第17話 美少女×2で一触即発?
そうしてゲーセンでひとしきり遊んだあとは、近くのファストフード店へ。
店内は放課後の学生たちで混み合っていたが、窓際のカウンター席にうまく滑り込む。
「はい、ポテトはシェアで。ドリンクは……あ、ストロー2本もらっといたからね」
「え、いや、別に1人1ドリンクでよくないか?」
「えっ、何言ってんの? こういうのは雰囲気が大事なの、雰囲気!」
ミアはポテトを俺の方にぐいっと押しながら、自然にドリンクを真ん中に置いた。
「ほら、ひとくちずつ交代で飲も。あ、ポテトも。はい、あーん」
「いやいやいや! さすがに恥ずかしいだろ、それは!」
「うわー、慣れてなさすぎて逆にかわいいんだけど。……もしかして、こういうの初めて?」
俺が反論できずに視線を逸らすと、ミアはくすっと笑って、ポテトを1本つまんで自分の口に運んだ。
「ふふっ、翔馬君ってさ、ほんと素直だよね。わかりやすいし、リアクションもおもしろいし」
「……からかって楽しんでるだけだろ」
「ま、楽しんでるのは否定しないけど? でもね……そういうところ、嫌いじゃないよ」
急に真顔でそんなことを言うから、俺は思わず言葉を失う。
そのあとミアはすぐに視線をそらし、ストローをくるくると指でいじりながら続けた。
「偶然、教室で翔馬君に会ったでしょ? あれ、なんかちょっと不思議な気がしてて……」
「不思議?」
「うん。偶然ってさ、本当は偶然じゃなくて、ちゃんと意味があるのかもって思う時、ない?」
その言葉に、俺は一瞬だけ答えに迷った。
「……信じたいって思うことはあるかな」
ミアは嬉しそうに笑って、ポテトをもう1本つまんだ。
ポテトを食べ終えたあとは、ふたりとも何となく口数が減って、ドリンクをちゅーっと吸う音だけがしばらく続いた。
店内のざわめきも、BGMも遠くに感じる。
ミアは肘をついたまま、ストローをくるくる回しながら言った。
「そういえばさ、宝くじ。当たったって言ってたよね」
「え? あ、ああ……うん」
唐突な話題に一瞬驚いたけど、そういえばきっかけは彼女の一言だった。
「ちゃんとお礼、言ってなかったなって……あの時、あんなの当たるわけないって思ってたけど。ほんとに、ありがとな」
俺が頭を下げると、ミアは少しだけ驚いた顔をして、すぐににっこり笑った。
「どういたしまして。翔馬君が信じたから、ちゃんと結果がついてきただけだよ」
その言い方がなんか照れくさくて、俺は視線を逸らした。
……その時だった。
「ねえ翔馬君」
ふいに、ミアが身を乗り出してきた。
その距離、近い。近すぎる。
「私のこと、女として見てる?」
「……は?」
言葉が出なかった。思考が一瞬で吹き飛んだ。
ミアは俺の目をじっと見つめたまま、まるで試すように小さく笑った。
「ふふっ、答えは聞いてないから。いまはね」
そう言って、ドリンクに口をつけながら、目だけをこちらに向けていた。
「でも、いつか聞くから。……そのときは、ちゃんと答えてね?」
それが冗談なのか本気なのか、俺には判断がつかなかった。ただ、胸の奥がやけに騒がしかったのは、確かだった。
ファストフード店を出て、駅前の通りを並んで歩く。
風は少し冷たくなってきたけど、妙に体が熱くて落ち着かない。さっきのミアの言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。
(……女として見てるかって……あんなの、聞き方ずるいだろ)
隣を歩くミアは、何事もなかったようにスマホをいじってる。けど、ちょっとだけ口角が上がっているように見えるのは、たぶん気のせいじゃない。
そんなときだった。
「……あら?」
前方から、聞き慣れた声がした。
顔を上げると、そこにはエリザベートが立っていた。制服姿のまま、コンビニ袋を片手に持って、目をぱちくりさせている。
「エ、エリザベート!?」
変な声が出た。なんでここで遭遇するんだ。いや、別に悪いことしてないけど、してないけどっ!
「な、なにもやましいことはしてないからなっ!」
完全に逆効果な一言だった。
エリザベートの視線が、ミアへと移る。
ミアはというと、俺の腕にそっと手を添えたまま、にこっと笑って言った。
「今日はすっごく楽しかったの♪ エリザベートさんは一人でお買い物?」
その無邪気さと挑発のギリギリの境界線みたいな笑顔。
エリザベートは一瞬だけ沈黙したあと、小さく呟くように言った。
「……へぇ?」
その言葉の裏に何があるのか、俺にはうまく読み取れなかったけど。
ミアは俺の腕を離すと、ひとつウィンクして。
「恋って、勝負だから」
俺の耳元でそれだけを小声で言って、ひらりと手を振りながら去っていった。
残された俺とエリザベートの間に、変な沈黙が流れる。
(……今日、なんかやばい気がする)
ミアが去ったあと、その場に残された俺とエリザベートの間に、沈黙が落ちた。
風がふわりと吹いて、秋の夜気が制服の袖をなでていく。
「……あいつ、ほんと何考えてんだか……」
俺がぼそっと呟くと、エリザベートは前を向いたまま、静かに言った。
「……でも、翔馬。嬉しそうだったわ」
「っ……」
言葉に詰まって、思わず足が止まる。
エリザベートも、少しだけ歩を緩めて振り返った。
「……あの子と一緒にいると、ドキドキした?」
冗談めかして言ったその声は、どこかほんの少しだけ震えているようにも聞こえた。
俺は何も返せずに、ただ視線を落とすしかなかった。
エリザベートはふっと息を吐いて、わざと軽い調子で言う。
「今度は私も遊びに連れて行きなさいよ」
「……お、おう」
「絶対よ。……約束だからね」
そう言って、エリザベートは俺の顔を一瞬だけ見上げて、くるりと背を向けた。
その後ろ姿は、いつもよりちょっとだけ頼りなさそうで。
でも、なぜか目が離せなかった。
(……なんなんだよ、ほんと)
ミアの言葉も、エリザベートの視線も、全部が胸の奥でぐるぐると渦を巻いていた。
どっちが正解なんて、今の俺にはまだわからない。
でも、きっと——もう他人のままでいられる段階じゃないんだろうなって。
そんな予感だけが、静かに胸の奥に残っていた。