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偽りの告白に絶望した俺は、最強の両親と全てを終わらせることにした  作者: ledled


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3/5

砕け散った王冠(天王寺凱 視点)

俺、天王寺凱てんのうじ がいの人生は、常にイージーモードだった。親父は地元じゃ有名な建設会社の社長。欲しいものは何でも手に入ったし、周りにはいつも俺を「凱様」と持ち上げるヤツらがいた。俺が世界の中心で、ルールは俺自身。そう信じて疑わなかった。


ただ一人、気に入らないヤツがいた。

叢雲朔むらくも さく


いつも教室の隅で分厚い本を読んでる、根暗で陰気なメガネ野郎。それだけならどうでもいい。だが、あいつは時々、俺が持ち得ない種類のもので俺のプライドを逆撫でした。中学の時、俺が親父の会社の力も借りて書いた論文が優秀賞だったのに対し、あいつはたった一人で書き上げた論文で最優秀賞をかっさらっていった。教師たちの称賛を浴びるあいつを、俺は壇上から煮えくり返る思いで見下ろしていた。


だから、高校で同じクラスになった時、決めたんだ。あいつを、俺の足元に跪かせてやろう、と。


ターゲットは、陽向葵。あいつが中学の頃から叢雲に気があるのは知っていた。高校デビューして俺のグループに入ってきた葵は、自分の立ち位置を必死で守ろうとする、扱いやすい駒だった。


「罰ゲームな。叢雲に告白して、OKされたらお前の勝ち」


俺がそう命じると、葵は一瞬顔を強張らせたが、周りの空気に押されて結局頷いた。あの時の、あいつの怯えたような、それでいてどこか興奮したような目が忘れられない。


そして、計画は実行された。物陰からスマホで撮影しながら、俺は笑いを堪えるのに必死だった。葵の嘘の告白に、叢雲が「喜んで」と答えた瞬間、俺たちは一斉に飛び出した。呆然とする叢雲の顔は、最高の傑作だった。俺の支配欲が満たされていく快感に、全身が震えた。


動画を拡散し、いじめを主導した。あいつは何も抵抗せず、俺たちのされるがままだった。俺は勝利を確信していた。陰キャなんて、所詮こんなものだ、と。伊集院が奴をボコボコにした日も、俺はただ高みからそれを見物していた。


地獄の始まりは、月曜日の朝に届いた一通の『内容証明郵便』だった。

家に帰ると、親父が鬼のような形相で俺を待ち構えていた。テーブルには、学校から連絡があったという、あの手紙のコピーが叩きつけられていた。


「凱! これはどういうことだ! 説明しろ!」


親父に殴られたのは、それが初めてだった。だが、その時の俺はまだ、事の重大さを理解していなかった。


「ただの悪ふざけだって! あんな陰キャ、こっちが謝れば済む話だろ!」

「馬鹿者がッ!」


親父の怒声が響く。相手の母親は、都内でも有数の大手法律事務所のパートナー弁護士。父親は、元自衛隊の特殊部隊上がりで、今は政府系の危機管理コンサルタント。そんな相手に、俺は喧嘩を売ってしまったのだ。


「弁護士? 自衛隊? ハッ、だから何だってんだよ。金でどうにでもなるだろ!」


俺がそう言い放った瞬間、親父の顔から血の気が引いた。


「……終わった。うちの会社は、終わったかもしれん」


その言葉の意味を俺が理解したのは、翌日のことだった。

親父の会社に、俺の事件に関する匿名の告発文が送りつけられた。会社の株価は暴落し、長年の取引先が次々と契約を打ち切ってきた。全てが、叢雲の母親が描いたシナリオ通りだった。


そして、俺の日常も崩壊した。

家に警察が来て、俺の部屋からスマホとパソコンが押収された。俺がSNSに投稿した「#ピュアすぎ陰キャくん」のタグ、グループLINEでのやり取り、全てが証拠として吸い上げられていく。


