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第十一話「頑張り屋さんが頑張りすぎるのでコロッケを与えてみたようです」

 財団本部内の休憩室で目の前にケースが差し出されたマリアは目を輝かせた。

 休憩室、といっても丸机と椅子、それにソファと申し訳程度にテレビと観葉植物が置かれただけの空間だった。ごくごく限られた人間だけが使う場所だ。

 そんな空間でふわぁ、と口元に手を当てながら「待たせたね」と柚樹葉が小さく笑う。

「いや、こんな早いと思ってなかった」

「そう? ならよかったけど」

「なんだよ、それ」

 ひょこっと顔を覗かせる鈴丸に柚樹葉が告げる。

「お願いされてた武器、かな」

「はぁ?」

 不思議そうに首を傾げる彼とは対照的にうきうきとした様子でマリアがケースのロックを外して、それを開く。

 ケースの中に収まっていた大型の兵器を見て、鈴丸は顔を引きつらせた。

「おい、これロケランじゃねーか」

「に、非常に類似させて作った別物だよ」

 目を輝かせたままのマリアを一瞥してから柚樹葉は近くにあった椅子を引きずり出して、腰を下ろした。

 マリアは瞳の輝きを保ったまま舐めまわすように兵器を見て、鈴丸は彼女にさらに顔を険しくさせる。そんな二人にはお構いなしに彼女は言葉を発した。

「対ディスペア用ロケット弾発射機。ロケットランチャーというより、グレネードランチャーの方がより近いかもしれないね。普通の兵器と違って、反動も小さくしたし、威力もなかなか。軽量もしたから君でも扱うのは安易だと思うよ」

「さんきゅーな」

 へへっと笑うマリアに「ただし」と柚樹葉は腕を組んだ。

「それ、今のところ無誘導弾しかないから。君の腕が試されるよ。装填にも時間がかかる、あくまで一発。まさに必殺技だ」

「充分だ」

 ケースの蓋を閉じながら「さんきゅーな」とマリアは柚樹葉に向き直った。そんな彼女に柚樹葉は首を軽く左右に振った。

「いや、気にしないで。どの道近いうち、君らの戦闘補助の何かを作ろうと思ってたところだったし。ただ、実戦がまだまだ足りないからね。あくまで試作だと考えて」

「りょーかいりょーかい」

 ぽんぽんとケースを叩くマリアに鈴丸が呆れたように問いかける。

「お前、そんなの柚樹葉に頼んでたのかよ」

「まぁな。相手が相手だし、強力な一撃がぶちこめるのが欲しいかったんだ。かっこいいだろ、必殺技どーんってやるの」

 上機嫌なマリアに柚樹葉が軽く肩をすくめた。

「その話をぜひ巳令にしてやるといいよ。彼女、喜んで君の技名考えてくれるから」

「……勘弁してくれ」

 顔を引きつらせるマリアに「やっぱり嫌か」と柚樹葉が苦笑する。

 それから「ベルガモットは?」紅茶、とうんざりした風に鈴丸が言う。

「彼女も好きだねぇ」

「ま、名前にするくらいだしな。つーかお前こそお仲間はどうしたよ」

「そろそろ来る頃だろうとは思うけど」

 と彼女が腕時計を確認しようとしたとき「遅くなりましたー!」と見慣れた高校生たちが一斉に飛び込んできた。

「おーきたきた」

「遅かったじゃない」

「いやーホームルームが長くって。というかサボりの九条さんにそんなこと言われたくないんだけど」

 自分に冷ややかな視線を向けてくる太李に柚樹葉は「もっともだ」と苦笑した。

 机の上に置いたカバンを巳令が開くと勢いよくスペーメが飛び出した。小さな体を震わせながら声を張り上げた。

「うぎぎぎ、鉢かづきのカバン超きたねぇのです! 何をそんなに入れてやがるですか!」

「え? 別に大したものは……和英辞典とか、イタリア語辞典とか」

「徹底してますね」

 苦笑するよもぎに巳令は不思議そうに首を傾げるだけだった。

「だってほら、まだ人魚といばらの連携技に名前つけてませんから!」

「まだ諦めてなかったのかお前」

「当たり前です!」

 ふんすと鼻息荒くする巳令に南波は諦めに近しい感情を抱いてしまった。頭を抱え、溜め息を吐く。そんなことしかできなかった。

「絶対言わないからな」

「なんでですか! 灰尾は言ってくれたのに!」

「そりゃあ先輩は素質がありますから。中二病の」

「ない! そんなものとうに捨てた!」

 よもぎの言葉に慌てて反駁する太李を見ながら「相変わらず仲がいいことで」とマリアがけらけら笑った。

 ふと気になって、鈴丸は今まで一度も言葉を発していなかった梨花を探した。彼女は後輩たちのすぐ横で小さく肩を落としている最中だ。黙って歩み寄ってから彼は梨花の頬をぺちんと軽く叩いた。

