第1話 人生逆転の始まり
秋の朝は寒い。冷たい風が、穴の開いたスニーカーから俺の足を直撃する。
「はぁ……寒っ……」
新聞配達の帰り道。まだ日の光がぼんやりと差し込む前、霧がかかった坂道を自転車で登りきると、視界に現れるのは——あの豪邸。
丘の上、白亜の壁に金色の装飾、広大な庭に噴水付き。あれが“鳳条院家”、この街でも有名な財閥の象徴であり、俺のクラスメイトの家だ。
「……いつか、あんな家に住めたらな」
思わず口にした呟きが冷たい空気に溶けていった。
俺は高坂翔馬、高校二年生。
極貧生活、夢はでっかく「家族全員で笑って暮らせる家を持つこと」。
でも現実は、壁にひびが入ったボロアパート生活で、バイト代は海外で難病の治療を受けている、母の治療費に消える。
「ただいま~!」
アパートに帰ると、姉ちゃんが味噌汁の匂いと一緒に「おかえり!」と笑顔で出迎えてくれる。小さなこたつ、薄いカーテン、隙間風。だけどその笑顔があるから、まだ頑張れる。
だけど……正直、このままじゃ何も変わらない。何度も胸の奥でくすぶる思いが、また熱くなる。
——そして学校。
教室に入れば、俺の席は窓際の一番後ろ。目立たず静かに過ごすポジションだ。授業中は黒板を眺めつつ、心の中でバイトの段取りを考えたり、昼休みは机に突っ伏して寝たふりをすることも多い。
クラスの中心にいるのは、いつもあの存在感たっぷりな人——鳳条院エリザベート。銀髪に透き通る肌、誰もが振り返る美貌、そして時折見せる高飛車な物言いさえもなぜか許されてしまう圧倒的オーラ。
……なのに、今日は珍しくその席が空っぽだった。
「鳳条院さん、どうしたんだろうな」
昼休み、隣の席の佐藤が小声で呟く。
「確かに。休むなんて滅多にないよな」
クラスメイトたちもざわついていた。
いつも完璧で、どんな時でも涼しい顔をしていたあの人が、姿を見せない。
何かあったのか——いや、俺には関係ない。そう思いながらも、どこか胸がざわつく。
教室の窓から見える丘の上の豪邸を、ふと見上げてしまった。
◆
放課後の学校は、秋風に舞う落ち葉の音だけが静かに響いていた。
今日はバイトも無いし、久々にゆっくりできる。そんなことを考えながら駐輪場へと向かっていた時だった。
「あなた、運命に愛されてる顔してるわよ」
唐突な声に振り返ると、そこには鮮やかな金髪を風になびかせ、不敵な笑みを浮かべる美少女がいた。ぱっちりとした瞳に短めのスカート。
っていうか運命に愛されてるってナニ?
こんな不思議ちゃん、学校に居たっけ?
なんかヤバそうな雰囲気あるし、無視して帰ろうかな……。
「あっ、ちょっと待ってよ! 私は二年B組の紅蓮寺ミア。転校生なの」
「隣のクラスの?」
「そう。貴方はA組の高坂君でしょ?」
……どうして俺のことを知っているんだろう?
「ふふっ、驚いた? 私、運命に導かれてここに来たの。だから、あなたのことも知っていて当然」
そう言ってウィンクする彼女は、軽やかに一歩近づいてくる。ほんのり香る甘い匂いに、不意に心臓が跳ねた。
「ねえ、高坂君。私と少し、運試ししない?」
そう言いながら彼女が制服のポケットから取り出したのは、十数枚のトランプ。……いやタロットカード?
彼女の指が優雅にカードを広げ、それらを俺の目の前に突き出した。
……意味不明すぎん?
