シガーキスからはじまる百合
今日は大学の友人、若菜の部屋にお呼ばれしている。学部も違うけどなんとなく大学で顔を合わすことが多く、いつのまにか友人になって学食を共にして、今日はついに家にまで来てしまった。
順調に進行を深められているのだと思うとなんだか面映ゆいけれど、若菜には好感を持っているので嬉しい。
「ちょっとタバコ吸うのに出るね」
「あ、うん」
だからだろう。タバコを吸いにベランダに出た若菜の背中をしばし見つめた私は、その後を追った。
「ねぇ」
「ん? どしたの? わざわざ靴持ってきて」
玄関から靴を持ってきてベランダに声をかけながら出ると、振り向いた若菜は不思議そうに首を傾げた。
ベランダを開けた途端、むっとしたような熱気に包まれたのに一瞬ひるみそうになるけれど、私は靴を履いた。
ベランダの手すりにもたれている若菜の隣に手をついて、指先を向ける。
「若菜、私にも一本くれない?」
「え、麗美、吸うの?」
「たまにはね」
私の言葉に若菜はきょとんとした。若菜は大学の喫煙所にも定期的に行っているけど、私はそれにお供することはなかったので、吸うとは思ってなかったのだろう。
別に無理に付き合おうと言うわけではない。年に数回、一口吸うくらいで喫煙者ではないけれど、嫌煙者でもない。
せっかくのお呼ばれなのだし、たまにはいいだろう。
「えー、そうなんだー。たまには一緒にきてくれたらいいのに」
「だから今来たでしょ。ありがと」
若菜はにかっと笑って一本恵んでくれた。それを受け取るとすかさずライターも渡してくれた。手際がいい。
さっそく口にくわえて一息吸いながら火をつける。暑い中、わざわざ暑い場所に出て、自分の顔の前に火をつけるんだから、理解できない。
でも一番おかしいのは、そう思ってるくせにこうしてタバコを吸っている自分だけど。
「……ふーっ」
ライターを返してから、胸いっぱいに吸い込む。ちりちりとタバコについた火が燃える小さな効果音に合わせて、肺に煙が送られる。それを吐き出すと、白い煙が線上に飛び出す。胸の中に、何かがあった気配はあるけれど、それだけ。
特に気持ちがいいとか、落ち着くと言うことはない。逆に気持ち悪いとか、むせたり落ち着かないと言うこともない。ただ吸って吐いただけ、という印象だ。
多分、体質的には吸えるんだろうけど、私にタバコは向いてない。口寂しいとかそう言うのも感じたことがない。
「ふーん、ほんとに吸うんだ」
「ん? なに、ほんとにって」
「んーん。無理してあわせてくれたのかなって、ちょっと思ったから」
「あー……別に、無理はしてないよ」
私にとって、タバコは父の思い出だ。亡くなった父がヘビースモーカーだった。分煙をちゃんとしてくれているけど、その服には匂いがしみついていた。私はその匂いが嫌いじゃなかった。
数年前、父が亡くなってそのお墓にタバコをそえてあげようとして、母が四苦八苦しているのでその場で検索して、吸いながらじゃないと火がつかないとわかったので、私がささっと代わってつけてあげた。
それがきっかけ。母は私が吸う姿に、お父さんにそっくりだと喜んでいた。そしてでもすぐに、口に含むだけで本当に吸ったら駄目だからね。と言われたけど。まだ未成年だったので。
でもそれからもお墓参りの時に火をつけるのは私の役目だった。年に数回、一口だけ煙を吸い込んできた。それにはなんの感慨もなく、肺に煙をいれてみても全然問題なくて、父はあんなに喜んでいたけどこんなものかと拍子抜けしたくらいだった。
だけどいま、好きな人の隣にいる言い訳になるなら、そんな経験も意味があるなと思えた。蒸し暑い中、こうして隣にいる為には理由がないと変に思われてしまう。
「ふふ。吸い殻はポケット灰皿だから言ってね。あ、そーだ。いいこと思いついた」