「はう!」

「どうした梨花。可愛い顔が台無しだぞ」

「か、可愛くありません!」

 からかわれてる。そう思った梨花はぷくっと頬を膨らませた。

 対して鈴丸の方は口説こうという意思があるわけではなく、単に本当のことを言っているだけなのだがそれをいつになったら理解するのだろうと困り果てていた。自分がどういったところで彼女は聞き入れてはくれないだろう。

「あ、あたし、鈴丸さんのそういうところ苦手です……」

「ふーん? 俺嫌われてんの?」

「き、嫌いだなんて! 別にそういうわけじゃなくて、あの、あたしみたいなののことすぐ可愛いとかいうのはどうかと」

「可愛いもんに可愛いって言って何が悪いんだよ。お前だって熊のぬるいぐるみとかよーわからんアイドルに可愛いっていうだろ」

 ぱっと自分の頬から手を離す鈴丸に梨花は深々と溜め息を吐いた。

「あたし、アイドルじゃないし……」

「そうだな、お前はアイドルより可愛いや」

「鈴丸さん!」

 顔を真っ赤にしながらぷるぷる体を震わせる梨花に「ったく、はいはい。分かった、分かったから。今度から気を付ける」と手をひらひらと振った。適当な返答に梨花は不満げだったものの特にそれに関しては口を開かなかった。

 自動ドアが開き、小型のワゴンを押しながらベルが入ってくる。

「お待たせー。あ、よかった、ちょうど来てたのね。って、あら、梨花さんどうしたの? そんなにプンプンして」

「す、鈴丸さんが意地悪します……」

 梨花の言葉に素早く鈴丸に視線を向けるとベルが冷たく言い放った。

「……鈴丸、あんまり梨花さんいじめるようなら報酬減らすわよ」

「だからなんでそうなるんだよ! つか、報酬盾にするなんて卑怯だぞ、ベルガモット! 人でなし!」

「そこまでの金の亡者のあなたの方がよっぽど人でなしよ」

 呆れたように息を吐いてから手早くティーセットを取り出しながら「お茶、淹れるから。始めましょう」と彼女は微笑んだ。

 言い争っていた太李たちもそれぞれ席につき、鈴丸は机の上に放り出していた資料を拾い上げ、マリアもソファの上に寝転んだ。

 人数分の紅茶を手際よく並べ、ベルは最後に机の真ん中にぽんと大皿を置く。大皿の上にはシュークリームが山積みにされていた。目を輝かせる梨花にベルはくすくす笑った。

「美味しそうだからつい、いっぱい買っちゃった。好きなだけ食べてね」

「毎度毎度、ベル姉様もよく買いますねー……」

 脇に置かれた四枚の小皿の上にシュークリームを一つずつ乗せて、うち三枚は梨花と巳令、そして柚樹葉に渡しながらよもぎが呆れたように告げた。男の人は甘いもの食べるのだろうかという不安からか男子に渡そうという気は不思議とよもぎの中で湧き起こらなかった。現に南波は特にシュークリームの山に構っている様子はない。

 すげーとシュークリームの山をただ茫然と見つめる太李を一瞥してからベルは「せっかく美味しい紅茶頂くんだから美味しいお茶菓子を揃えるのは当然のことよ?」と至極当たり前のように告げた。

