第94話「それぞれの道」
① 幸次の言葉
「……まあ、書けるうちに書いとくのが正解だな。」
幸次が静かにコーヒーを飲みながら言った。
「……幸次さん?」
「俺も昔は書いてたけど、途中でやめた。」
「どうして?」
「さあな。」
幸次は短く答え、コーヒーカップをゆっくりと置いた。
「ただな……。」
珍しく、幸次は少しだけ言葉を探すように間を置いた。
「“書けるうちに書いておけばよかった” って、思うことはある。」
「……。」
隼人は、その言葉を静かに噛みしめた。
② 隼人の気づき
「書けるうちに……か。」
隼人は、ふっと笑った。
「僕も、ずっと書かないままここまで来たよ。」
「……。」
「もう書かなくてもいいと思ってた。でも、最近は少し考え方が変わってきたかもしれない。」
穏やかにそう言う隼人に、朔がちらりと視線を向けた。
「書きたいなら書けばいい。そうだろ?」
「……君は、簡単に言うね。」
「簡単に言うのが俺の仕事だからな。」
朔はそう言いながら、軽く肩をすくめた。
「ま、書くのがしんどいなら無理にとは言わねぇけどよ。」
「……ありがとう。」
隼人は微笑んだ。
「まだ、どうするかは分からないけれど、考えてみるよ。」
③ 朔の決意
「俺は、書くことをやめねぇよ。」
朔が静かに言った。
「俺の小説が誰かを救うなら、それでいい。」
「……そうだね。」
隼人は頷いた。
「きっと、君の物語に救われる人はたくさんいるよ。」
「だといいけどな。」
朔はそう言いながら、新しい煙草に火をつけた。
④ それぞれの道
それぞれが、自分の道を選んで進んできた。
幸次は書くことをやめ、隼人は牧師になり、朔は小説家として走り続けている。
「……ま、どんな道を選んだって、後悔のねぇようにするしかねぇな。」
朔がぼそっと呟く。
「そうだね。」
隼人は微笑みながら、コーヒーを飲み干した。
幸次も静かに頷きながら、カップを置いた。
(それぞれの道を、お互いに認め合う——。)
そう思った瞬間、冷たい冬の風が窓を揺らした。