「ん? なに?」
「あのさ、シガーキスしていい?」
「あ、あー、はいはい。いいけど」
キス、の響きに一瞬ドキッとしてしまったけど、冷静になりながら答える。シガーキスは別にキスじゃない。タバコの先を合わせて火を分けるだけの行為だ。
頷いた私に、若菜は吸い終わった吸い殻を手の中の灰皿に入れて新しいのを出しながらくすっと笑った。
「えー、なんか冷めてる? 猫がじゃれて鼻先くっつけるみたいで可愛くない? なかなかする相手いないなーって思ってたんだよね」
「そんな風に思ってるんだ?」
冷めてると言うか、別にそんな可愛い行為とは思ってないだけだ。名前は可愛いけど、どちらかと言えばマッチ時代に火がないけどどうしても吸いたいおじさん同士がするような、可愛いよりは意地汚いよりのイメージがある。
同じ火をうつすなら、花火の火をわけあうほうが可愛いと思う。とはいえ、そんなロマンチックなイメージがあるなら否定することもない。
「そりゃあ、誰とでもはできないでしょ」
「まあ、そうかな。じゃあ、どうぞ?」
「ありがと」
半分まで吸ったタバコをくわえたまま若菜に向ける。若菜もタバコをくわえたまま顔を寄せてくる。
タバコの先を合わせる為、髪を耳にかけて目線を下に向けた若菜の顔が近づく。部屋からの光で半分照らされたその顔がどこかなまめかしくて、どきっと心拍が早くなっていく。
「……」
ゆっくりと睫毛が上を向いて、光を反射してきらめく瞳が見えてくる。キラキラして、夜空みたいだ。
かーっと、馬鹿みたいに体温が上がるのがわかる。駄目だ。と意味もなく頭の中で警報がなるけど、もう手遅れだ。
若菜はショートボブの綺麗な黒髪をした、どこかとらえどころのない雰囲気のある人だ。だけどいつも柔らかな態度で、傍にいると優しく受け入れてもらっているような気になって、一緒に過ごす時間は心地よく感じられる。
若菜をいいなって思ってた。もう少し仲良くなりたいなって、ずっと感じていた。それがどういう気持ちなのか、具体的な言葉で言い表してはこなかった。
だけど、もうそんなあやふやさがもたらすどこかわくわくする気持ちは終わりだ。ああ、私は若菜のことが好きなんだって。頭で思うよりも先に実感させられてしまった。
「麗美、タバコ、吸ってよ?」
「あ、ご、ごめん。ぼーっとしてた」
若菜の瞳に吸い込まれるようにして恋を自覚して、私はタバコを吸うのを忘れていた。タバコは吸っている時が一番火が強くなるのだから、吸わないと火を移せないのだろう。したことないので知らなかったけど、考えればわかることだった。
私は慌てながら、自分の恋情を知られないよう目を伏せてタバコの先を見ながら煙を吸い込む。
ちりちりと小さな赤が光って、それが伝播するように若菜のタバコにうつっていく。
「……ふー。ありがと」
それを確認した若菜はすぐにタバコを離して、外を向いて息を吐いた。勢いよく白い煙が飛び出して、それにつられるように視線をむけると、若菜はにこりと微笑んだ。
タバコと不似合いなほど爽やかなその微笑みに、子供みたいに純粋で可愛らしくて、若菜の魅力的な顔をまた一つ知った気になって、ドキドキと早鐘のようになった私の心臓はちっともおさまりそうにない。
「……ふふっ、麗美さぁー」
「え、な、なに?」
自分が赤くなっているのは鏡を見なくてもわかるから、私はできるだけ自分の顔に影ができるようにしながら、上擦りそうな声をおさえて、どこか意味ありげに楽しそうな若菜に先を促す。
「私たち、付き合わない?」
「えっ……うん。いいけど?」
「んふ、いいんだ。あはは。ありがと」
……え? 今、恋人になった? これもう勝ったの? え? いやいや、落ち着け私。付き合うって、色んな意味があるよね? いやでも「私たち付き合わない?」は恋人しかないよね?