「そういうものですか」

「そういうものです」

 巳令の言葉にベルが頷いた。それから彼女は後ろに振り返ってソファで寝転がったままのマリアに楽しそうに尋ねる。

「紅茶とシュークリーム。置いておくから、いい?」

「ん」

 返事だけをして、腕を組んだマリアはそのままそこに顔を埋めた。

 太李が自分の取り皿にシュークリームを乗せたところでようやく鈴丸が口を開いた。

「よし、じゃあ、訓練前にこの間のディスペアの話すっぞ」

「俺と春風が同時攻撃で倒した奴のことか」

 南波の言葉に鈴丸は「そう」とだけ肯定した。それと同時にクリームのついた口元を拭いながら柚樹葉が告げる。

「あれはね、今までのものとは多少違うんだ。その前のディスペアもそう」

「前の、は」

「私とシンデレラの同時攻撃」

 巳令が確認するかのように呟く。

「その通り。あの二体は『β型』といってね、より強力でありながら人に見せる悪夢の内容もタチが悪い。分かってもらえたと思うけど普通の必殺技では通用しない」

 カップを傾け、一息ついてからまた柚樹葉が続ける。

「今まで君らが戦ってきたのは『α型』と呼ばれるもの。いわば旧型のディスペアだよ」

「連中にも新旧があるのか」

「そりゃあるよ。彼らは所詮機械だからね」

 南波の言葉に涼しく答えてから「β型には生半可な火力の技では通用しない。本来なら恐らく出現するのはもっと後だろうと思っていたから対応が遅れてしまった」でも、と柚樹葉は笑う。

