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夏帆

作者: 小南

海沿いの町に着いたのは、夏の太陽がまだ高く、潮の香りが風に乗って運ばれてくる午後だった。友人たちはそれぞれ海へ駆け出し、ビーチボールや浮き輪を抱えて笑い声を上げている。僕も一緒に行くつもりだったが、ふと視線の先に、真っ白なワンピースを着た少女の姿が目に留まった。


その少女は、ビーチから少し離れた小さなカフェのテラス席に座り、膝の上に開かれた本を静かにめくっていた。夕方のように穏やかな雰囲気をまといながらも、周囲の喧騒とは別世界にいるような存在感があった。その瞬間、心臓が跳ねる音が、自分でも驚くほどはっきりと耳に響いた。


——一目惚れだ。


僕は無意識に足を止め、彼女の横顔を見つめていた。黒髪が風に揺れ、本のページがぱらりとめくれる。彼女はそれを指で押さえ、微かに笑った。それだけで、僕の中の時間が一瞬止まったように感じた。


(こんな出会い、本当にあるんだ…)


勇気を出して歩み寄り、「その本、僕も好きなんです」と声をかけた。少女は驚いたように顔を上げ、すぐにふわっと笑った。名前は夏帆かほと言った。会話はぎこちなかったが、なぜか楽しかった。まるで昔から知っていた人のように、自然と笑顔になれる。


その日から、僕は友人たちと遊ぶよりも、夏帆と過ごす時間を優先するようになった。カフェでお互いの好きな本を読み合い、夕暮れには海辺を散歩した。夏祭りの夜、提灯の明かりが二人を照らす中、金魚すくいに挑戦したり、綿あめを分け合ったり。打ち上げ花火が夜空を彩るたび、彼女の横顔が鮮やかに焼き付いた。


そして最終日、別れの時間が迫る中、僕は砂浜で夏帆の手を取った。「また会える?」と尋ねると、彼女は笑って「もちろん」と答えた。潮騒の音と共に、その言葉が胸に深く刻まれた。


次の日の朝、彼女は相変わらずテラスで本を読んでいたけれど、テーブルの上には薄いカセットテープが置かれていた。透明なケースの中に、手書きで「Seaside Mix」と書かれている。僕が目で合図すると、夏帆は嬉しそうに頷いて、カセットウォークマンのイヤホンを片方差し出してくれた。


一緒に片耳ずつイヤホンを分けて、通りに面した細い坂道を降りる。ギターのカッティングと軽快なドラム。ベースが跳ね、砂浜の白さが目に刺さる。波打ち際を踏むたびに、音が弾けるタイミングと足音がぴたりと重なる。曲がサビに差しかかると、夏帆はページの角に折り目をつけて本を閉じ、リズムに合わせて肩を揺らす。僕は我慢できず、彼女の手を取った。


「踊る?」

「昼間から? 海辺で?」

「ノリでしょ、ノリで!」


僕らはビーチパラソルの影と影の間、砂に裸足でステップを刻み始めた。最初は照れていた彼女も、二曲目に入るころには笑いながら回転して、スカートの裾が波のようにひらめいた。通りがかった子どもが手拍子をくれて、売店のお兄さんがラジカセのボリュームをちょっと上げてくれた。風が、もう完全に僕らの味方だった。


午後は彼女のおすすめの古本屋をハシゴした。海から二つ目の交差点を曲がった路地裏、看板の「文庫・詩集・雑誌」に、手書きで「ラムネあります」と書いてある店。棚の匂いはすこし湿っているけれど、ページの黄ばみ具合がむしろ誇らしげだ。彼女はすぐに詩集のコーナーから一冊取り出し、僕は映画パンフの箱に腕を突っ込む。選んだ戦利品を見せ合うたび、僕らはまた笑った。僕は彼女の目尻にできる皺まで好きだと思った。そうやって好きの面積をどんどん広げていく。