「選んで」
「え?」
「一枚。ここから選んでみて」
戸惑っていると、さらにずいっと目の前にカードを押し付けられた。
……仕方ない。
やらないと解放してくれなさそうだし、さっさと選んで帰宅しよう。
俺は適当に一枚を選び、取り出した。
「……歯車の絵?」
「FORTUNE——運命の輪。そうね、ラッキーアイテムは宝くじ、かな」
「は? いや、宝くじって……そんな無駄遣いしてる余裕ないよ」
思わず呆れた声を漏らした俺に、ミアはぐっと顔を近づけて囁いた。
「ふーん? そうやって人生逆転のチャンスを逃すんだ?」
「なっ……!?」
思わずムッとした俺を見て、彼女は楽しげに微笑んだ。
「まぁ信じるか信じないか、あなたの自由だけどね?」
彼女が去った後、俺は夕陽が沈む空を見ながら考え込んだ。
——そうだよな。どうせ詰みかけた人生なら、一発逆転を狙ってみてもアリか。
自分自身に苦笑いしながら、俺は心のどこかで新しい何かが動き始めたのを感じていた。
◆
数日後、俺はいつも通り朝の新聞配達のバイトをしていた。眠い目をこすりながら自転車のカゴに新聞を詰めていると、配達中の朝刊の一面がふと目に入った。
『史上最高額! 宝くじ当選番号発表』
「あ、この前買ったやつだっけ……」
何気なくポケットに入れていた宝くじを取り出し、番号を照らし合わせる。
「えっ……!?」
震える手で再度番号を確認し、膝から崩れ落ちる。
「……まさか……本当に?」
現実感がないまま、呆然と数秒間その場に座り込んだ後、我に返って慌てて自転車を家へと走らせた。
「姉ちゃん! 姉ちゃん!」
玄関を勢いよく開けると、姉ちゃんが驚いた顔で飛び出してきた。
「翔馬、どうしたのよ朝っぱらから!」
「宝くじ! 当たったんだ! 俺たち、お金持ちになったんだよ!」
姉ちゃんは一瞬固まり、「アンタ、夢じゃないでしょうね?」と疑いの眼差しを向けたが、スマホの画面を見せると信じられないように目を大きく見開いた。
「本当だ……すごい! 翔馬、本当にやったんだ!」
二人で飛び跳ねて大はしゃぎし、俺は思わず目を潤ませた。
「これで母さんに良い報告ができる……」
それからさらに数日後、俺の生活は少しだけ変わった。
お金があるということに浮かれ、普段は節約で我慢していたハンバーガーやピザを大量に買い込んだり、学校帰りには友達を連れていつも奢ってもらっていたカラオケ店で豪快に支払いを済ませたりしていた。
「お金のある生活って素晴らしい……!」
バイト漬けで疲れていた日常が嘘のように気楽で楽しく、少しだけ俺の気持ちも舞い上がっていた。
そんな夢のような日々を過ごしていたある日、教室にいつになく騒がしい雰囲気が広がった。
「おい聞いたか? 鳳条院財閥がヤバいらしいぜ」
誰かの囁きが耳に届く。興味を引かれてそちらに耳を傾けると、周りの生徒たちも口々に話し始めていた。
「社長が巨額の金を横領して国外逃亡したんだってよ」
「マジかよ……鳳条院さん、これからどうするんだろうな」
騒ぎの中心にいるエリザベートの席は、あの日から空席のままになっていた。俺は心の奥底に、同情心と「ざまぁみろ」という気持ちが混ざり合った、複雑な感情を抱いた。
そして数日も経たないうちに、新たな噂が飛び込んできた。
『あの丘の上の豪邸、とうとう売りに出されるらしいぞ』
その言葉を耳にした瞬間、俺の心が妙にざわついた。幼い頃から夢見てきた憧れの場所。それが今、俺の手の届く範囲にある。そして脳内にフラッシュバックする、歯車の絵が描かれた「運命のタロットカード」。
——これだ。
「買うなら、今しかない」
それからすぐに、俺は人生最大の決断をした。その豪邸を購入する手続きを急ぎ、期待と不安が入り混じった気持ちで内覧に訪れた。
重厚な扉をゆっくりと押し開けた先には、想像とは違う光景が待っていた。
豪奢な庭の先に、誰かに何かを訴えている人影。
「え……鳳条院さん?」
そこには、家の売却を止めようとする元お嬢様がいた。
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前作を完結させたばかりですが、新作を始めました!
今回は没落お嬢様×貧乏成り上がり主人公となっております。
作者が銀髪フェチ×太ももフェチ×分からせを好きで書きたいがために始めました(笑)
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