「……ふー。灰皿かして」
「はい」
いったん、吸い終わったタバコを捨てる。若菜のポケット灰皿は小さなポーチのような形状のものだ。自宅のベランダで吸うなら、それ用にもう少し大きなものを常備した方が便利な気もするけど、部屋も家具が少ないシンプルで広い使い方をしているから、若菜らしいのかも。
なんて風に違う方向へ思考を走らせてみて自分を落ち着かせる。
「ありがと。あのさ、若菜」
「んー? なに? もう一本ほしい? シガーキスいっとく?」
恋人になったとして、私のこと、好きってことなのか。でもどう聞けばいいのか。そう思いながらも灰皿を返して口を開く私に、若菜はどこかからかうようにしながら、ふっとタバコの煙をはいた。若菜のタバコはもう一口も吸えばなくなりそうだ。
「……どうせなら、シガーじゃないほうがいいんだけど」
若菜のタバコの先を目で追って、気づいたらそんな言葉が勝手に口から出ていた。言ってしまってから、恥ずかしくてたまらなくなってしまう。
でもまぎれもない本心で、キスするならそれはもう恋人で、遊びや冗談じゃなくてそう言うことができるくらい私のこと好きって思ってくれているわけで、私はとっさに、いや、冗談、とか出そうになった自分の口を強く結んでとめて、じっと若菜の反応をうかがう。
「んふ、ふふふ。……ふー。麗美、可愛いね」
私の言葉に若菜は一瞬目を丸くしたけど、すぐに笑ってから最後の一口をすませ、タバコを灰皿の中に入れてからポケットにいれて、空いた手をすっと私に向けてきた。
「……目、閉じてよ」
頬に触れた若菜の手は少しべたついていて、お互い、汗だくだ。ベランダは室外機の音もうるさくて、全然ロマンチックじゃない。
だけど、私の視界は若菜でうめつくされ、言われるまま目を閉じたら、そんな些細なことは気にならなくなる。
こうして私は初めてのキスを二回して、若菜と恋人になった。
〇
私は前、ちょっとやんちゃしていた。親を泣かせてから反省して、親孝行もかねて勉強していい大学にはいって、傷んだ髪を切ってからしている黒髪ショートカットで服装も地味目な格好をしている。元々服装にこだわりはなくてジャージで出歩いていたくらいなので、別に苦行と言うわけでもないしね。
ただタバコだけは昔のやんちゃが尾を引いていまだにやめられないでいる。今となっては合法なのだから問題ないはずだった。だけど大学生になってから出会った人はみんな、私がタバコを吸うことを意外そうにして、何故か嫌そうな反応を見せる人がほとんどだった。
私が見た目だけは取り繕って真面目そうに振舞っているから、それを見て知り合った相手の多くがタバコを吸ったこともないと言う人が多かったのだ。私はきっとどっちつかずに見えたのだろう。別に、タバコを吸おうが吸うまいが、私の中身はなにも変わらないというのに。
そんなわけで私は妙に浮いてしまって、なかなか親しい人を作れなかった。そんな中で親しくなれたのが麗美だった。
麗美とは授業のグループワークで知り合った。麗美は派手な見た目をしていて、あ、ギャルがいる。と最初に思ったくらいだ。
今はぱっと見はタイプが違うように見えるから、多分仲良くなることはないだろうなと思った。私のやんちゃは身内で集まって調子に乗ってる感じのやつで、社交性があるわけでもないし。
だけど何度か会うとその印象はだんだん変わっていった。髪を染めると言うのは、案外手間がかかるものだ。昔の私は不格好なプリン頭でそれすらカッコいいと思っていた恥ずかしい黒歴史がある。
麗美は昔の私とは違って、ちゃんとオシャレとしてやっているというか、いつ見ても綺麗な金髪をしていた。ギャルだと思った一番の要因である四つずつあるピアス穴も常に全部使うのではなく、服装と合わせていつも違うピアスで飾られていた。
ギャルとひとくくりにしてしまうなんて乱暴なカテゴライズだった。麗美はただ麗美なりのオシャレを楽しんでいるだけだ。授業態度はいつも真面目で、飲み会でも嗜む程度で人の面倒を見るような世話焼きなタイプだった。
そして私がタバコを吸っていても嫌がらない人だった。どんなに匂いに気を使っていても、非喫煙者には些細な匂いが鼻につくというのも理屈ではわかってる。でもそういうのも込みで、麗美は全然気にしなかった。食後に私が喫煙所に行くのも普通の顔で見送ってくれた。
いつもどこか淡々とした印象だったけど、麗美は何度か顔を合わせて親しくなると、私の顔を見るとぱっと表情を明るくするようになった。そんな風にわかりやすく好意を示されたことって今までなかった。