夕方、海辺のカフェに戻ってラムネのビー玉を鳴らしながら、僕は勇気を少しだけ上乗せした。


「ねえ、今夜、サンセットDJパーティってあるんだって。港のデッキで。行かない?」

「本を読む夜も好きだけど、踊る夜も好き。行こ」


日が沈む直前の港は、木のデッキがオレンジに染まって、遠くにヨットの影が揺れる。デッキの中央では、小さなスピーカーの前にDJが立って、アロハシャツでニヤリと笑い、針を落とす。ビートはさっきのミックスよりも少しだけ深く、海の色に溶けそうな低音が、足元から背骨へ昇ってくる。彼女はさっと髪をまとめ、僕の手首を引いて人混みの真ん中へ。星のない空を、腕で作った軌跡が先に埋めていく。笑顔が連鎖し、見知らぬ人と肩が当たっても、みんなのテンポはひとつに揃っている。サビが跳ね上がる瞬間、彼女は僕の胸に額をコツンと当て、うん、というように頷いた。


「今夜は、読むより踊る日だね」

「明日も踊る日だといいな」

「明日は明日のノリがあるよ」


帰り道、足の裏に残ったデッキの木目の感触を確かめながら、僕らは港の灯りの下を歩いた。途中のコンビニでアイスキャンディーを二本買って、同時に包み紙を破る。黒い海に街灯の円が落ち、円の中に入ったり外れたり。彼女は急に立ち止まって、ポケットから栞を取り出した。小さな栞には、手書きで「旅先読書会」と書いてある。裏には今日の日付。


「この夏だけの、ふたり会員」

「会費は?」

「踊ること。本に線を引かないこと。あと、夜は星に謝ること」

「星に?」

「私たちが先に輝いちゃってごめん、って」


言葉に合わせて、彼女は真面目な顔で夜空に小さくお辞儀をした。僕もまねをして、ふたりでこっそり夜に謝った。たぶん星は許してくれた。風がやわらかかったから。


翌日、僕らは朝から島に渡った。港からフェリーで二十分。甲板に立つと、潮の飛沫が顔に当たって、思わず笑いながら目を細める。島のレンタサイクル屋で赤と青の自転車を借りて、細い坂道を登る。道ばたのハイビスカスが派手に咲いて、リズムよくペダルを踏むたびに、影が長く伸びたり縮んだりした。丘の上の灯台に着くころ、僕の太ももは笑い、彼女は肩で息をしていた。


「ここからの海、すごいね」

「画面の壁紙にしたい」

「壁紙にするより、毎日見たい」


灯台の白壁に背中を預けて、僕らは昼寝した。半分寝て、半分起きて。風の音と、遠くで誰かが叩く太鼓の練習の音が、ちょうどよく混ざった。目を開けると、彼女の手の甲に小さな砂がついていた。僕はそれをそっと払った。彼女は目を開けずに、指先で僕のシャツの裾をつまんだ。うすい布ごしの温度まで、僕は好きになってしまった。


島の反対側の入り江は、人が少なくて静かだった。岩場に腰をかけ、足を海につける。冷たさに声が跳ねる。小魚が足首をかすめ、彼女が「くすぐったい」と笑う。僕はポケットから小さな防水のペンを取り出して、彼女の足首に小さな音符を描いた。彼女は驚き、それから楽しそうに僕の手をとって、僕の手の甲に小さな本の絵を描いた。音楽と本。僕らの印みたいに。


「この印、海で消える?」

「消えても、また描こう。何度でも」

「じゃあ、約束」

「約束」


帰りのフェリーで、彼女は僕の肩に頭を預け、僕は甲板の手すりに肘を置いて、遠ざかる島を見た。水平線はまっすぐで、でも僕の気持ちは曲線を描いていた。寄せては返す波のように、近づいたり、こわくなって引いたり。でも、そのたびに彼女の笑い声が、僕をまた前へ押し戻す。ノリに体を預けるみたいに。


