座敷童の言い伝え
「今日も満員御礼!千客万来!座敷童様様じゃ!」
「各階の会議室もホールも月末まで予約済みですね」
「貸しビルの管理は任せたからな!しっかり頼むぞ!」
左うちわのオーナーは管理人に念を押す。
「かしこまりました」
管理人は深々と頭を下げオーナーを見送った。
「ふー、やっと終わったよ」
管理室に戻った管理人は席に座って言葉を漏らす。
「主任、お疲れ様です。オーナー帰りました?」
若者が管理人をねぎらう。
「ああ。上機嫌で帰ってくれたよ」
管理人も一息つきながら答える。
「座敷童がどうのこうのと言っておったろ?」
「よくご存じで」
「儂の情報網にかかればこれぐらいはのう」
「さすがビルが建った時からいるだけはありますね」
「主任は譲ったがの。儂らの努力の成果じゃよ」
好々爺の年長者が管理人をいたわる。
「っとメールだ」
「どこからです?」
「俺たちと同じ外部委託の病院チームから」
そういうと管理人はパソコンを操作し内容を読む。
「結核と百日咳と風疹流行の兆しありだとさ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「二類感染症と五類感染症2つの話、聞いたかね?」
「結核が二類で百日咳と風疹が五類の話ですね」
「そうだ。収益が倍増してるこの時期に限って……」
苛立たしげにオーナーは口にする。
「感染症対策はなにかしているのかね?」
「はい。各階に消毒液をふたつ準備してます」
「ふたつ?」
「大人用と子ども用です」
「なるほど座敷童用か!」
管理人の言葉にオーナーは冷静さを取り戻した。
「それと管理側はマスクと湿度の管理を徹底します」
「マスクか。サービス業なら顔は出してもらいたい」
「マスクは飛沫感染と接触感染を防ぐアイテムです」
難色を示すオーナーに管理人は助言をする。
「接触感染?」
「ものに手をあてたあと後鼻や口に行くことがあります」
「手をあてたものに細菌やウイルスがいれば感染する?」
オーナーの言葉に管理人は首を縦に振る。
「わかった。管理は任せよう」
「ありがとうございます」
「座敷童が留まるようしっかり管理を頼むよ!」
そう言い残しオーナーは去っていった。
管理人は大きく息を吐き、管理室へと帰る。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「利用者……減ってきてますね」
若者が本日の部屋の使用状況を見てつぶやく。
「感染症3つだからな」
管理人は若者を励まして資料を手に取る。
「儂たちはなにをすればいいかの?」
「そうですね、湿度管理を徹底しましょうか」
「湿度管理ですか?」
聞いてきた若者に管理人は手を止めて答える。
「建築物における衛生的環境の確保に関する法律に」
該当部分を開いて管理人は若者に手渡す。
「湿度の基準は40~70%とある」
「なら70%で行きます?」
「高すぎるな。それは」
「?どうしてです?」
「こういうのは平均を保つのさ。50~55%かな」
首をかしげる若者に管理人は優しく答える。
「例えばな、湿度30%ではウイルスが活性化する」
「埃も舞うし静電気なども起きやすいのう」
「ならなんで下限を設けるんです?」
「食料や薬品の保管かな」
「ああいうところは乾燥した場所がいいからの」
若者の疑問に管理人と年長者は口々に答える。
「なら湿度が高い場合のリスクは?」
「ああそれはだな――」
「おはようございまーす」
説明しようとすると夜勤者たちが顔を見せた。
★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ひとまずは湿度管理の徹底っと」
若者は巡回時に温度計と湿度計を取り出す。
各階は機械で湿度は管理している。
『センサーの劣化に備えて巡回時にも測定しよう』
巡回回数を増やし点検表に温度と湿度を書き込む。
値を見て加湿器の給水を都度増減していった。
『各階の使用率から換気扇の出力を調整するぞ』
省エネも意識すると管理人は言う。
使用率の高いフロアは出力を高く設定する。
低いエリアでは出力を抑え気味に設定していく。
「照明も安全が確保できる明るさで省エネっと」
★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「感染症3つが猛威をふるってますね……」
「リピーターが多いのがせめてもの救いかのう」
「利用者が減る中でこれはうれしいですね」
管理スタッフが現状を憂う。
そんなある日、管理人はオーナーに呼び出された。
「閑古鳥が鳴いている!どうして空室が多い!」
オーナーの雷が管理人に落ちる。
「改善案はあるかね!?あるならいってみたまえ!」
管理人にオーナーは意見を求めた。
「それでしたら」
管理人は重たい空気の中あえて口を開く。
「風疹などの予防接種を呼び掛けてみては?」