可愛い子だなって、素直に思った。おしゃれで綺麗な人だなって思ってたのに、麗美を知るほど、可愛いなこいつって感じることが増えて行った。
そして色んな顔を見せてくれるようになって、時々ぼんやり私を見ていることもあって、もしかして、私のこと好きなんじゃない? と思った瞬間、自覚した。
あ、これ、私が麗美のこと好きなやつだ。って。
よく目が合うのは私も見ているからだ。約束してなくても学食でしょっちゅう合流するのは、私も無意識で席を探すときに麗美を探しているからだ。麗美が私の言葉に嬉しそうにするのは、私が麗美に好意的なことを言うからだ。
自覚してしまうと、恥ずかしくなった。だけど嫌な気持ちじゃない。こういう気持ちになるものなんだと、楽しくすらあった。
「よかったら、うちにくる?」
だからそう誘ってみた。麗美は驚きながらも喜んでくれた。夕食を食べて、この後泊って行ってもらう。流れで泊まる感じになってしまったけど、実のところ一人暮らしになってから誰かを泊めたことはない。親もわざわざ泊まらなかったし。ソファがベッドになるし、夏用タオルケットは二枚あるから問題はないけれど、いざとなると何故だか緊張すらしてしまう。
ただの友達とは昔はしょっちゅう泊まりあっていたというか、集まった勢いで重なり合うくらいの雑魚寝だってよくしていたのに。この感覚の違いが、恋愛感情というものなのだろう。
「若菜、私にも一本くれない?」
夕食後、なんだかそわそわしてしまう気持ちを抑えようとベランダに出て一服しようとしたところ、麗美が出てきてそう言った。
今まで麗美が吸っているのを見たことがない。昔、似たようなことがあった。なついてきた後輩が、自分もと一本強請ってきた。仕方ないからあげると、初めてだったようでむせていた。あれはあれで、可愛らしい思い出でもある。でも無理に合わせられても、体にいいものではないし反応に困ってしまう。
「……ふーっ」
でも麗美が私と一緒にいたくて合わせようとしているならそれはそれで可愛いしなぁ。と思っていると、普通に吸ってしまった。火をつけるのに戸惑うことなく、むしろ金髪ってやっぱ喫煙が様になるなって貫禄すらある。
「ふーん、ほんとに吸うんだ」
「ん? なに、ほんとにって」
「んーん。無理してあわせてくれたのかなって、ちょっと思ったから」
「あー……別に、無理はしてないよ」
麗美はそう苦笑して否定した。私のある種失礼な言動にも大らかにそう答えてくれた。
思ってたのと違ったけれど、それはそれで嬉しい。別に、一緒にタバコを吸うことが親愛の証なんて馬鹿みたいなことを思っているわけじゃないけど、煙たがられることを考えると全然いい。
とそこまで考えて、名案が浮かんだ。昔、親が見ていた古い映画で、タバコの先をくっつけて火をつけたシーン。横目にちらっと見ただけでストーリーはなにもわからないけど、カッコいいなと印象に残っていたやつ。
あれ、麗美とやってみたい。正直に言って、麗美への気持ちを自覚してから持て余している。麗美もまた私を特別視してくれているに違いない。と半分くらい確信しているものの、告白のタイミングとか、二の足を踏んでしまっている。
今回のお泊りも絶好のチャンスという気持ちと、まずは気軽にお泊りしあう関係になってからという気持ちがあった。なのでとりあえず自然な流れでいい雰囲気にもっていくのは様子見として丁度いいのではないだろうか。
「あのさ、シガーキスしていい?」
なのでストレートにそうお願いしてみた。それに麗美は一瞬きょとんとしてからどこかぎこちなく目線をさまよわせてから頷いた。
「あ、あー、はいはい。いいけど」
私は吸い終わった吸い殻を手の中の灰皿に入れて新しいのを出しながら、可愛い態度にくすっと笑う。無理して平静を装っているようだけど、動揺しているのが丸わかりだ。
こういう感情が分かりやすいところ、ほんとに可愛い。黙って真顔でいると美人系なのでギャップで撫でまわしたくなってしまう。でもそれを指摘しまうと恥ずかしがってしてくれないかもしれないから、気づいていないふりをする。
「じゃあ、どうぞ?」
「ありがと」
麗美はどこか恥じらいながらも、私にくわえたタバコの先を向けた。新品のタバコをくわえた状態で顔を寄せる。じっと麗美の目が私を見ているのを感じて、麗美からの好意にドキドキしながらそっとタバコの先を当てる。
「……」
軽く吸い込みながら、そっと麗美を見る。至近距離で見る麗美は、目からビームが出てるんじゃないかってくらい熱視線を私に向けてくれている。
