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エッセイ・短編 命・言葉・愛・感謝・希望等をテーマにした作品です

あかし

作者: ぽんこつ

私が写真を撮り始めたのは、ある空間の景色に涙したから。

初めて訪れた場所なのに、自然と頬を温かい雫が伝わっていた。

目の前に広がる、凪いだ海、広く大きい空、遠くに山々が広がり、水面には数多の船が行き交う。

くすんだ感情でも、キレイなものはキレイに見える。

「なんてキレイなんだろ」

少し肌寒い風が髪をなで、目に溜まった物をさらって行った。

この場所は山の上にあるお寺。

下から目にした時、あんなところにお寺があるんだ。

そう思って一時間以上かけてのぼった。

帰り際、ご住職が声をかけてくれた。

お堂でお経をあげて下さり、いきなりこんな話を切り出された。

「日本人は自殺が多いでしょ、みんな優しすぎるんだよね……」

初対面にしては、気まずそうな話題。

だけど、私には直結する話だったから驚いた。

「自分と戦うための剣を持つんです。そして、その剣で自分を守るんです。誰も最後は守ってはくれない。自分を信じてあげる事を諦めちゃいけないんですよ」

澄み渡るような、やさしい、やさしい声だった。

そう、旅をして、死ぬつもりだった私。

ある映画で見た景色がキレイだったから。

最後に自分の目で見たくて。

でも、もう少しだけ生きてみようと思った。

取り柄なんてないけれど、自分がここに生きたという物を何かに残したくて、私はカメラを手に取った。

そして数か月後、またあの場所を訪れた。

なぜか心が落ち着いて、体の中が喜んでいる気がする。

そう魂が。

そうしたら、ご住職は覚えていてくれた。

こんな一度きりの訪問者のことを。

今思えば、もしかしたら、ご住職は私に何かを感じて、あのような話をして下さったのだとさえ思えてしまう。

それから、ご住職の言葉と写真を撮ることを胸に生きていけた。

そして、当たり前のように、その場所へ何度も運ぶようになり。

ブログとインスタを初めてみた。

昔から文章を書くのが好きだったことを思い出し、出来る限りの言葉を添えて投稿を続けた。

ブログの方でわずかながら読者がついて、ありがたいことに応援してくれた。

写真を褒めてくれる人もいた。

でも私は思っていた。

——これは、私じゃなくて被写体がキレイなんだよって。

ここに来れば、きっと誰でも撮れるし、見られるんだよって。

そんな気持ちで、シャッターを切っていた。

気が付くとインスタの方は意外にもフォロワーが3000人程にもなっていた。

その頃からキレイなものを撮らなくちゃって。

私の意識が少しずつ変わっていって。

いいねの数に目がいくようになって。

他人の写真を見るたび、自分に嫌気がさしていった。

少しずつ澱がたまっていって、数年後、知らないうちにクセになったみたいに、心がすさんでいく。

たぶん、感謝より義務のほうが強くなっていたんだと思う。

気付くと、あれだけキレイだと思っていた風景に心が感応しなくなっていった。

私は、そっとカメラを置いた。

結局、ブログもインスタも投稿する事はなくなり、

でも、写真達には罪はないし、私の記録だからと、残したままにしておいた。

読者の何人かは心配してメッセージをくれたけど、その差し伸べられた手さえ、その時の私は掴むことが出来なかった。

ダメな私。

何年もそういう想いで生きながらえていた。

ある時、私を救ってくれたその空間をモチーフにした作品を書き始めた。

これも私がここに生きた証として。

投稿はしてみたものの、読んでくれるような魅力的な文章が書けている訳でもないから。

でもね、それでよかった、目的は存在証明なんだから。

でも次第に書くことが面白くなっていって、次のページをめくるように、次を書いていったんだ。

ある一つの作品のアイデアが沸いてその作品を書きあげて、

自己満足の境地になった物語。

一人、何度も読み返しては、直して、また泣いて。

そう、それで私は満足だった。

だって、それが私の生きた証なんだから。

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