「君らの連携技は私の予想を遥かに上回って抜群の攻撃力を持っていた。これなら充分β型に対応できるだろう」

「えっと、要するに」

 かじりかけのシュークリームを持ったまま、太李が首を傾げる。

「そのβ型っていうのが出たら同時攻撃すればいい、んだよな?」

「そうだね。それが正解だ」

 うんうんと頷きながら柚樹葉は紅茶をすすった。

「相手方も着々と強くなってきている、というわけですか」

「ただし、それはお前らも同じだ」

 薄く笑う鈴丸に「はい」と巳令が頷いた。

 シュークリームを飲みこんだ梨花がカップの水面に映る自分を睨み付けたのはそれとほぼ同時だった。




 ミーティングが終わってから、マリアはシミュレーションルームにいた。

 肩には先ほど、柚樹葉が渡された兵器がある。軽量化されているとはいえど、女一人が担ぐのには少々重たいなとマリアは思った。

 そんなものを担ぎながら彼女は目の前の的を睨み付けた。まだまだ分からない武器を持つ。彼女は自分がはじめて拳銃を握った日を少しだけ思い出した。

 小さく笑ってから照準を合わせて、トリガーを引く。瞬間、体のバランスを崩した彼女は後ろへ倒れ込んだ。

「うお!」

 そんな声と共に発射されたロケット弾は当然のように思い描いていた軌道からは外れ、的とはかけ離れた場所に撃ち込まれてしまった。

「いってぇ……」

「マリア、手ごたえは?」

「とりあえずこいつがどんなもんかっつーのは分かった」

 スピーカー越しの鈴丸の声にマリアは笑った。

 肩にかかっていたそれを下ろしながらもう一度倒れ込んだ彼女は銀色の髪をわしゃわしゃと掻き毟った。

「久々に死ぬかと思ったぜ」

「さすがのお前でもそのサイズの武器になると厳しいか」

「いや、もう大丈夫だと思う」

 大きく息を吐き出しながら飛び起きたマリアはもう一度、ロケット弾を装填し始めた。

 それを終えると肩に再び担ぎ直し、照準を合わせる。少し間を置いてから二発目が発射された。

 今度はバランスを崩すことなく、なんとか少し後ずさった程度で済ませたマリアの放った二発目は的の真横をすり抜けて行った。マリアが舌打ちする。

「外れたか」

「……大したもんだ、お前」

 感心したように鈴丸がいえば、けっとマリアがカメラから顔を逸らす。

「あたんなきゃ、外したも同然だろ」

「もっと素直に喜べよ。二発目でここまで精度をあげるなんて普通じゃないぞ」

「あたしじゃない。向こうの仕事がいいだけだろ」

 ぐぐっと背伸びしながらマリアは自分の手で握り拳を作っては解くのを繰り返した。それを見て鈴丸は咄嗟に尋ねた。

「三発目は少し時間を置くか?」

「ん、そうする」

 無理は禁物だ。多少長い期間を扱っているマリアはその程度を理解しているつもりだ。

「あいよ」

 とだけ答え、椅子から立ち上がった鈴丸はあの五人組がどうしているか、と心のどこかで考えていた。

 特に今日は梨花だ。この間からどうも様子がおかしいのが鈴丸の中で引っかかっていた。

「マリア、俺、クインテットの方見てくるから」

「分かった」

 ごろんとその場に転がるマリアを見てから鈴丸はさっさとモニター室を後にした。




 五人はいつも通り、軽い基礎訓練をこなしているはずだ。

 そう思った鈴丸は訓練場に出向いてから思わず顔を引きつらせた。

 壁に背を凭れさせながら頭からタオルをかぶった梨花が息に合わせて肩を大きく上下させていた。荒い呼吸を繰り返す梨花の背をよもぎが心配そうにさすっている。

 他の三人はひとまずは各々の運動に戻っているようだが時折、梨花を心配そうに見ては動きを止めている。

 息を一つ吐き出してから鈴丸は彼女の元に歩み寄るとしゃがみ込んだ。

「どうした?」

 梨花はびくりと肩を跳ね上がらせただけだった。

「あ、鈴さん……」

「よもぎ、さんきゅーな。お前はとりあえず戻れ」

 彼の言葉によもぎは困ったように視線をさまよわせてからこくんと頷いて、三人の元へと走って行った。

 梨花の隣に腰かけながら鈴丸はその顔を覗き込んだ。

「メニュー、きつかった?」

 ふるふると梨花が首を左右に振った。

 そうか、と困惑した風に返してから彼はよもぎが先ほどまでしてやっていたように彼女の背をさすった。

 しばらくして、ようやく梨花の呼吸が整ってきた。そうして弱々しい声が彼女から発せられる。

「あ、あたし、その……」

「当てようか。メニュー外のこともやったんだろ?」

 びくっと梨花がまた肩を跳ね上がらせた。やっぱり、と鈴丸は苦笑した。

 五人には常に個人用のメニューと全体用のメニュー、それぞれを渡している。それは各々の体力を配慮した上でのプランである。ただですら常に時間がない。それなりに厳しいものだ。

