぞ」

「そういえば九条、お前、一年の期末で国語赤点で追試だったよな」

 ぼそっと告げる南波に思わず鈴丸は「え?」と聞き返した。

「な、何言ってるんだ! 一回だけじゃない! 君こそ数学二科目両方平均まで足りてなかったじゃないか! あんなの百点取って当たり前のものだろ!」

「は?」

 鈴丸が南波を見れば、彼はふんと顔を逸らした。

「ルートだの集合だのが将来なんの役に立つ」

「何その中学生みたいな反論」

「何が数学Aだ。どうせ両方やるならなんで分ける!」

「どうしたのお前、ねぇ数学になんの恨みがあるの?」

 だんっと机を叩く南波に引き気味で鈴丸はそう問うしかなかった。

「だっせ」

 ぷっとよもぎが吹き出した瞬間、南波の手刀が迷わず彼女の頭に落とされた。

 椅子から落ちて、よもぎが転げまわる。

「うわぁああいてぇええ! 今日のチョップ本気じゃないですかー! ぜんばいのばがぁぁああ! 死んじゃうぅう! 春風死にますからぁ!」

「ああ、死ね」

「酷い!」

 ことばのぼーりょくだぁああと巳令の元へ駆け寄って行くよもぎ。

 そんな彼女の頭をよしよしと撫でてやる巳令に「んで、お前は? 何ヤバそう?」と鈴丸が尋ねる。ふむと顎に手を当てながら巳令が答えた。

「物理が少しだけ。さすがに赤点までは行きませんが」

「そうか。太李は?」

「あー英語が」

「りょーかい。よもぎ」

「自分は歴史全般がちょっと苦手です……さすがにあんなこと言いませんが」

「もう一発行くか? ん?」

「やめろって南波!」

 あわわと南波と押さえる太李を見て鈴丸は頭を抱えた。

 それから最後に一人もふもふと忙しそうにワッフルを口に運んでは紅茶をすすっていた梨花に「梨花は?」と鈴丸が問う。

「ふぇ?」

「あーお前話聞いてなかったな。来週テストどんな感じ? 平均いけそう?」

 その鈴丸の言葉にわたわたと梨花は自分のカバンを拾い上げて、ノートを取り出した。

「い、一応お勉強してました……あ、これからお勉強するんですか?」

「うん、そうなんだけどやっぱお前だけだわ俺の救いは」

「へ?」

 頭の上に疑問符をいっぱい浮かべる梨花の肩を鈴丸は黙って叩いた。




 マリアが目を開けると窓からこぼれ落ちてくる光が直接降り注いできた。

 あまりの眩しさに一旦目を閉じ、毛布にくるまってから彼女は枕元に置いてある時計を見て「うげ」と声をこぼした。

 すでに四時過ぎを示す時計に目を擦りながら上半身を起こした彼女は舌打ちした。

 欠伸を噛み殺し、立ち上がった彼女は身にまとっていた大きめのTシャツを脱ぎ捨てると傍に畳んで置いてあった白いタンクトップに袖を通し、カーゴパンツに足を通した。ベルト型のガンホルダーを装着してから両手を大きく真上に伸ばし、銀色の髪に手を当てた。

 髪ゴムとくしだけを持って部屋から出た彼女はそのまま歩き、一室の前で足を止めた。

 物々しい扉の前でマリアはカーゴパンツのポケットに手を突っ込んで中からIDカードを取り出した。

 それを近くの機械に読み込ませて、軽い電子音と共に扉のロックが解除された。扉が開き、彼女は中へと足を踏み出した。

 整列された棚の中にそれぞれ、種類別に分類された銃や爆弾といった兵器が用意されている。自分で使っておきながら物騒な、と彼女は心の底から思う。

 棚の内の一つからハンドガンを取り出して、その横に置いてあった銃弾と一緒にガンホルダーの中に突っ込んだ。棚を閉じ、手榴弾を拾い上げてから武器庫をあとにした。

 クインテットはもう来ているはずの時間だ。そう思った彼女は休憩所か訓練場か少し迷ってから休憩所の方へと足を向けた。誰か一人くらいいるだろうと思ったからというのもあるがそれ以前に空腹を覚えたからである。