私と目が合うのが予想外だったみたいに一瞬目を見開いてから、室内からの明かりだけで照らされる薄暗い中でもわかるくらい、かっと赤くなった。
なんて、可愛い子なんだろう。そう思いながら煙草の先を見て、笑ってしまいそうになるのを我慢する。全然吸ってなくて、麗美のタバコはついてるのかわかりにくいくらいだ。
「麗美、タバコ、吸ってよ?」
「あ、ご、ごめん。ぼーっとしてた」
できるだけ優しく、静かに指摘するとはっとしたようにしながら麗美がタバコを吸った。真っ赤なまま慌てたようにしながら目を伏せていて、睫毛が影を落とした。それに見とれそうになりながら、小さな赤い明かりに吸い寄せられるようにして私もタバコを吸った。
その瞬間、麗美の思いの熱までうつってしまった気になった。そんなことしなくたって、もうとっくに、私の胸の中は熱い思いがうずまいていたのに。
「……ふー。ありがと」
ドキドキと飛び出そうな鼓動を落ち着ける為、タバコを離して吸った煙を吐き出す。いつものタバコを吸った時の楽しさと違い、落ち着かないような楽しさだった。
ああ、本当に、恋ってこんなに楽しいんだ。いつもの日常でも、十分楽しい日々だった。大きな不満はなく、大きな欲求もなくて、それなりに満たされていた。
でも今、明らかに足りないって確信した。もっともっと、この楽しさを味わいたい。
「ふふっ、麗美さぁー」
「え、な、なに?」
だから私は、気持ちのままついつい笑顔になってしまいながら、自分で想像していた以上に明るい声がでてしまうのが自分でおかしくなりながら、心からの気持ちを伝えた。
「私たち、付き合わない?」
「えっ……うん。いいけど?」
「んふ、いいんだ。あはは。ありがと」
そんな私のお誘いに、麗美は驚いた顔のまま戸惑ったようにしながらそんな返事をした。告白の返事と思えないような言葉。だけど麗美の気持ち、ちゃんと伝わっているから。
驚いて混乱していても、反射的に私の告白にNOって言わないところ、ほんと、可愛くてつい笑ってしまった。
「……ふー。灰皿かして」
「はい」
そんな私に、麗美は羞恥をごまかそうとしているのか、最後の一口を吸った。短くなったそれを、慣れた様子で渡した灰皿にいれている。それで少しは気持ちを立て直したらしい。まだ赤みが残った顔のまま、麗美は私をまっすぐに見つめ返しながら灰皿を返してくる。
「ありがと。あのさ、若菜」
「んー? なに? もう一本ほしい? シガーキスいっとく?」
「……どうせなら、シガーじゃないほうがいいんだけど」
そんな麗美もいいのだけど、照れてる麗美の可愛さをもう少し楽しみたくてからかってみたところ、返ってきたのはそんな言葉だった。
トキメキのせいかいつもより早く吸ってしまって私のタバコも半分をきってしまっていて、自分の残量を確認しながら聞いていたので、自分のタバコをつまんでから麗美を見る。麗美はじっと、また真っ赤になったまま、だけどじっと私を見つめている。
そのどこか必死なくらい可愛い顔に、私の頭の中で考えていた順序とか色々が全部崩れていった。でもそんなの、今更だろう。
麗美に会うまで、誰かを好きになるとか、恋人をつくるとか、そんなこと考えてなかった。とりあえず大学を出ていい会社にはいって親を安心させてあげようって思っていた。
でも今は、まあもちろん大学はでるし、就職活動もするけど。でも今、私の頭の中は麗美でいっぱいだ。今は、麗美のことしか考えられない。
「んふ、ふふふ。……ふー。麗美、可愛いね」
馬鹿になってしまいそうな気さえするけど、何故かそれすら楽しい。だから私は笑ってから最後の一口をすませる。
タバコの煙を吸うと、心地よい味わいが胸を満たして、吐き出すと脳がクリアになったような気持ちよさがある。それが好きで、癖になってタバコをやめられないでいる。
だけど今だけは、そんな余韻を楽しむことなく、私はタバコを灰皿の中に入れて片づけた。
そして麗美に向かって手を伸ばす。触れたその頬の熱さが、まるで麗美の恋心みたいだ。そしてお互いの汗でべたつくのが、私の執着する気持ちみたいだ。なんて思いながら顔を寄せるけど、麗美は真っ赤になりながらもなかなか目を閉じてくれない。
「……目、閉じてよ」
さすがに気恥ずかしくてそう言うと、麗美はぎゅっと目を閉じた。その子供みたいな反応にまたおかしくなりながら、そっと唇をよせた。
そして私はこの日、麗美の全部を味わった。
そしてこの夏、麗美とほとんど同棲みたいに毎日一緒に過ごした結果、家でタバコを吸う度に麗美がついてきてキスをするので意図せず禁煙させられてしまうのだけど、それはまた別の話だ。