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紫霞む春のこと

作者: 霞シンイ
掲載日:2012/08/18

 それは私が十七かそこらの時のことでした。その頃の私は大層体の弱い娘で、家の南側に面した十二畳の自分の部屋から出たことなど、本当に数えた程しかありませんでした。

 そんな私には当然訪ねてくる友人などは一人もおらず、朝晩食事を運びに来る手伝いの者がもっぱらの話し相手でしたが、それでもその日のお天気の話を一言二言ばかり。仕事が忙しいらしい父がやって来る時は、何時間と話し込みもしましたが、それも月に数度の事です。今思えば、花も盛りという年頃であったのに、なんと寂しい時間を過ごしていたことでしょう。ですが、その頃の私にはそれが当たり前ですから、それが寂しいのだとは露と思ってはいなかったのです。

 さて、話は変わりますが、私の家は昔からこの土地の地主をやっていた旧家です。屋敷自体は古いものでしたが、他所の家と比べるとかなり立派なのでしょう。特に素晴らしかったのは、私の部屋の障子を開ければ見える、それは見事な庭でした。庭師が欠かさず手入れをしてくれるので、そこは四季折々の草花がまさに千紫万紅と咲き乱れる、とても美しい庭でした。中でも藤棚は私が幼い頃に亡くなった母が好きだった事もあり、それはそれは大事にされ、亀戸天神の藤にも勝るとも劣らずの見事な花をつけました。そうです、そうです。あの時も、満開の藤がとても見事で、私は布団の上に体を起こし、ぼうと庭を眺めていたのです。


 その日は久しぶりに体調も良く、私は起き上がって外を眺めていました。きらきらと眩しい庭を見ていると、今朝手伝いの者に障子戸を開けておくように言ったのは正解だったとつくづく思います。今は春。蓮華や苧環(おだまき)、花水木に桜草。そして藤。それから、私もまだ名前の知らない変わった花々が目を楽しませてくれました。私は時間を忘れて、ずうっと庭を眺めていたのです。

 きゃらきゃらと笑う子どもの声に、私の意識はゆっくりと浮上していきました。この家では私が一番年下ですから、誰かが子どもでも連れてきたのかしら。私はそう思って目蓋をあけました。知らない間に寝てしまったのでしょう。西日に当たりすぎて少しくらりとしましたが、涼しい夕暮れ時の風が髪を撫ぜると幾分か気分が良くなりました。外はもうすぐ日が完全に落ちるというところで、空は橙と青紫がゆっくりと溶け合っていきました。

 その後、夕食を運んできた者に「今日はどなたのお子様がいらしていたのかしら?」と尋ねると、

「はあ。今日は誰もお訪ねにはいらしませんでしたけどね。もちろん、わたしらも自分の子なんか連れて仕事をしやしませんよ」

と、不思議そうにしていました。私はとっさに、

「あら。そうでしたの。ごめんなさい。きっと寝ぼけていたのだわ」

と、口にしていました。手伝いの者は「まあ、お嬢様ったら」と笑っておりましたが、私はしっくりこない気持ちでした。あれは私が寝ぼけていただけなのか。それとも何かの音を聞き間違えたのか。しかし、私には確かに子供の声に聞こえたのです。

 それが、私の聞き間違えでも寝ぼけていたのではない、と気づいたのは、部屋の明かりを消して、もう寝ようかという時でした。

 いつもの様に私は枕元の洋燈を消そうと手を伸ばしたとき、部屋の隅に置いてある物入れの引き出しが、僅かに開いてあるのに気がついたのです。そこにたいした物は仕舞ってはいないのですが、どうにも気になったものですから、私はのったりと体を起こしてそこまで手を付いたまま、四つん這いの姿勢で向かいました。

 ここに仕舞ってあるのは主に父から土産でもらった菓子などです。父は外へ出てそしてこの部屋を訪れる度に、私に菓子をよこしてくるのです。もう子どもではないのですから、といくら言っても、にこにこと嬉しそうに差し出してくるものですから、私もつい受け取ってしまいます。しかし、私はこんな体ですから当然食も細く、いつも食べきれずに残してしまうのです。それらを日持ちのするものだけ仕舞いこんでいるのがこの引き出しなのです。