 休憩所の中に入ってからマリアはその判断を心底後悔した。


「マリア、いいところに……! 助けろ!」

「あ?」

 鈴丸の声にマリアは眉を寄せる。そんな彼女の視界に入ったのはなぜか自分の見知った高校生たちがノートを広げながら懸命に勉強する様子だった。

 そんな彼らとは少し距離を置いて「あらおはよう寝坊助さん」とベルが紅茶をすすっている。

「おう。何やってんの?」

「勉強会。もうすぐ試験なんですって」

「試験?」

 そういえばつい数年前まで自分もそんなことをしていたような気がする、とマリアは瞬きした。

「ふーん、それより腹減った!」

「そういうと思った。これ、お昼のあまり。焼きおにぎり」

「いよっしゃ」

 ベルから差し出されるラップのかかった皿を手に取ったマリアはラップをはぎとるとその上にのっていた焼きおにぎりに噛り付いた。

 夢中で食べ進める彼女を見ながら「髪、編んであげるわ。ゴムとくし、渡しなさい」とベルが彼女の真横に手を突きだした。

「お、わりぃなー」

「悪いと思うならもう少し早起きしなさい」

 呆れたようにそう言って、ベルはマリアの髪をくしで梳いた。口の周りについた米粒を指で取る彼女に鈴丸が視線を向けた。

「旨いか?」

「おう」

「んじゃあ食って満足したら手伝ってくれ、この分からず屋共に勉強を教えるの」

「あー無理無理、あたし、人に勉強教えるの得意じゃないし」

 首を左右に振るマリアに教科書を睨み付けていたよもぎが問いかけた。

「マリアさんって頭いいんですか?」

「いいわよ、元々本国で飛び級してたんだし」

「おいベル余計なこと言うなって」

 うーとマリアが頬を膨らませた。

「第一、勉強できたって他人に教えられるかは別なんだよ。向き不向きがあんだ」

「マリアさんは?」

「あたしは恐ろしいほど不向きだってのをよくわきまえてんの」

 頬をかきながらマリアはけっと吐き捨てた。

 そんな彼女に構わずに交差されていた銀髪がぴたりと留まった。

「まぁ、相手が救いようの馬鹿だったってのもあるが」

「はい、マリア、できたわよ」

「おーさんきゅーな」

 一つにまとめられた髪を左右に揺らしながらマリアは笑みを浮かべた。

 焼きおにぎりの乗せられていた皿をベルに渡してから「んで?」と彼女は机を覗き込んだ。

「……そこのぶっ倒れてんのはどうした」

 彼女の視線の先に居るのは数学の教科書に頭から突っ込んでいた南波だった。

「分母なんて死ねばいいのに……」

「しかもよくわかんねーこと言ってるぞこいつ」

「ふふ……筆者の心情なんて知ったこっちゃないよ……」

「うわぁ、もう一人いた」

 国語の教科書を開いたまま歪に笑う柚樹葉にマリアは思わず身を引いた。

 数学のワークの答えを眺めていた鈴丸が「な?」と首を傾げた。

「これはさすがの俺でも辛いんだよ」

「あー……」

 銀髪に手をやりながらマリアは苦笑した。

「でもお前ら、その教科だけなんだろ苦手なの。じゃあなんとかしようがあるじゃねーか」

「え、どういう意味ですか?」

 よもぎが不思議そうに問うとマリアはどこか自嘲気味に言った。

「世の中にはな……全教科赤点スレスレとかいう救いようのない状態なのに周りの力を借りて神都から卒業した奴だっているんだよ……」

 ただならぬマリアの雰囲気に思わずよもぎは黙り込んだ。


 一方、そんな会話など耳にも入れずに英語のワークを解き進めていた太李が「あー」と難しそうに顔を歪めた。


「また間違えた……」

「さっきからその台詞しか聞いてない気がしますけど」

 巳令の言葉に太李はむっと顔をしかめた。

「んなこといっても苦手なんだよ」

「あ、あの、灰尾くん。よかったら、ワーク見せてもらってもいいかな?」

 ひょこっと自分を覗き込む梨花に「え? ああ、いいですけど」と彼は自分のワークを差し出した。

 そのワークをぺらぺらとめくってから梨花はぱたんとそれを閉じると「灰尾くんは、その、文法の基礎さえ分かればもっとできると思う」とワークを差し出した。それを受け取りながら太李は首を傾げた。