島から戻ると、海辺の街はちょうど夕立に見舞われた。カン、カン、と屋根を叩く雨。僕らはアーケードの古いゲームセンターに逃げ込み、古いダンスゲームを見つけた。画面の矢印が光るたび、床のマットが反応する。二人で並んで、汗だくになり、見知らぬ高校生たちが「うま!」と歓声を上げる。曲が終わっても、笑いが終わらない。外はまだ降っているけど、僕らの中では晴れが続いていた。


夜、雨が上がって、アスファルトが黒く光る。屋台のネオンが水溜りに反射して、下にも上と同じ夏が広がっているみたいだ。僕らはその上を跳び越えながら歩いた。カフェのテラスに戻ると、店主のご婦人がタオルを差し出してくれた。


「まあまあ、ずぶぬれ。ほら、これで」

「ありがとうございます」

「その本の子、今日は踊りっぱなしだったのよ。珍しいこと」


ご婦人は目尻を下げて笑い、奥から焼きたてのパウンドケーキを切ってくれた。レモンの香り。彼女は膝の上に本を戻し、ページをめくると、そこに挟まっているのは例の栞。今日の日付が裏に増えている。僕は、彼女の指の動きを見ているだけで幸せだった。彼女はふと顔を上げて、真剣な目になった。


「ねえ、バカンス、あと三日だよね?」

「うん」

「わたし、遠くに住んでる。本当はね、夏の間だけここに来るの。毎年」

「知ってる。というか、そんな気がしてた」

「そっか。…離れても、ノリでつながれるかな?」

「つながるよ。だって、ノリって約束より頑丈だろ」

「どういうこと?」

「約束は言葉だけど、ノリは体が覚えてるやつだから」


彼女はぷっと笑い、少しだけ潤んだ目で僕を見た。手をつないだとき、彼女の指の骨の細さが、いつもより頼もしく感じられた。僕らは同じテンポを、しっかり握った。


三日間は、速度の違う三曲みたいに過ぎた。朝はスロー。昼はミドル。夜は一気にBPMが上がる。波を数えるようにページを数え、コーラスを口笛でなぞり、アイスコーヒーに沈む氷がクラッシュシンバルみたいに鳴るたび、笑顔の角度が増えていった。僕は彼女の好きな文を暗記して、彼女は僕の好きな曲のサビを覚えた。互いの好きが、互いの中で流れ始める。


最終日の朝、彼女は白いワンピースではなく、デニムのショートパンツにバンドTシャツで現れた。髪は後ろでざっくりと結ばれ、耳元で銀色の小さなピアスが光る。読書の静けさと、踊りの勢い。両方を一度にまとっているみたいで、僕は少し眩しく感じた。


「最後の日は、走るよ」

「どこまで?」

「海の端っこまで」


僕らは海岸線の遊歩道を、息を合わせて走った。途中で立ち止まって海に飛び込み、濡れたまままた走る。ベンチで息を整え、また走る。彼女は笑いながら、空に向かって手を振った。


「ほら、星に先に謝っとく」

「まだ昼だよ」

「昼の星にも、たぶん聞こえる」


昼過ぎ、カフェのテラスで最後のラムネ。ビー玉の音が少しだけ重く聞こえる。別れの時刻は、思っているより静かに近づいてくる。彼女は鞄から小さな封筒を取り出した。クリーム色の封筒には、細い字で僕の名前。


「帰りの電車で開けて」

「うん」

「代わりに、その手の甲、見せて」


彼女は僕の手の甲に顔を近づけ、前に描いた小さな本の絵の上から、そっとなぞった。指先で、同じ場所に新しい線。小さな音符が添えられる。二つの絵は、並んで一つのマークになった。彼女は満足そうに頷き、僕の手を握った。