「門外漢が口をはさむのかね!」
管理人の意見をオーナーは一蹴した。
「風疹の予防接種は任意!自己責任だ!」
「予防接種を受けそびれた谷間の世代もいますので」
「まだいうか!ええい腹立たしい!管理は交代だ!」
★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆
「なんですかそれ!オーナー横暴すぎですよ!」
「子どもが欲しいなら風疹の予防は受けますよねえ」
管理人の報告にスタッフが騒ぎ出した。
「管理体制の一新が狙いじゃな」
外に出ていた年長者が騒ぎに水を差す。
「情報網からですか?」
「そうじゃ。すでに答えが出ておる質問じゃったな」
「どう答えても一緒だったと?」
「かものう。儲かってた時代が恋しいのじゃろう」
年長者は遠い目を答えた。
「まあ幼児にジュースを与えるのと一緒じゃよ」
「というと?」
「ジュースは甘いという記憶が脳に焼き付くんじゃ」
「だから欲しがるのか……この場合どうすれば?」
「水で甘味を薄めたり赤ちゃん用を買ったりじゃな」
年長者の言葉を管理人は自分に置き換えて考える。
「さて、儂も異動先についていって良いかの?」
年長者が驚くことを口にした。
「情報によれば日勤夜勤を24時間にするそうじゃ」
「本当に一新する気かよ……」
「この歳で24時間勤務はこたえるのでな」
ほっほっほと笑ってから年長者は話を続ける。
「70までは働きたいしどうかの?」
「わかりました。上と相談してみます」
「なら俺も!」
スタッフが次々に年長者に続く。
「みんな……」
「体制変えるなら全員異動がやりやすいっしょ?」
「わかった――っと上から電話だ。要望は伝えとく」
★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆
オーナーは承認し、管理は新体制に移行する。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆
引継ぎを終えた新しい管理人は頭を悩ませていた。
「今までの業務は日勤夜勤で人がいたからだよなあ」
「24時間勤務で人数も削られましたからね……」
「時間と余裕のあるときに変えるか、これは」
新しい管理人は答えを出す。
「それと加湿は常時全開。換気扇もな」
「よろしいので?」
「オーナーの希望だ。反発したら前任者の二の舞だ」
「同じ轍を踏むのを避けたいんですね」
「そうだ。座敷童もいるしなんとかなるだろう」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆
「盛者必衰とはこのことかねえ……」
しばらくして貸しビルは取り壊しが決まった。
「漢字二文字でなんていうんでしたっけ?周落?」
「冫を入れて凋落かな」
「まあ凋落は常用外漢字だ。知ってるだけ立派だぞ」
「ありがとうございます。えーと今日の業務は……」
「二人で狭い場所のダクトとかの運搬だな」
ダクトってなんですかと若い作業者が聞く。
エアコンの通り道と髭の作業者は歩きながら答える。
「ビルは広いから機械も大きいのさ。これから運ぶか」
「うわっ!錆とカビ臭っ!ステンレスなのに?」
「水の使い過ぎだな。ステンレスだって錆びるさ」
ダクトからの匂いに若い作業者はマスク越しに叫ぶ
「ステンレスと水の接触面から錆びていくぞ」
「加湿のやりすぎですか?」
「そうなるな。座敷童も去るわけだ」
在りし日のビルの姿を二人は想像する。
「湿度高いとダクトの中にカビや細菌がわくからな」
「肺に病気のある人は大変ですね……」
「そうだな。それに天気痛って神経症もでるし」
「ああ天気や気圧や気温で頭が痛くなるやつですね」
「そ。前ここ使ったときは壁紙がはがれててな」
髭の作業者は末期の古めかしさを語っていく。
「ま湿度は銭湯の脱衣所とかも70%以下でってね」
「救急車もよく来てたそうですよ」
二人はゆっくりと解体作業を進めていった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「まさか全員同じ場所に異動が通るなんて……」
「苦あれば楽あり、楽あれば苦ありですね」
「そうですね、魚心あれば水心ともいいますね」
元貸しビルの管理チームは念願はかなっていた。
がやがやとにぎやかに管理スタッフは話し合う。
「今はショッピングモールですから――」
そこに管理人が姿を見せた。
「あ、お帰りなさい。どうでした?」
「今度のオーナーは話が通じやすくて助かるよ」
管理人は朗らかに笑うと年長者を探す。
「ああ。ネットワークづくりに出かけました」
「助かる。異業種間の交流は結構役立つんだわ」
管理人はオーナーからの伝達事項を始める。
「今度もここに座敷童来てくれるといいですね」
「そうだな。来てくれるよう管理に勤しむぞ」
「はい!」
管理室の中で元気な声が響いていた。




