現在「4」
ロンドンの街は思っていた以上にでかくて古くかった。
これが父さんの住んでいる街か。
午前中は馬車に乗って、観光を楽しんだ。
母さんは、話しかければ答えてくれるけど、言葉は少ない。
父さんのことを思っていると考えると悔しくなった。
俺達がいるのにと、わざとふざけて母さんの注目をこっちに向けさせたりした。
観光を一通り終えるとハロッズっていう老舗デパートへと向かった。
銀髪の双子が珍しいのか街行く人が俺達を見ていた。
自分たちで言うのもなんだけど、俺達は目立つ。
大きくなったら将来が楽しみだと祖父ちゃんや祖母ちゃんは言ってたけど、母さんは少し複雑そうな顔をしていた。
祖母ちゃんに尋ねたら、俺達は、父親に似ているらしい。
だったら、こんな顔いらなかったのに。
大好きな母さんを悲しませる父さんに似た顔なんていらないのにって幼心にも思った。
だから、今よりもっと幼い頃は、母さんに何度も2人で「ボク達のこと好き?」って確認をしたと思う。
「ねえ、母さん、母さんの友達ってどんな人?」
「どうして、友達になったの?」
ランチは家族で取ろうと入った店で母さんに聞いてみた。
「リサは・・・私が1人でいた時に声をかけてきてくれたの。母さんは、貴方達みたいに、頭が良くて、勉強が出来たから、とあるお屋敷に居候になって都会の学校に通うことになっていたんだけど、そのお屋敷は皆の憧れの家で・・・小さい頃は、何も気にせずにいられたんだけど、大きくなってくるとイヤでも周囲と私が違うんだなって思えたの。沢山、苛められたわ。その屋敷に住んでいる子は庇ってくれたけど、・・・その子は、よく女の子にモテてたから、庇われるほど辛い目にあったわ。だから、できるだけ1人でいよう、関係ないフリをしておこうって。」
あの写真で見た可愛い母さんが苛められてたなんて・・・。
俺達は言葉を無くした。
「そんな中、唯一声をかけてきてくれた女の子だったの。リサは。」
お金持ちで貴族の令嬢で。
華やかで目立つ存在だった彼女が気さくに自分に声をかけてきてくれたことに戸惑った。
「きっと、居候先の男の子目当てだと思ってたんだけど、屋敷に来る度に、私の部屋に遊びに来てくれて、学校以外でお友達と勉強するのって初めてで、嬉しかったなぁ。苛めもリサと友達になってから少なくなって、ますます勉強に身が入るようになったのよ。教師になれたのも彼女のお蔭なの。」
自分達の推測から言うと、リサという女は母親が考えているよりももっと強かな思考を持っているはずなんだけどな。
信じきってる母さんが、傷付くことだけは避けなきゃ。
アーサーと目を合わせてため息を吐く。
「どうしたの?母さんが苛められっ子だって聞いて、イヤになった?」
どうして、そんなこと考えるのさ。
「「僕達は母さんが大好きだよ。」」
これから会うことになるリサという女の化けの皮を母さんに知られずにどう剥がせる?
ロンドンの喧騒の中、俺とアーサーは頭を抱えたくなった。
約束の場所に女は10分ほど遅れてきた。
「ごめんなさいっ、エヴァ。」
抱擁を交わす2人をじっと見ていた。
((こいつがリサか。なるほど・・・。))
男好きそうな容姿の派手なオバサンだとルークと共通認識を得た。
俺だったら、母さんみたいなタイプを選ぶけど、父さんは違ったんだな。
ため息を吐いていたら、女がこっちを見た。
「この子達が、貴方のお腹にいたのね?」
感動の対面って顔をしているけど、驚きは隠せてないみたいだ。
俺とルークは、父さんに似ているから。
香水臭い体で抱き付かれそうになって、思わず2人で避けた。
「母さん、この人臭い。」
はっきり言ってやる。
「えっ?」
香水どれだけ降ってんだ。
「あ、あら、お子様にはキツかったかしら。」
女の目はちっとも笑っていない。
金髪碧眼。
なるほどね、モンローみたいな黒子まで男好きしそうだ。
「ごめんね、リサ。」
「いいのよ、で、ハロッズで何を買うの?」
「えーと、この子達のフォーマルでも見ようかと思って。」
女は俺を無視して母さんに話しかけている。
「フォーマル?このお子様達、何処に行くの?」
俺とルークはとある研究所の学会に招待されている。
伝統ある研究所らしくて、子供の知能指数と現状についての研究論文が数台出されるみたいで、俺達はモルモットだから、そこに母さんと一緒に出席するんだ。
「学会!へぇ~。じゃあ、エヴァもドレスが必要なんじゃない?」
「私は、いいの。スーツで行くわ。裾の長いドレスって嫌いだから、」
リサって女は鼻で笑った。
「そうね、貴方ならコケてしまいそうだもの。」
なんだ、その嫌味。
心配なんかしてねーだろ。
それから、俺とルークはリサって女の言葉にイライラしながら、疲れたフリをした。
カフェのソファで母さんに凭れて眠る俺達は2人の会話を聞いていた。
「アスランに会ったんですって?」
母さんの体に緊張が走る。
「え・・・ええ。学園の理事をしてたみたいね、知らなかったわ。」
「彼に言ったの?子供のこと。」
母さんが俺の頭を撫でている。
「子供がいることは知っているけど、自分の子供だとは露ほども思ってないみたい。」
「そう。・・・できるなら、この子達には一生アスランに会ってもらいたくないわ。」
リサの言葉に母さんの緊張が伝わってきた。
「世間体を考えても、アスランは今ロンドン1の弁護士なの。子供をおろすためにお金を積んだってことがバレたら、信用に関るわ。」
「分かってる・・・アスランと貴方の生活を壊すつもりはないの。ただ、本当にロンドンに来ることになるとは思ってなかったから・・・。」
薄目を開けると涙を浮かべたリサって女が母さんの腕を取っていた。
「お願いよ、アスランに会わないで。留学から帰って貴方がいなくなったと知った時、彼は本当に安堵してたの。私がいる手前、大声では言えなかったんでしょうけど。子供のことも正直に話して責任を取る必要はあるって説得したんだけど、子供よりも弁護士事務所での仕事が忙しくて、私に一任したわ。まさか、おろすためのお金だとは思わなかったけど・・・。」
母さんまで手を取っている。
「分かってる。私はあの人にとって、いらない存在。この子達を傷付けさせないためにも、あわせたりしない。3年の研究期間が終えたら、私はまた田舎にもどろうと思うの。だから、その間だけ・・・。」
「ああ、エヴァ。やっぱり貴方は親友だわ。これが、アスランの法律事務所の住所と私達の家の番号よ、アスラン相手じゃなくていいの、私に連絡してね、」
渡された紙。薄目を開けるとルークも起きていて、その番号を何とか覗き込んでいる。
そして頷いた。
よし。
母さんに会うなというなら、俺達が会って、父さんの気持ちを確かめてやる。
で、リサの言う通りなら、絶対に許さない。
俺とルークは心に誓った。