「そりゃ苦しくなるに決まってるだろ。ただでさえちょっときつめに作ってるんだから」

「ご、ごめんなさい……」

 しゅんと項垂れる梨花に「頑張ろうとするのはいいけど」と彼はペットボトルを差し出した。

 それを小さい手で受け取りながら梨花は目を伏せた。

「ごめんなさい……」

「おう」

「あたし……何もできないから、それで」

 鈴丸が長い溜め息を吐く。それに梨花は呆れられただろうかと怖くなった。

 それでも、精一杯の思いで口を開いた。

「あたし、お姉さんだから、部長さんだから、頑張らないといけないから」

 言い訳だ。梨花にはそう聞こえてならなかった。

 どうしようもないほど悲しくなっていると鈴丸が「よし」と一つ頷いた。

「梨花、お前、今日は帰れ。明日も来なくていい」

 びくっと梨花がまた肩を跳ねさせた。それから顔を腕に埋めた。

 自分が親指姫をやめなければならないのではないか。そうとすら彼女には思えた。

「……あ、あたし、どうなっちゃうんですか?」

「どうなるって?」

 不思議そうな彼に梨花は問う。

「親指も、やめなきゃいけないんですか?」

「なんでだよ。そうじゃなくて、休みだ」

「だったら」

 ここに来させてくれ、今日のようなことはしないから。梨花の次の言葉が鈴丸には安易に予想できた。

 だからこそ、彼は先手を打った。

「じゃあこうしよう、梨花、明日の放課後、俺に付き合ってくれ」

「へ?」

 驚いたように自分を見る彼女に鈴丸は笑顔を浮かべた。

「買い物行きたいから、付き合ってくれたらクレープくらい奢る」

「なに、いって」

「鈍いな、デートに誘ってんだよ」

 みるみるうちに梨花の顔が赤く染まった。それからぶんぶんと首を左右に振った。

「な、なんであたしなんですか!」

「なんでってそりゃお前とデートがしたいからだろ?」

 何がおかしいとばかりに首を傾げる彼に梨花はますます混乱した。何を言ってるんだこの人は。

 一人混乱する梨花を見ながら鈴丸はおかしそうに笑ってから彼女から視線を逸らした。

「それとも何か? こんな教官とじゃご不満か?」

「そ、そういうわけじゃ」

「んじゃ、決まりな」

 にっと笑う彼にあわわと梨花が視線を泳がせた。そんな彼女に耐え切れず鈴丸は笑い出した。

「はは、わりぃわりぃ! デートってのは冗談だ。飯の買い出しに行きたいから荷物持つの手伝ってくれ。マリアも一緒」

「な」

 またからかわれた。そうと分かるや梨花は頬を思いっきり膨らませた。

「も、もう!」

「そんな怒るなよ。とにかく付き合え、いいな?」

「決定してる……」

 困惑した様子の梨花の額を「当たり前だろ」と鈴丸が弾く。

「これ、教官命令。逆らったらほんとに俺と訓練場で二人っきりデートだからな」

「ううう」

 額を押さえながら小さく唸る梨花に鈴丸は笑うだけだった。




 翌日、格安を売りにしたチェーン店のスーパーマーケットの前にあるベンチに座っていたマリアが目を細めた。

「お」

 信号待ちをしている人物が誰か。理解した彼女は大きく手を振った。

「梨花ー! こっちー!」

 通学カバンの手持ち部分をぎゅっと握りしめながら梨花は小走りでマリアと鈴丸、二人の元へ駆け寄った。

 彼女は二人の顔を見上げるやすぐにぺこりとその頭を下げた。

「ご、ごめんなさい。遅くなっちゃって」

「あ? べっつにー。おそかねーだろ、お前学校だったんだし」

 にかっと笑うマリアによかったと梨花はほっと息をついた。それから、改めてマリアを見て、彼女はわっと声をあげた。驚きと歓声の混ざった声だった。

「なんだよ?」

「いえ、なんだか意外だなって」

「え?」

「お洋服……」

 その言葉にはっとしたマリアは自分の服を摘まみながら「あーこれな」と苦笑した。

 彼女が着ていたのは普段着用しているどこか男臭い洋服ではなく、裾の辺りに控えめにフリルのついた水色のブラウスとショートパンツだった。

 うんざりした風にマリアが問う。

「似合わねーだろ」

「い、いえ! 凄く可愛くて、そ、そういうのお好きなんだなぁって」

 梨花の言葉にマリアがかぶり振った。

「ち、ちげーよ! あたしの趣味じゃねーし! こ、これはダチが送ってくるから仕方なく着てやってるだけで」

「え、ええ……ご、ごめんなさい」

 小さく項垂れる梨花に「え! いや、別に謝んなくても」とおろおろするマリアの頭を小突きながら「行くぞ」と鈴丸が一足早く入口の方へと歩いて行った。

 そのあとを慌てて追い掛ける梨花を見ながら「いってぇなあんにゃろー……つーかなんであたしまであいつの荷物持ちに付き合わね―となんないんだよ意味わかんねー」とぶつぶつ言いながら後に続いた。

 もっとも、そう言っていたのは店内に入るまでだった。彼女は店内に入るや陳列された野菜を見て目を輝かせた。昨日、柚樹葉に武器を受け取ったとき以上に嬉しそうだと鈴丸は思った。

「す、すげー! 鈴! 野菜だぞ、こんなにある!」

「そりゃ野菜売り場だからな」

「袋! めっちゃ袋に入ってる! さすが日本!」

 一人楽しそうなマリアに梨花は「ず、ずっと日本にいたわけじゃないんですね」と問いかけた。棚に並んだもやしを見つめ、「もやしだけでもこんなに……」と感心したような声をあげていたマリアが返事する。

「おう。日本は結構久々」

「でもマリアさん日本語上手ですよね……」

「あー、あたし、色々あって傭兵やる前は二年くらい日本に居たんだ、神都いってた」

 え、と梨花が驚いたように彼女を見る。へへっとマリアがなぜか誇らしげに笑った。そんな彼女に笑い返してから梨花はちらりと鈴丸を見た。

「えっと、鈴丸さんは」

「見ての通り、俺は日本人だ。っても、やっぱ日本来たのは相当久々だけどな」

「そう、なんですか」

 会話を広げられない。もどかしさを感じながら梨花は気まずそうに視線を逸らした。

 それを知ってか知らずか「なーなー」とマリアが笑う。

「パプリカ! パプリカ買ってもいいだろ!」

「なんでだよ」

「食う!」

 びしっと宣言するマリアに鈴丸は溜め息を吐いた。

 しかしマリアは彼の答えも聞かず、すでにパプリカの棚に向き合いながら袋を手に取ってうきうきとどれにするかと選び始めていた。勝手な奴だ、と鈴丸は悩ましそうに彼女を見た。