 あれ、と思ったのも、その有り難迷惑な父の土産が減っていたからでした。私はここに仕舞っている菓子の数を事細かく数えて覚えているわけではありませんが、つい先日もらったばかりの、それも見目がとても可愛らしいものだったのを後で、と大事にとっておいた菓子が無くなっていたら、誰でなくとも気がつきます。

 その時、私は昔ばあやから聞いた話を思い出しました。

 この辺りには昔から人ならざるものが住んでいる。彼らは山に川に、そして人の世の闇にひっそりと棲み、稀に彼らと交わることあれば、気まぐれに人に害悪をもたらしたり、逆に幸福を与えたりもする。

 私はきっとあの声は、その人ならざるもの声に違いない。私の部屋にやってきて、菓子を食べて行ったんだ、と本気で思ったのです。

 そして、次の日。その人ならざるものはやってきました。

 私がお気に入りの詩集を開いていた時です。その日も良く晴れていて、ちょうど八つ時くらいでしょうか。庭の躑躅の枝葉を揺らしながら、人ならざるものは姿を現しました。

 初めて見たとき、私は「まあ、なんと可愛らしい」と思いました。ですが、それはきっと私だけでは無かったはずです。利休鼠の着物を纏った子どもがやってきたのですから。当時の私は、その年頃の子どもなどついぞ見たことがなかったものですから考えもしませんでしたが、今思えばたぶん十二かそこらの歳の男の子だったと思います。きりっとした眉に勝気な目。そして、後ろでちらりと見えたのは、綿菓子のようにふわふわとした金色の尾っぽでした。

 彼は私が驚きと好奇心で目を丸くしているのを満足そうに見ると、縁側に走り寄ってきて、ずいと無言で右手を差し出しました。私はなんのことか、と一瞬逡巡しましたが、すぐに菓子のことだと思い当たると引き出しへ向かい、中から包みに入った茶色い菓子を取り出しました。それは一昨日、父が取り寄せ送ってきた珍しい菓子で、「猪口令糖」というそうです。これはなんとも不思議なことに、暖かいと氷の様に溶けてしまうのだとか。ですから、早く食べてしまいなさい、と添えられた手紙に書かれていたものでした。

 私はそれを子どもの手にのせてやりました。始めは臭いを嗅いだり奇妙なものの様に見ていましたが、

「欧羅巴の菓子だそうよ」

と、私が言うとようやく決心がついたのか、ぺろりと小さな舌を出してそれをひと舐めしました。そして、こぼれ落ちそうになるくらい瞳を目一杯開くと、むしゃむしゃと口の周りを汚しながら食べたのです。やはり、父の手紙にあったように、それは子どもの手の中でやがてベタベタと溶け始めましたが、それすらも綺麗に舐めとって、尻尾の子どもはどこぞへと帰って行きました。

 次の日にやってきたのは、昨日訪れた尻尾の子よりも二つか三つ年下の男の子。その子は桧皮色の着物を着て、緑の葉っぱを沢山くっつけたお面を被ってやってきました。今度は山の子でも遊びに来たのかしら、と読みかけの本に栞を挟むと、その子もやっぱり無言で右手を差し出しました。

 私ははいはい、と心得て、引き出しから風月堂の乾蒸餅(ビスケット)をあげました。お面の子はそれを握り、庭の百日紅の木の後ろに隠れ乾蒸餅をバリバリと食べると、もう用は無いとばかりに無言で立ち去っていきました。

 さらにその次の日にやってきたのは、二つに編んだ髪の毛に春の花々を挿してやってきた女の子でした。桜色の着物には転んだのか所々に泥が付いていて、私が手を伸ばしてそれを叩いてやると、嬉しそうにはにかむのです。その子も前の二人と同じように手を差し出してきましたが、やはり女の子だからでしょうか。可愛らしい笑顔に期待の色を浮かべて、まあ、なんともおねだりが上手です。私はその子が挿している野の花のような、色とりどりのドロップスをくれてやりました。

