ダ・カーポ
ご閲覧頂き誠にありがとうございます。
この小説は『白痴美』という小説の続編となっております。お手数ですが未読の方はそちらを先にお読み頂けると幸いです。
椎名素一様からリクエストを頂きました。本当に、ご協力ありがとうございました。
彼と出会ってから一ヶ月が過ぎた。小鳥もすっかり大きくなり、最近は重いと感じることさえある。それでもまだ成長期のようで、食欲も日に日に増していた。
「そろそろ段ボールじゃきついんじゃないか? もう少し大きな箱でも用意する?」
放課後、廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。いつも陽気でフレンドリーな彼は、周りの目を気にせずに私の肩に手を置いた。私は咄嗟に、その手を振り払う。
「ちょっと! あまり大きな声出さないでよ。ばれたらどうするの?」
「あー、悪い悪い。廊下に君が見えたから、ついテンション上がっちゃって」
彼は軽い口調で言うと、手をひらひらさせておどけた。私は大きなため息を吐き、歩調を早める。すると、彼は慌てて私の横に並び、姿勢を低くして手を合わせた。どうやら謝っているつもりらしい。しかし周りからしたらただの変人にしか見えないだろう。一緒にされるのはごめんだ。
「私、先に行ってるから。それじゃ、またあとで」
絶句する彼を横目に、私は早足で廊下を抜けた。一ヶ月前の彼の言葉が脳裏をよぎる。「もうちょっと仲良く」と言われたにもかかわらず、私はまるで「仲良く」していなかった。罪悪感がないわけではないのだが、面と向かうとどうしても見栄を張ってしまって駄目だった。今のところ、どうにかできそうにない。
人ごみを抜けて校舎の裏に出ると、私は木陰に置かれた段ボールに近づいた。その中を覗き込み、目を見張る。
そこに、小鳥の姿はなかった。
「嘘……どうして——」
「あ、いたいた。先に帰っちゃったかと——って、どうした?」
彼の声が、ひどく耳障りに聞こえた。理不尽だ、と思いながらも、私は彼に何も言わずに校門まで走り抜けた。後ろから声が聞こえたような気がしたが、それすらもうどうでも良かった。
その日以来、私は彼と顔を合わせないようになった自然と離れていった、という方が正しいかもしれない。そんな風に、私は彼を遠ざけるようになった。
理由は一つ。あの鳥がいなくなったからだ。
「……」
私は、かつて小鳥がいた空の段ボールを見て沈黙した。結局、私は独りだった。やっとできた友達は、ふわりと舞い上がり、どこかへと行ってしまった。
「やっぱりここに——おーい! どうせ暇なんだろ? 一緒に帰ろーぜ」
「な——」
後ろから聞こえた明るい声。その声の主は、大きく手を振りながらこちらへと歩み寄ってきた。
「どうして……? だってもう、小鳥は」
私が呆然と口を動かすと、彼はぽかんとしてから笑い出した。
「な、なにがおかしいのよ……?」
「あ、いや、ごめん。あんま必死だったからつい——」
彼は再び「悪い」と言うと、涙目になって私を見た。社交辞令で来たのかとも思ったが、そうではなさそうだ。
「あのさ、僕が君に話しかけたのは、小鳥がどうとかじゃなく、ただ単に君に興味があったから。ついでに、仲良くしてもらった覚えがないのって気のせいなのか? 僕、もしかして邪魔がられてる?」
「そんなこと! ない……と、思う」
むしろ、彼の強引さには何度も助けられてきた。邪魔なはずがない。
「ちょ、弱気になるなよ……。ま、いいや。——改めて」
彼は肩を落として呟くと、すぐに顔を上げて私を見た。まっすぐに私の目を見て、フレンドリーに微笑む。
「えっと、え、はい」
気が動転して敬語になる。彼はくすっと笑って首を傾げた。
「僕の友達に、なってくれないか?」
彼の言葉。意外なその言葉に、自然と涙があふれた。
「もちろん。——喜んで」
お読み頂き誠にありがとうございました。