 それからはっとしたようにズボンのポケットに手を入れて彼はそこから財布を引きだした。

「す、鈴丸さん? どうしたんですか?」

「……俺、日本円持ってきたっけ」

 そう言う彼は手元の財布を開いて中身を確認する。

「ユーロ、ルピー、キナ……あ、これスイス・フラン……」

 細身の財布の中にぎっしりと詰め込まれた通貨を見て梨花はなんといったいいのか分からなくなった。

 マリアが黄色いパプリカを大層大事そうに抱えて持ってきた頃、彼は「あ、諭吉いた」となぜか忌々しげに告げた。

「つーか諭吉しかいねぇ……崩したくない諭吉とバイバイしたくないけどこれしかない……いやどうせ経費で落ちるにしても……」

 悩ましそうな鈴丸に構わずマリアは抱えてきたパプリカをぽいっとカゴの中に放り込んだ。




「え、鈴丸さん、いらっしゃらないんですか?」

「ええ。そうなの。今日は私が代わりに面倒見るようにって」

 目の前で紅茶をカップに注ぐベルを見ながら巳令はそうですか、と小さく返事した。

 差し出されたカップを傾けながら南波が問いかけた。

「もしかして東天紅先輩か?」

「あら、南波くんは勘がいいのね」

 くすっと笑うベルに「別に」と南波が視線を逸らした。

「珍しいのよ、彼がここまでするの」

「そうなんですか?」

「そうよ」

 太李にそう答えてから「普段ならお金さえ貰えてればそれでいいのに」

 それから並べられていたパウンドケーキに手を伸ばしながら彼女は苦笑した。

「梨花さんのことは特に放っておけないのかも。自分に似てるから」

「……似てますかね?」

 よもぎが眉を寄せながら問えばそっくりよ、とベルは大きく頷いた。

 四人にはとても二人が似ている。そんな風には思えなかった。強気な鈴丸と弱気な梨花はとてもじゃないが結びつかないのだ。

 考え込む四人を見ながらベルは小さく呟いた。

「頑張り屋さんだから、二人とも」

 その言葉に、その場にいた全員が妙に納得した。




 公園のベンチに身を預けながらマリアは手足を思いっきり伸ばした。

 足元にはビニール袋が置かれている。

「はーおもてーおもてー。梨花、平気か?」

「あ、あたしは大丈夫です」

 ビニール袋二つをぎゅっと握りしめながら梨花が微笑んだ。

「そか。ほんと梨花がいてくれるから助かるぜ、鈴にこき使われずに済んで」

「そ、そんな、あたしは」

 マリアの笑顔に梨花はおろおろと視線を泳がせる。

 大したことはできていないのに。これくらいが精一杯だ。マリアの隣に腰かけながら梨花は小さく息を吐いた。

 すると梨花の目の前に白い袋が差し出される。顔を上げると鈴丸が彼女の前にそれを差し出していた。

「ふぇ?」

「奢り。付き合ってくれたお礼」

「あ、あたし、別にそんなつもりじゃ」

 袋の前でぶんぶんと手を振る梨花に鈴丸は「いいから」と無理やりその手に袋を握らせる。

「マリア、こっちお前の」

「うお!」

 放り投げられた袋をマリアは慌ててキャッチした。

 一方で梨花は暖かい袋をしばし、眺めてから中を見た。こんがりと揚がった楕円形のものを見て、梨花はその名前を呟いた。

「コロッケ?」

「さっきそこの肉屋で買ってきた。嫌いか?」

「い、いえ」

 首を軽く左右に振ってから梨花はそれに噛り付いた。

 まだ揚げたばかりであろうそれはかじったところから白い湯気を立ち上らせている。はふはふと口の中で冷ましてから彼女はそれを噛み締めた。

 野菜の甘さと肉の甘さがかりっと揚がった衣の下に詰まっている。いたって普通のコロッケだった。特別まずいわけでもなく、かといってこれといって美味しいわけでもない。

 思わずコメントに困っていると「普通だろ」と鈴丸が悪戯っぽく笑った。苦笑しながら梨花が頷いた。

「普通、です……」

「うまくもなけりゃまずくもねぇ。でもなんか、ちょっと落ち着く味だろ、それ」

「は、はい」

 また梨花が首を縦に振ると「それでいいんだよ」と鈴丸が続けた。

「世の中さ、普通なくらいがむしろちょうどいい。いつもいつも、気張ってばっかじゃあ面白くないだろ?」

「…………」

「お前の普通でいればそれでいい。焦らなくていいから。お前、普段から頑張ってるし」

 また一口コロッケをかじりながら「でも」と梨花が目を伏せた。

「あたし、お姉さんだし、部長なのにみんなの役に立てなくて。ずっと弱いままで」

「うん」