 そうして私の日常は、毎日代わる代わるやって来る妖怪変化の子どもたちに、菓子を配るのが日課になっていきました。屋敷の人間以外が私の部屋を訪ねることなどそれこそ無いに等しいものでしたから、やって来る子どもたちが例え人であろうとなかろうと、当時の私にはどうでも良いことだったのでしょう。彼らと言葉を交わしたことはありません。ただ彼らが手を差し出して菓子を強請りにくるだけでも、私はそれを楽しみにしていたのです。

 そんな中、一際変わった妖怪の子どもがやってきました。雨の日のことです。

 しとしとと降る五月雨の日に子どもたちがやって来ることはなく、私はまた今日も一人で過ごすのか、と気が滅入っていました。

 しっとりと湿った布団で眠る気にはなれず、かと言って本も湿気でなんとなくベタついているような感じがして、私は何となしに庭に目を向けました。

 始めは、野良猫か何かだと思いました。

 雨で煙る庭でひっそりと佇む影は、その不思議な輝きを放つ金の瞳がなければ気付かなかったことでしょう。その子は藤棚のすぐ下、景色に溶け込むようなその花と同じ色の着物を着て、静かにこちらを見ていたのです。

 私はまるで一枚の絵画を見ているような気分になり、瞬きすらも忘れ、なぜ昨日絵描き用の紙をきらしてしまったのかと憤りながら、その光景を目に焼き付けました。

 どれほどの時間そうしていたのか。私は雨の中子どもを外に立たせている事に気付き、慌ててこちらへ来るよう呼びかけました。しかし、その子は一向に動く気配も見せず、三度程呼びかけてようやくこちらへゆっくりと近づいてくるのでした。

 間近で見たその子どもは、それはそれは美しい男の子でした。歳は十くらいだったと思います。鼻筋はすっとして、唇も形よく、理知的な瞳をしていました。濡れた黒髪は正しく烏の濡れ羽色。乾いたらサラサラとして、触ったらさぞ気持ちの良いことでしょう。ただ、瞳の色は私と同じ普通の茶色で、先程金色に見えたのは光の加減だったのかしら、と少し残念な気持ちになりました。

 縁側にやって来た子どもは、他の子どもたちのように右手を差し出したりはしませんでした。好奇心一杯の瞳で私と私の部屋とを交互に見ています。子どもは全身びしょ濡れでしたが、まあいいでしょう、と私はその子の手を引いて、部屋の中へ招き入れました。

 その子がキョロキョロと私の部屋を眺めている間に、私は箪笥の二段目から手ぬぐいを二、三取り出して子どもを手招きし前に座らせると、丁寧に濡れた髪を拭いてやりました。子どもは少し緊張した面持ちで体を固くしていましたが、しばらくすると力が抜けて、懐いた子猫のように体を預けてきました。

 私は弟ができたようで嬉しくなり、くすりと笑いながら髪を拭っていましたが、あれ、と思うことがありました。時々布越しに何か、硬いものがコツンと当たるのです。何かしら、と私は手を止めて髪を掻き分けてみると、ちょうど額の上。前髪の辺りに二つ、先の尖った瘤のような皮膚の盛り上がりがあるのです。

(これは……、角? では、この子は鬼の子なの?)

 私の頭の中に牙を生やした隆々とした大鬼が、バリバリと人を喰らっている姿が描かれていきました。この鬼の子の親がどこかに居て、この家の者を狙っているのではないかと空恐ろしくなったのです。

 すると、私の腕の中で子どもはもぞもぞと動き出し、小さな手でその角を隠しました。見れば顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな表情をしています。恐ろしさなどは一瞬で消え去り、代わりにどうしようもなく愛おしさが込み上げてきて、ぎゅっと子どもを抱きしめると、優しく角を撫ぜてあげました。


 秋になると庭を彩る面々も様変わりしました。今年新しく撒いた秋桜が花を揺らし、その間を忙しなく蜜蜂が蜜を集めて飛び交います。風に乗って運ばれてくる甘い香りは、ついこの間咲き始めた金木犀でしょう。去年は匂いを楽しむばかりでしたが、今年は小さな可愛らしい黄色い花を目にすることができました。この頃には、私の体調も幾分か良くなり、部屋から出て屋敷内を歩いたり、庭を散歩することができるようになったのです。

