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第19話 引けない理由が、できたから

 翌朝。


 校門までの道を、俺はいつもよりスローペースで歩いていた。

 空は晴れてるのに、気分はどんより曇り空。


(……なんなんだよ、昨日の御門)


 思い出そうとしなくても、勝手に脳内でリプレイされるあの場面。

 あの距離感。あの笑顔。あのセリフ。


(エリザベートのやつ、断ってはいたけど……なんか、引っかかる)


 本当なら、こういう朝は隣に彼女がいるはずだった。


 でも今日は「先に行ってて」とだけメッセージが来て、それきりだった。

 理由は書かれていなかったが、たぶん……昨日のことと、無関係ではない気がする。


 そんな思考の渦に沈みかけていたところに、ひょいっと背後から明るい声が飛んできた。


「おはよー翔馬君! ……って、なにその顔。まさか寝坊?」


 ミアだった。


 振り返ると、制服のスカートをひらっとさせながら、リズムよく歩いてくる彼女。

 今日もボタンを一個開けた襟元からは、ちらちらと鎖骨が覗いていて、目のやり場に困る。


「……別に」


 いつもなら、何かしら軽口を返すところだけど、今朝はどうにもテンションが上がらない。


「なにそれ、珍しく目が死んでるけど?」


 ミアは俺の顔を覗き込むようにしてジト目を向けてきた。上目づかいが無駄に色っぽい。


「……なんでもない」


 そう言いながら前を向き直すと、ミアが俺の歩幅に合わせて並んでくる。

 すっと腕が触れるくらいの距離で、無言でついてくるのが逆に落ち着かない。


「ねえ、エリザベートさんってさ、翔馬君以外の男子と話すとき、ちょっと声のトーン変わるよね」


「変わってねーよ」


 反射的に返した声が、思ったより大きくなってしまった。

 顔がじわっと熱くなる。


「ふーん、そういうの気になるんだ?」


 ミアはにやっと笑いながら、俺の顔にぐいっと顔を近づけてくる。


「もしかして嫉妬? それとも独占欲? ……あー、どっちもアリだなぁ♡」


 わざと耳元でささやいてくるミアの吐息が首筋にかかって、思わず肩がビクッとなる。


「お、おまっ……」


 声にならない言葉を飲み込んでいると、ミアが唇を小さく尖らせて——


「……かわいい」


 その囁きに、俺は完全に固まった。


 そして、ミアはそのまま俺のシャツの袖を軽く引っぱりながら、くすっと笑う。


「ねえ翔馬君、そうやって反応するの、反則なんだけど。……朝からドキドキさせないでよ?」


(どっちがだよ……!)


 俺は黙ったまま前を向き直し、無言で歩き続けた。

 ミアは何も言わず、でも明らかにニヤついたまま、俺の隣を小さくステップを踏むような足取りでついてきた。


 そんな朝のテンションを引きずったまま、一日が終わり、放課後になった。


 教室で荷物をまとめ、ふと見た窓の外はすっかり夕焼け色だった。

 なんとなく気分は晴れないままだったが、靴を取りに行くため、俺は下駄箱へ向かう。


 下足室に足を踏み入れると、ちょうどそこに、見覚えのある銀髪が視界に入った。


「あ、翔馬」


 エリザベートだった。

 俺に気づくと、いつもと変わらないような声で名前を呼んできた。

 けれどその笑みは、どこか作り物のように見えたのは、俺の気のせいだろうか。


「よう。……今日は先に帰らなかったんだな」


「ええ。たまたま用事が早く済んだから」


 短いやりとり。

 言葉を交わせば交わすほど、どこかぎこちない距離が浮き彫りになる。

 昨日の、生徒会室の前で感じた胸のざわめきが、また戻ってくる。


 何か言わなきゃ。そう思った瞬間——


「やあ、エリザベートさん。昨日の話はどうなったかな?」


 割り込むように、その声が響いた。


 御門隼人。


 整った制服、姿勢、そして完璧なタイミング。

 まるで計算され尽くしたかのような一歩で、彼は俺たちの会話の輪に滑り込んできた。


「……御門君」


 エリザベートの表情がわずかに引き締まる。微かに視線を逸らしたのが印象的だった。


 御門はにこやかに微笑みながらも、その目の奥は冷静にこちらの反応を観察しているようだった。


「そして翔馬君は……ふふっ。昨日ぶりかな?」


 相変わらずの爽やかスマイル。だが、その声音の裏に、どこか“試すような意図”が隠れているのを俺は見逃さなかった。


「ああ……」


 俺も表情は変えず、目線をそらさずに短く返す。


「僕、好きな子にはストレートに行く主義なんだ。……もし君が選ばないなら、僕がもらうよ」


 さらりとした調子で、だけどそのまなざしは真っすぐにエリザベートを射抜いていた。


 そして——


 御門は俺の肩に軽く手を置くと、ほんの少し身を寄せてきた。


「遠慮なんて、しないから」


 耳元に届くその低い囁きに、思わず肩がこわばった。


 御門は一歩下がると、軽く手を振りながら、その場をすっと離れていった。


 その背中はどこまでも堂々としていて、まるで自分が“勝つ側”だと信じて疑っていないようだった。


「……っ」


 俺は呆然としながら、その後ろ姿を見送った。


(なんだあいつ……マジで本気かよ)


 無意識に握った拳に、爪が食い込むほど力が入っていた。


 隣のエリザベートも何か言いかけて、唇を開いたまま言葉を失う。


「……気にしないで」


 ようやく絞り出すようにそう言った彼女の声は、小さく震えていた。

 でもその横顔は、悔しさなのか、それとも迷いなのか——俺には、まだわからなかった。


 けどひとつだけ、確かに言えることがある。


(……本気で狙ってきてる。なら——俺も、引かねえ)


 あの御門隼人が、あそこまで踏み込んできたってことは、もうこれはただの“気のせい”とか“勘違い”で片づけていいレベルじゃない。


 胸の奥に、熱い何かが湧きあがってくる。

 言葉じゃなく、感情だけが先に走る。


 もう、見てるだけじゃダメだ。

 誤魔化すのも、流されるのも、やめよう。


(絶対、渡さない)


 拳を強く握りしめたまま、俺は夕暮れの下足室をあとにした。

 俺の中で、何かが静かに、でも確かに始まっていた。


 ——恋の三角関係は、もう“始まってる”。

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