序章
「エヴァンローズ…。」
低くて響く声。
懐かしさに心が揺さぶられるのを感じた。
しかし、エヴァはグッと足に力を入れて相手を見据えた。
ここで、甘い顔をしてはいけない。
私には守るものがある。
新しい職場。
その職場の理事に彼が名を連ねているなんて。知った時は、情報収集の甘さに唇を噛みそうになった。
エヴァは、日々の暮らしの中で学園の理事の一人である彼とは、いずれ顔を合わすのだろうと思っていたが、こんなにも早く呼び出されるとは。
他にも理事がいるくせに、何故彼なのか。考えても仕方ないことを思いため息を吐く。彼ほど忙しいそうな理事はいないだろうに。
(出来れば一生会いたくなかったわ。)
なんど悪態を心の中でついたとしても後には引けなかった。
ドアをノックして入った彼女に対し、彼が新しくきた教師になど興味はなかったのが伺えた。
彼は何気なく顔を上げて、正面の扉に目をやり、入ってきた彼女を見て何を思ったのだろうか。
エヴァは、この学園に転職するにあたり理事の方々には会わなくていいと聞いていた。
子供たちのために進められた転校。転職。
こんな皮肉なことはあるのだろうか。
エヴァは再びため息を吐いた。
この学園には5人の理事が居る。彼よりももっと学園の運営に対して熱心な人もいるだろう。なのに、彼は新しい教師がきたと知るや学園を訪れた。
昔から仕事には誠実な彼は弁護士であると共にアイザック伯爵家の次期当主としても誠実であろうとしているのだろう。
それとも、新しく雇われた教師の名前を見て慌てたのだろうか。
(まさか・・・。)
あの時、エヴァとお腹に宿る子供達にはっきりと拒絶を示したのは彼の方だった。
「お久しぶりです。」
そう発した彼女の顔に彼は複雑な顔を見せた。
「名前を見ても、君であるはずがないと思ったが・・・。」
懐かしい彼の声。
声を聴いただけで愛していた過去が蘇りエヴァは心が痛くなった。
そして、そんな自分を呪っていた。
つづく