 そして、秋になっても相変わらず、人ならざるものの子たちはやって来て菓子を強請っていきますが、あの鬼の子は菓子よりも絵や文字の方が気になるようで、よく私の膝を椅子がわりに座っては『明星』の挿絵を興味深げに眺めていました。

 秋も半ばに近づくと残暑も終わり、涼しいお天気が続き過ごしやすくなりました。私はとうとう念願の外出許可をお医者様から頂き、それこそ何年かぶりに外の世界へ飛び出したのです。

 外は一面田畑ばかりで、その中に点々と民家が建っていました。私は改めて自分自身の暮らしている家を外から見ましたが、なるほど確かに他の民家と比べると月とすっぽんです。吹けば飛ぶような乱雑とした小屋に、人が住んでいるとは思いもしませんでした。それに比べて私の家は、どこまで続くのかと思わせる長い白塀に囲まれています。重厚な黒い瓦葺の屋根には入る者を威圧するような顔の装飾があり、私は初めて見たのですが、それは鬼瓦だと付き添いの者が教えてくれました。しかし、家の中ばかり見ていた私には、外から見たこの格式高い大きな屋敷がどこか他人の家のように思えました。

 情けないことに私の体はたった三十分も歩くことができないようで、次第に息が乱れ、足が棒のように動かなくなりました。付き添いのばあやはもうすぐ六十になるというのに。恥ずかしいことです。私は流れてくる汗を拭いながら、意地でも倒れるものかと大きく息を吸いました。

 その時、ひとつ向こうのあぜ道を五、六人の子どもたちが通りました。

 私ははっと目を見開きました。段々と近づいてくるにつれ、その中に私の見知った顔の子どもが混ざっているのに気がついたのです。

 おしゃべりをし、時にはじゃれあいながら近づいてくるのは、確かにこの半年ほど私の部屋に菓子を強請りに来た子どもたちでした。しかし、彼らには獣の尻尾もなく、葉っぱのお面もしていません。彼らは人の言葉を喋る人の子でした。その子らは道の横で体を休めている私に気がつくと、一瞬拙いといった顔をしましたが、すぐに年長の少年がなんでもないように私の前を通り過ぎると、その後ろにいた小さな子たちもそそくさと前を通っていきました。


 くすくす、くす。

 突然笑い出した私に、付き添いのばあやがどうしました、と尋ねてきました。私はなんでもない、と言いたかったのですが、笑いが止まらなくて結局短い吐息しか口から出ません。だって、本当に可笑しかったのです。どう見ても普通の、どこにでもいるような子どもなのに、何故人ならざるものだと信じていたのでしょう。

 きっと、どこからか聞きつけたのだと思います。あの屋敷には滅多に外に出ない世間知らずの娘がいて、その父親は娘のためにいつも変わったお菓子を用意している、と。どうにかしてその菓子を食べようと、子どもたちが一策を講じたのでしょう。私は見事に騙されて、彼らに菓子を振舞っていたわけです。それでも彼らに対し怒りが湧いてこないのは、彼らが子どもだからかしら。それとも、そんな大人を騙すような幼少期の思い出が私には無いからかしら。

 それ以来、子どもたちが庭にやって来ることはありませんでした。


 冬になると、私の体調は悪化の一途を辿りました。

 寝たきりの生活が何日も続くこともあり、障子戸は体が冷えるからと、ほんの少しの隙間も開けてはもらえませんでした。私に分かる外の様子は、時折どさりと落ちる雪の音。それだけでした。