「迷惑かけっぱなしなのは嫌だし、みんなが頼れるような部長さんに、なりたいし、親指姫としても、み、みんなの役に立ちたいし」

 でも、と梨花は肩を落とした。

「あ、あたし、駄目な子だから人より頑張らないと、だか」

「お前さ、もっと自信持てよ」

 黙ってコロッケを咀嚼していたマリアが首を傾げた。

「あたしの目にゃおめーは駄目な奴には見えないぜ? 頑張り屋で、優しくて、いい奴じゃねーか」

「……無理ですよ」

 今にも消えてしまいそうなほど小さな声で梨花が言う。

「あたしなんて」

「あーもう!」

 頭を掻いてから鈴丸はがっと梨花の肩を掴んだ。

 びくっと肩を跳ね上がらせ、目を丸くする梨花に彼は言い放つ。

「お前は可愛い!」

 あまりに唐突な彼の台詞にマリアはコロッケを落とすかと思った。

 硬直する梨花に構わず、鈴丸は続けた。

「顔も中身も間違いなく可愛い! 俺はお前がクインテットの中で一番可愛いと思ってる!」

「す、鈴丸さん……?」

「努力家で、頑張りすぎで、真面目で。気が弱いけど、本当は凄く強い奴だ」

「そんなこと」

「ただの気弱娘ならクインテットとしてやってけるかってんだ」

 しばし、彼と目を合わせたままでいてからやがて梨花は顔を俯かせるとまたコロッケをかじった。

 ただコロッケを食べきることだけを考えて口と手を動かしてから、最後の一口を飲みこんで彼女はまた顔を上げた。

「あ、りがとう、ございます……」

 彼女の口からこぼれたのは否定ではなく礼の言葉だった。

 ぎこちない言葉と笑顔に鈴丸は笑い返しながらその頭を撫でた。

「よし、及第点」

「ふふ」

 薄く微笑む梨花を見ながらマリアもコロッケを食べきって指についた油を舐めとった。ベンチから立ち上がり、ぐぐっと伸びをしてから彼女は笑った。

「うーっし、んじゃさっさと帰ろうぜ。なーんか中途半端に食ったらかえって腹減っちまった」

「は、はい!」

 こくこくと頷いてマリアのあとに次いで梨花も立ち上がった。

 それに満足げに笑ってからマリアは携帯の画面を睨み付けたままの鈴丸に首を傾げた。

「どした、鈴」

「……いや」

 溜め息を吐きながら彼は続ける。

「帰るのは、少し遅くなりそうだと思って」

 その言葉がどういう意味なのか、梨花とマリアは咄嗟に理解した。




 空は灰色の染まり、最寄りの駅と繁華街を繋ぐ橋の上を歩いていた人々が皆、足を止め、その場にしゃがみ込んでいる。

 沈黙の中、巳令の声が響き渡る。

「悪夢には幸せな目覚めを」

 そのあとに続いて、四人分の声が一斉に響いた。


「フェエーリコ・カルテット!」


 岩のように硬く張った筋肉を震わせながらディスペアが四人に振り返った。

 赤い肌はまさに鬼と呼ぶのが相応しいと巳令は思った。刀の柄に手を掛けながら「二人ほどいないのは痛いですがさっさと片付けましょう」と地面を蹴り上げた。

 一気にディスペアとの距離を詰めた巳令が鞘から刀を引き抜いた。

 当たった。そう思った彼女の刃は鬼の太い手に掴まれていた。

「な」

 声をあげる間もなく、その手は巳令の体を掴み、放り投げた。

 耐え切れず、橋の下へと放られた彼女はそのまま物理法則に従って降下していった。水音が響く。

「鉢かづき!」

 慌てて太李が手すりへと身を乗り出し、下を覗き込む。川の上で大きな鉢と着物が揺らめいていた。

「先輩! 後ろ後ろ!」

 よもぎの言葉にはっとした太李は咄嗟にその場を蹴り、宙返りしながらその場から退避した。

 瞬間、大きな地鳴りと共に金棒が振り下ろされた。地面に着地する太李に少し離れた位置にいたベルが叫ぶ。

「シンデレラ! 鉢かづきを拾いに行って!」

「は、はい!」

 また振り下ろされた金棒をかわしてから、それを足場にして太李は橋の外へ身を投げ出した。

 そんな彼を一瞥してから南波は金棒を振り下ろした体勢のままのディスペアを切り上げてからすぐにその場を離れた。彼が攻撃した場所へすぐさまよもぎが弦を引き、矢を放つ。

 確かに二人の攻撃はディスペアを貫いていた。ディスペアは怯む様子も見せず大きく吠えるだけだった。

「……当たってますよね、ウチの矢」

「ああ」

 二人でディスペアを挟む形になりながらよもぎは眉を寄せた。

「中途半端な攻撃じゃあ、痛くもかゆくもってわけですか」

「……やるぞ、いばら」

「わーってますって」