学校に行けば、教師たちの態度は一変していた。今まで俺に媚びへつらっていた連中が、腫れ物に触るように俺を避ける。特別指導委員会とやらに呼び出され、見知らぬ弁護士から矢継ぎ早に質問を浴びせられた。俺が何を言っても、「その発言は脅迫にあたります」「それは名誉毀損ですね」と、冷静に、淡々と分析されるだけ。俺の言葉は、何の力も持たなかった。


頼りの伊集院は、叢雲に反撃されて関節を極められた一件以来、すっかり怯えきっていた。他の仲間たちは、親に泣きつかれ、「凱に命令されただけ」と全ての責任を俺に押し付けた。陽向葵は、学校に来なくなった。俺の周りから、人がいなくなる。王様だったはずの俺は、いつの間にか独りぼっちの裸の王様になっていた。


家庭裁判所での審判は、悪夢のようだった。

叢雲朔本人が、証言台に立った。あいつは、俺たちが浴びせた暴言の一つ一つ、暴行の日時と場所、その時の俺たちの表情まで、全てを感情のこもらない声で、正確に証言した。まるで、観察記録を読み上げる研究者のように。俺の弁護士が「若気の至り」や「悪ふざけが過ぎた」と弁護しようとしても、叢雲の母親である弁護士が提出した山のような証拠の前では、全てが無意味だった。


「被告人には、反省の色が見られません。犯行は計画的かつ陰湿であり、被害者の心身に与えたダメージは計り知れない。少年法による保護ではなく、その罪の重さを自覚させるための厳格な処分を求めます」


叢雲の母親の言葉が、裁判室に冷たく響いた。


結果は、『中等少年院送致』。

裁判官がそう告げた時、俺の頭は真っ白になった。少年院? 俺が? なんで? ただの遊びだったじゃないか。


さらに、民事訴訟で親父の会社と我が家に課せられた賠償金は、数千万円に上った。俺たちが住んでいたタワーマンションは売りに出され、親父が大切にしていた高級外車も手放した。役員を解任された親父は酒に溺れ、母親は毎日泣いてばかりいる。俺が築き上げたと思っていた王国は、砂上の楼閣のように脆く、跡形もなく崩れ去った。


少年院へ送られる日、移送車の中から見えた景色は、灰色に濁っていた。

俺は、何が間違っていたんだろう。

そうだ、あいつだ。叢雲朔。あいつさえいなければ。あいつが俺に逆らわなければ。あいつが、俺の前に現れなければ……。

憎しみが湧き上がってくる。だが、その憎しみも、底なしの絶望の前ではすぐに力を失った。


少年院での生活は、地獄そのものだった。

プライドも、見栄も、ここでは何の役にも立たない。俺が今まで見下してきたような連中から、今度は俺が見下される番だった。殴られ、罵られ、持ち物を奪われる。それは、俺が叢雲にしてきたこと、そのものだった。ああ、これが、あいつが味わっていた痛みなのか。そう気づいた時、俺の心は完全に折れた。


ある夜、消灯後の暗闇の中で、俺は声を殺して泣いた。

失ったものの大きさに、初めて気づいた。金、地位、友人、家族の笑顔。全てが、俺の手の中にあったはずなのに。俺はそれを、自らの手で、たった一人の陰キャを屈服させたいという、ちっぽけなプライドのために、粉々に壊してしまったのだ。


面会に来た母親は、すっかりやつれていた。


「……お父さん、破産したわ。今は小さなアパートで、二人で暮らしてる。毎日、毎日、謝罪の電話に追われて……」


母親の涙を見て、俺は何も言えなかった。ごめんなさい、という言葉すら、喉に詰まって出てこない。


俺が失った王冠は、もう二度と戻らない。

俺の人生は、もう終わったんだ。

鉄格子の窓から見える、ちっぽけな四角い空を見上げながら、俺はただ、終わりのない後悔と絶望に沈んでいくことしかできなかった。

あの時、もし俺が、教室の隅で静かに本を読んでいたあいつを、ただのクラスメイトとして放っておいたなら。

そんなあり得ない「もしも」を、俺はこれから先の人生で、永遠に問い続けるのだろう。答えなど、どこにもないままに。

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