「じゃ、また」

「また」


駅のホームまで送ると、ローカル線の車両が風鈴みたいな音を鳴らして入ってきた。窓の中に座った彼女は、膝に本を置き、イヤホンを片耳外して手を振る。僕は走って隣の車両の窓まで移動し、ガラス越しに同じ曲のサビを口パクで合わせた。発車のベル。車輪がゆっくり回り、僕の視界から、彼女の唇の形が少しずつ遠ざかっていく。最後に、彼女は栞を窓ガラスに軽く当てた。カタン、と小さな音。僕はその音を胸の中で何度もリピートした。


帰りの電車で封筒を開けると、中には二つのものが入っていた。ひとつは短い手紙。「踊りに誘ってくれて、ありがとう。君の読む声が好き。君の歩く速さも好き。君の沈黙は、やさしい。次に会う日まで、私のページは君の名前で埋まると思う」。もうひとつは、薄いカセットテープ。「Nostalgic Night Mix」と書いてある。裏に、小さな地図。海辺の街の外れ、古い倉庫のマークに、星印がついている。日付は一ヵ月後の夜。


一ヵ月。僕はその間、手紙の一文を毎朝声に出して読んだ。曲はテープの伸びるほど聴いた。バイトを増やして次のチケットを買い、無駄に靴を磨き、踊りのステップを鏡の前でこっそり練習した。ある夜、手の甲の小さなマークが薄くなってきているのに気づき、ペンで同じ場所にそっとなぞり、線を繋ぎ直した。消えても描き直す。それが約束だったから。


迎えた一ヵ月後の夜、地図の星印の倉庫は、薄いオレンジの灯りが洩れていた。扉を開けると、古い木の床、天井から吊るされた裸電球、隅に置かれたターンテーブル。真ん中のテーブルの上には、開かれた一冊の本。ページは途中で止まり、そこに栞が差してある。僕が足を踏み入れると、レコードの回転がゆっくりと始まった。針が落ちる。最初の一音。僕は呼吸が変わるのを感じた。倉庫の奥から、足音。


「待った?」

「準備運動は済んでる」


夏帆はライトグレーのワンピースに、スニーカー。髪は低い位置で結ばれて、首筋に影。彼女は僕を見るなり、走ってきて、軽く胸に頭をぶつけた。「コツン」。一ヶ月前と同じ合図。僕は笑って頷き、レコードのビートに合わせて手を差し出す。彼女の手がそれを取る。ページとページが重なるみたいに自然に。踊り始める僕らの足元で、床の板がリズムを刻む。木の匂いとレコードのノイズ。僕らの笑い声は、天井の梁に引っかかって跳ね返ってくる。


曲が変わるたび、僕らは少しずつ話した。一ヶ月のあいだに彼女が読んだ本の話。僕が見た夢の話。朝、通学路で見た猫の歩幅。夜、風が止まった瞬間の窓の音。どれも、彼女が聞けば音楽になる。僕が話せば言葉になる。その中間にある沈黙も、僕らの踊りの振付けの一部だった。


深夜、二人は倉庫の入り口で風に当たり、冷たいペットボトルの水を回し飲みした。夏の夜は、まだ終わる気配を見せない。彼女はポケットから小さな紙片を取り出した。新しい地図だ。今度は街の中に、小さな星がいくつもついている。古本屋。港のデッキ。ゲームセンター。カフェ。灯台。入り江。そして、星の多くには手書きで時間帯が書かれている。


「これは?」

「二人のツアー。ノリ任せだけど、ちょっとだけ下準備」

「明日、全部回る?」

「全部は無理かも。でも、次の夏、また次の夏って、ツアーは続くよ」


僕らは笑い、倉庫の灯りを消して外へ出た。夜風に、髪がほどける。星に、お辞儀をする。昼も夜も、同じテンポで許してくれた星に。


次の日からのツアーは、本当にノリ任せだった。スタンプラリーみたいに地図の星を塗りつぶしていく。古本屋では、棚の一番上の隅にある薄い詩集を店主に頼んで取ってもらい、二人で声を合わせて一編だけ朗読した。港のデッキでは昼間からレコードのジャケットを眺め、DJたちが夜に備えてケーブルを巻くのを手伝った。ゲームセンターでは、ダンスゲームの最高記録を更新し、知らない子たちにハイタッチを求められた。カフェでは、レモンのパウンドケーキにアイスクリームを乗せて、季節外れの雪みたいにスプーンで崩した。灯台では、階段を競争で駆け上がり、息切れで笑い合って、丘の上で転がった。入り江では、互いの手の甲に新しい印を描き足した。今度は小さな灯台の絵が加わり、さらにその横に、小さな波線。印はもう、ひとつの模様になりつつある。


