遺書
話は九月二十三日に遡る。その日浅野房栄は会議が始まるまで公安調査庁長官室に籠り会議の資料に目を通していた。会議が始まる十分前秘書の遠藤アリスはこの部屋に来た。
「浅野公安調査庁長官。会議の時間です」
固い秘書の言葉を浅野は批判する。
「固すぎる言葉は嫌いなのよね。浅野長官でいいわ。あなたのお兄さんはもっとリラックスしていたわ」
「そのリラックスでお兄様は罪を犯したのではないのですか」
「それは誤解ね。あなたのお兄さんは人を愛しすぎたから罪を犯したのよ」
その時浅野の携帯が鳴った。アリスは時計を見る。
「会議まで後五分です。その電話はプライベートの物でしょう。公安調査庁長官が会議に遅刻したら面子が立ちません。その電話は会議が終了次第掛け直しましょう」
「それもそうね」
浅野は電話をスルーして会議に参加した。
会議が終了したのは三時間後だった。浅野は携帯の電源を入れる。三時間前に高見明日奈が留守番電話サービスに要件を録音されていた。録音されたのは一言だけだ。
『もう疲れた。さようなら』
まるで遺書のような一言。浅野は彼女が自殺するはずがないと思い悪戯ではないかと思った。しかし一分後に懸ってきた電話で悪戯ではないということが判明する。電話の番号は高見明日奈だが相手は男の声だった。