「基礎?」

「う、うん。スペルとかはきちんとできてるから、主語と動詞の順番をちゃんと頭に置きながら基礎を見直せば間違えないと思うんだ」

「はぁ……」

「いわゆるSVOって奴ですね」

 巳令の言葉に梨花が頷く。

「そ、そう! そこが曖昧になってるから間違えてるんじゃないかなぁなんて」

「そういえば」

 そうかもしれない、と太李は妙に納得した。

「ルールが分かればきっと簡単にできるようになるよ。ほ、ほら、陶芸にもきちんと基礎があるでしょ? それを守らないといい作品ができないのと一緒」

「なるほど」

「いきなり、難しいことするんじゃなくて一個一個理解していくとできるようになると思う」

 それからはっとしたように梨花は口元に手をやった。

「あ、あ、ごめんなさい! 偉そうに!」

「い、いやいや! 先輩なんにも悪くないですよ! なんかむしろ、うん、ちょっとどういう風に勉強すればいいかって分かった気がしますって」

 そう? 不安げに首を傾げる梨花に太李は思いっきり頷いた。

 はーっと梨花が安心して息を吐いた瞬間、鈴丸の声が響く。

「だああ分かった! じゃあこうしよう、南波、お前が数学平均点以下だったらお前とよもぎの連携技の掛け声を巳令に考えて貰って強制的に言わせる!」

 びくっと南波とよもぎの肩が同時に跳ね上がる。

「なんで私考案の掛け声が罰ゲーム扱いなんですかおかしくないですか」

 そんな不満げな巳令の声を無視してばっとよもぎが南波に振り返る。

「何がなんでも平均はとってください! 恨みますよ! 平均以下だったら春風は益海先輩を恨みます!」

「ねぇ、よもぎさんそんなに嫌ですか? かっこいいじゃないですか」

 しかし、やっぱり巳令の声は届いている様子もなく、南波が震える声で、

「が、頑張らせていただきます……」

「益海くんがそこまで言いますか!」

 だんっと巳令が机を思いっきり叩いた。

 びくっと肩を跳ね上がらせてから梨花は「も、もしかして」と泣きそうな声で言う。

「あ、あたしも平均以下だったらマリアさんとの連携技で叫ばないといけないですか……?」

「……大丈夫だ、梨花。そんなことにならねーようにあたしがお前の勉強見てやる」

「だからなんで罰ゲーム扱いなんですかおかしいですよ」

 むむっと眉を寄せた巳令は隣でワークにシャーペンを走らせていた太李を覗き込んだ。

「灰尾はかっこいいと思ってくれてますよね! オーラ・ベアートとか!」

「…………」

「ヴァーミリオンファントム」

 巳令から飛び出た言葉に太李は情報源と思わしき人物に視線を向けた。

「よもぎちゃん!」

 てへぺろとよもぎが舌を出した。

「なんですかみんなして、そんなに私はカッコ悪いですか」

 ぶつぶつと文句を垂れる巳令に「そういう問題じゃ多分ないと思うわよ」と言いかけてからベルはその言葉を飲みこんだ。その後にかっこいいかと問われたら迷わず頷ける自信がなかったからだ。

 きゃーきゃーとはしゃぐ高校生たちを見ながらベルは少しぬるくなった紅茶を口に流し込んで、ふわりと息をついた。仲間内の馬鹿騒ぎ、自分も若い頃には覚えがある。

 もうそれもできなくなってしまったけれど、と目を閉じてから彼女はすぐに瞼を持ち上げることになった。


 太いサイレンがやかましく鳴り響く。


 近くにあるソーサーにカップを置いてからベルは重たい腰を椅子から上げ、ぱんぱんと手を打った。

「はい、勉強も大事だけどこっちも大事なお役目よ」

「必殺技叫ばなきゃならなくなる……」

「大丈夫よ即効で片付けてまた再開すればいいわ」

 はいはいと南波の背を押しながらベルは「鈴丸、ポイント確認。それとマリアは臨戦態勢」と素早く指示を出した。




「起きろ、デブ」

「ふぎゅにゅ」

 スリープモードに切り替わっていたスペーメを揺さぶって起こすと柚樹葉はモニタールームの椅子に腰かけた。

 ぱちくりと大きな瞳を瞬きさせてからスペーメはぴくっと耳を動かして「ディスペアなのです!」その額を柚樹葉が指で弾いた。

「遅い」

「あう!」

「ま、でも今回はα型だし問題なさそうだな」

 画面を見上げながら鈴丸はどこか安心したように言い放った。

 それに「そうねぇ」とベルも返す。

 油断は大敵だが連携技を使う相手でもない。ディスペアの攻撃をかわした南波がそのまま蹴り込んで、怯んだ隙に太李がレイピアを突き刺す。着実にダメージも溜まっているだろう。

 画面を見つめていたベルの鼓膜を扉の開く音が揺らした。ちらりと扉の方を確認してから不愉快のあまりに彼女は眉を寄せた。

「どうだ、戦況は」

 そう問いかけてくるのはこのプロジェクトの主任、確か名前は九鬼(くき)とでも言っただろうかと思いながらベルは頭を下げた。

「おかげさまで、問題なく勝てそうですわ」

「それはよかったよ」

 どこかいやらしい笑みを浮かべながら九鬼はちらりと鈴丸を見た。その目にこもっていた確かな憎悪に彼はうんざりした。

 そんな視線を向けられるのくらい、こっちは慣れてるんだよ。そう思いながら彼は精一杯の笑みを貼り付けた。下手なことをして報酬を減額されたくなかったからである。

「ベルガモット、話がある。いいかな」

「ええ……柚樹葉さん、鈴丸、あとはよろしく」

 小さく微笑みながら九鬼の後を追って扉から出て行くベルに柚樹葉は振り返りもせず手を振った。

 彼らが完全にこの場からいなくなったことを確認してから「君は九鬼さんに嫌われてるんだね」と柚樹葉がぼそりと告げた。それに鈴丸がわざとらしく視線を逸らす。

「別に。いつものことだ。曲がりになりにも一回はシスターだったマリアや元々軍人だったベルと違って俺は育ちが悪いから。特にああいうお偉いとこの人は俺みたいなの嫌いだよね」

「おまけにぼったくりかと疑われる金額を吹っ掛けるんだろ」

「むしろ大安売りだと思うがね」

 近くの椅子に腰を下ろし、どこから取り出したのかパック飲料にストローを刺しこむ彼に「ここ、飲食禁止だけど」

 柚樹葉の不満げな声に鈴丸は小さく笑みを浮かべた。

「次から気を付けるさ」

 気を付けない奴の台詞だと、スペーメが思ったのはちょうど巳令の刀がディスペアを切り裂いた瞬間だった。


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