現在「1」
できるだけ無表情を取り繕う、貴方に会いに来たのではない、子供達を育てるお金を稼ぐためだ。
貴方から直接ではないにしろ、もらう気がしていやだったけど、生活がかかっている。
心の中で再度確認する。
子供達に最高の教育をと国が勧めてきた学園。
その学園がアイザック家当主が代々理事をしていたとは思いもしなかった。気付いたのが遅かった。故意に両親が隠していたかもしれないとも思った。父親が、とにかくアスランに責任を取らせたいと考えていたのは知っていた。
「この春から学園の教師として雇われてます。」
事務的な挨拶をする。
「エヴァンローズ・・・。」
彼が腰を上げようとするのを言葉で遮る。
「国からの斡旋でこの学園にきました。貴方が理事だと知ったのは契約を交した後でした。気分は悪いと思いますが生活がかかってますのでご理解ください。」
気にしていないはずなのに、彼の薬指を確認してしまう自分がイヤだとエヴァは思った。
アスランの指には何もなかった。
(リサなら、指輪をしろといいそうなのに。)
「こ・・・子供がいるそうだな・・・幸せそうでよかった。」
今ひとつ要領を得ない彼の言葉にムカッとした顔を見せる。
「貴方には関係のないことですから。ここの理事さんは、一教師のプライベートに干渉するんですか?(売り言葉に買い言葉でもあるまいに・・・、)」
エヴァは以前なら言い返すような性格ではなかったが、母となり強くなった。
それに、白々しい彼の言葉にも嫌気がさした。
どこまで自分を侮辱すれば気が済むのだろうか。
「いや、そんなつもりは・・・母が君の事を心配していた。大学を出てから音信不通になってしまったと。」
優しい伯爵夫人。
彼女のことも避けるようにロンドンを離れた。
あんなに優しくしてくれたのに・・・。
「母とは連絡を取っていたようですから、構わないと思ったんです。」
突き放す言い方。
それでいいとエヴァは思っていた。
再就職と共に引越してきた。
戻ってくるとは思って居なかった。
彼もリサのように、心の中では都会に馴染めない自分を嗤っていたのだろうと思うと悲しくなった。
そして、何時からあんなことをされるまで恨まれるようになったのか。
誠実な人だと思っていた。
愛する人がいるのに、自分にまで手を出す人だとは思わなかった。
何度も考えたが結論には至らなかった。
やはり、身分も考えず伯爵家でのうのうと過ごしていた自分を鬱陶しいと思っていたんだろうか。
小さい頃は、屋敷に住み込んでいた。
いつも一緒にいたと思う。
あの頃は、本当に子供だった。
彼の気持ちの変化も、世間の目も何にも知らなかった。
表情が出ない、分かりにくい人だが、影で人を馬鹿にしていたとは、思っていなかった。本当に失望したのだとエヴァは考えていた。
エヴァをゴミのように扱った人間。
父母は恩のある伯爵家の後継者に対してはっきりと言い切った。
夫人とは連絡をとるが、息子のことは一切話題にしなかった。
子供のことも言わなかった。
双子は彼等にとって大切な孫なのだ。
たとえ、財力に優れている伯爵家を相手にしても、最初にいらないと拒否をして小切手を渡してきたのはアイザック家だ。
ロンドンに住むことで子供のことを知ったとしても絶対に渡さない。
面会もさせない。(父親は、養育費だけは貰えと言って譲らなかったが。)
エヴァも彼女の父母もそう誓っていた。
生きていく世界が違うから彼は私達のの子供のことは認めたくないはずだ。
けれど生まれた後、両親の説得で手紙を書いた。
電話じゃきっと未練がましいことを言ってしまうから。
アスランの連絡先は知らなかったけど、アイザック法律会社の住所は分かっていたから宛先はそこにした。
けれど、返事はなかった。
するべきことはした。
これで彼は子供たちに対する権利を失ったと言っていいはずだ。
再会したアスランに対してエヴァは強気だった。