ツアーの最後の星は、街のはずれの空き地にある臨時ステージだった。地元のバンドの野外ライブ。夕暮れの空はピンク色で、スピーカーの前に集まった人々が、ベースの一音に合わせてゆっくりと揺れる。僕らは最前列の横で、肩と肩を並べて立った。ボーカルが「夏に乾杯」と叫び、ギターがサビへ飛び込む。僕らも飛び込む。人波の中に。音の中に。未来の中に。


ライブの最後、ボーカルが客席に向けて言った。「この街の夏は、終わらない。終わらせない。君たちが笑えば、続いていくから」。僕はふと横を向き、彼女の横顔を見た。汗で頬が光り、目が強く笑っている。その笑顔に、僕の夏は続くと確信した。


ただ、終わりはいつも帰り道にやってくる。ツアー最終日の夜、駅までの坂道を下りながら、僕らは手をつないでいたけれど、指先の力加減は少しだけ慎重だった。離れないように、でも、痛くないように。駅前のベンチに腰掛け、発車時刻を確かめる。電光掲示板の数字がゆっくり減っていく。彼女はバッグから文庫本を取り出し、ページをめくって栞をさす。僕はその動作をもう暗記している。次にめくるところまで、覚えている。


「また一ヶ月後、倉庫で」

「もちろん」


僕は笑い、彼女は頷いた。電車が入ってくる音がして、風がふくらむ。最後の最後に、彼女はもう一度だけ僕の手の甲を指でなぞり、小さな声で言った。


「ねえ、星にさ、ちゃんと謝ろ」

「うん」


僕らは二人で、空に向かって小さくお辞儀した。僕は心の中で、付け加えた。「ごめん、でも、ありがとう」。電車が動き出し、彼女の姿が遠ざかる。僕は手を振り続けた。彼女が見えなくなっても、しばらく振っていた。


それからの一年は、月に一度の倉庫の夜と、季節ごとのツアーで刻まれた。秋は落ち葉の上でゆっくり踊り、冬は倉庫にストーブを持ち込んで、ニット帽のまま小さな音でステップをそろえる。春は桜並木を歩き、花びらをページに挟んだ。手紙は増え、テープは増え、印の模様は複雑に育った。離れている日々は、次会う日のイントロみたいだった。イントロが長くても、サビは必ず来る。僕らはそれを知っていた。


そして、また夏。最初の夏と同じ海の匂い、同じ風の速さ。カフェのテラスで彼女は本を開き、僕は彼女の横に座る。ビー玉を鳴らすラムネ。レモンのパウンドケーキ。店主のご婦人が「おかえり」と微笑む。僕らは顔を見合わせて、笑った。


「今年も、ノリで行こう」

「もちろん」


僕らは立ち上がって、海へ向かった。ページとページの間に、踊りと踊りの間に、夏と夏の間に、僕らは自分たちの線を引き直す。消えても、何度でも。風がまたやわらかく、星はきっと許してくれる。僕らが先に輝いてしまっても、謝ればいい。謝って、また笑えばいい。


手の甲の模様は、もう隠せないくらいにはっきりしていた。音符と本と灯台と波線。新しい夏の最初の夜、港のデッキで針が落ちる。最初の一音。僕らは顔を見合わせ、同時に頷いた。


ノリに任せて、恋に任せて、夏に任せて。


さあ、踊ろう。ページをめくろう。次のサビへ。僕らのバカンスは、たぶん、今日も始まったばかりだ。

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