 高熱に魘されたある日、夢現にお医者様と珍しく家に長居している父の話しているのが聞こえました。

「残念ですが……。お嬢様は冬を越えられないかもしれません」

 父はなんとかならないか、と声を震わせていましたが、ぼんやりとした頭で私は、そうでしょう、と音にはせずに呟きました。

 それから、高熱を出したり、咳が止まらなかったり、あるいは二、三日回復の兆しを見せたりを繰り返しながら、私はなんとか生きていました。以前よりも頻繁に顔を出す父は、

「もうすぐ春になる。だから頑張ってくれ」

と、私の手を握って励ましますが、その手がもう枯れ枝のようになっているのに気が付いているのでしょうか。

 沈んでは浮かび、浮かんでは沈む。意識は濁流に飲まれたか如く。ぶつり、ぶつり、と記憶は途切れ途切れで。私は自分の命が急速に磨り減っていくのを感じていました。

 ある時ふと白い霞が晴れると、そこは清涼な水の流れる山の中でした。

不思議なことに、そこは一切の音がしませんでしたが、頭上から降り注ぐ木漏れ日の柔らかいこと。光を反射する水の眩しいこと。今でもあの場所が何処なのか、分からないのです。

(あ、今魚が跳ねた)

 水音は聞こえないのに、私は見てもいない跳ねた魚の大きさが手に取るように分かりました。

(ここは……。天国なの?)

 私は碧の苔生す地面を踏みしめながら、川の上流の方へと登っていきました。しっとりと水を含んだ土は、ふわふわとして真綿の上を歩いているようです。本来ならこの歩きなれない体はすぐに倒れてしまうでしょうに、私は誰かの、山人の足を借りてきたかのように、しっかりとした足取りで歩いて行きました。

 汗の一筋も流すことなく、道とも言えぬ険しい山道を登り続けた私は、とうとう川の最も上流へとたどり着きました。

 高い崖から真っ直ぐに、一本の白い水の束が音もなく静かに落ちています。藹藹(あいあい)と茂る草葉を掻き分けて、私は舞台のように整えられた平たい大岩の上に一歩踏み出しました。

 岩の端まで行くと、すぐ目の前は滝です。細いと思っていましたが、こうしてすぐ近くへ来てみれば、幅は私が三人並んでも足りないくらいです。空を仰いでも天辺は見えず、地を見ても滝壺は底なしに思えるほど、暗く深いものでした。体に降り注ぐ飛沫は熱いような気もしますし、ひんやりと冷たいような気もします。私は深く考えもせずに、好奇心のまま両手を滝の中へと差し出しました。

 その時何か、大きな影が滝壺の中で蠢いて、私は引っ張られるように水の中に落ちていきました。はっきりとは覚えていませんが、とても美しいものを見たような気がします。


 目が覚めたとき、父は何事かというほどの滂沱の涙を流して私の手を握っていました。顔に父の涙がぽたり、ぽたりと落ちてきます。私はそれが熱いのか冷たいのかはっきりと分かりませんでした。

 すぐにお医者様が呼ばれてきて、私の脈やら何やらを調べると、

「奇跡ですな。後は滋養のあるものをしっかり食べれば、もう何も心配することはないでしょう」

と言いました。

 そしてお医者様の言ったとおり、私の体は未だかつてないほど健康になりました。落ちた体力は時間と共に戻り、むしろ以前より付いたような気さえします。骨と皮だけだった腕も、娘らしい柔らかな肉がついてきました。

 暖かな日差しに誘われて、私はそっと庭へ降りました。一つ一つ咲き乱れる花々に触れながら、昨日のことのように子どもたちがやって来た事を思い出していました。

 確かこの辺りだったかしら、と躑躅の枝を掻き分けると、子ども一人がやっと通れるほどの穴が塀に空いています。あらあら、と自然と笑みが浮かびました。本当ならすぐに塞ぐよう手配しなくてはならないのでしょうが、私はこのまま黙っていることに決めました。

 それから母のお気に入りの藤棚へ向かい、その紫の花も愛でました。手を伸ばして房に触れ、こんな間近で見るのは初めてのことだと不思議な気持ちになりました。

 一つ一つ花房を触っていると、他と比べて取り分け小さな花房からころん、と二つ何かが落ちてきました。それは私の手のひらに収まり、ころころと転がります。

 それは足の小指ほどの大きさの角でした。いえ、他の人間がそれを見たら、ただの白い、変わった形の石ころだと思うでしょう。でも、私はそれを見たことがあります。触ったことがあります。

 私はそれをぎゅっと固く握りしめて、去年のことを思い出していました。


 それは、紫霞む春のことでした。


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