 再度、よもぎが矢をつがえた。

 同時に三叉槍を回転させた南波がディスペアに踏み込んだ。

「いばら!」

「はい!」

 よもぎが矢を放ち、南波がよもぎの狙いと全く同じ場所に槍を突き刺す。

 ディスペアが巨体をわずかによろめかせた。


 しかし、そのまま倒れることはなく、再びディスペアが吠え、金棒を地面に叩き付けた。大きな地響きに二人は動けなくなる。


 タイミングは完璧だった。単にあのディスペアの体力が高いのだ。まずいなとベルは頭を抱えた。

 そんなことにはお構いなしにディスペアが南波の目の前で金棒を振りかぶる。回避しようにもうまく動けない。槍を握りしめながら南波は唇を噛み締めた。


 ところが振り下ろされた金棒はそのまま南波に直撃せず、鋭い金属音と共に大きな斧で防がれていた。


「だ、大丈夫?」

 くるっと振り返って不安げに首を傾げる彼女に南波はほっと息を吐いた。

「親指……」

「ご、ごめんね、遅くなって」

 ぐっと力を込めなが「りゃああ!」と梨花は大きく斧を振り払った。

 金棒ごと振り払われたディスペアはバランスを崩しながら後退する。そんなディスペアに一歩踏み込んで、梨花が斧を振りかぶる。まっすぐに振りかぶられた斧はディスペアの肌を裂き、紫色の液体を噴き出した。

 間合いを取ろうと慌てて梨花が駆け出す。その後ろ姿を追おうとしたディスペアを今度は鉛弾が直撃する。ゆっくりと振り返ればマリアが拳銃を構えていた。

「でかした、親指」

「は、はい!」

 こくんと頷いた梨花がマリアの横に並ぶ。「マリア!」鈴丸の声と共に銀色のケースが彼女の足元に転がり込んだ。

 それをしゃがみ込んで開きながら「なぁ、お前さ」と彼女は梨花に尋ねた。

「その斧、あいつに向かってぶん投げてくれ」

「え?」

 驚いたように自分を見つめる梨花にマリアはにっと笑う。

「大丈夫、お前ならできる。あたしを信じろ!」

 すでに装填済みの例の兵器を取り出して、安全装置を外すマリアに梨花は言葉を詰まらせた。

 それから、ぎゅっと斧の柄を握りしめ、一度だけ頷いた。

「よっしゃ! やってやれ!」

「はい!」

 斧を頭上に持ち上げてぷるぷる腕を振るわせながら梨花は手を振りかぶった。

「う、にゃああああ!」

 こちらに向かってきていたディスペアめがけ、梨花の斧がまっすぐ投げられる。

 今だ。素早く照準を合わせたマリアがトリガーを引く。ロケット弾が発射され、反動でわずかにマリアの体が後退する。

 ディスペアに梨花の斧が直撃し、同時にマリアのロケット弾が被弾する。

 その場で火柱を上げ、爆発した。あとに残っていたのは黒い焼け焦げと梨花の斧だけだった。

「や、やった……?」

 ぺたんと座り込む梨花に「すげー!」とマリアが目を輝かせた。

「……なんですか、あの火力」

「知るか」

 引き気味に問いかけてくるよもぎに、南波はそう返す以外なかった。

 空が一気に明るくなる。慌てて三人が変身を解き、マリアもてきぱきとケースの中に兵器をしまう。

 腰が抜けた様子の梨花にマリアが手を差し出した。

「ほれ」

「あ、ありがとうございます……」

 その手を取って立ち上がった梨花に「凄いです、先輩!」とよもぎが抱き着いた。

「わぷっ」

「かっこいいっす! めちゃくちゃかっこいい!」

「そ、そう?」

「はい!」

 こくこく頷くよもぎになんだか梨花は少しだけ誇らしげな気分になった。

 嬉しそうなよもぎを見ながら南波はふと橋の外に視線を投げながら呟いた。

「灰尾と鉢峰どうなった」

 あ、と全員の視線が橋の下へ向く。

「あ、あいつら、まさかまだ溺れて……」

「灰尾せんぱーい! みれーせんぱーい!」

 慌ててよもぎが梨花から離れ、橋の下へ続く道へと走って行く。

 そのあとに南波が続き、マリアも駆け出した。自分も続かなくては、と梨花が一歩踏み出すとやって来た鈴丸がぽふんと自分の頭の上に手を置いた。

「頑張ったな」

 その言葉に梨花は無性に嬉しくなった。

 思わず満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。

「はい!」

 それから「うわー! 水浸しじゃないですか二人ともー!」というよもぎの声を聞いて、慌てて彼女も走り出した。


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