第92話「朔の才能と葛藤」
① 朔の仕事の成功
「朔、君の新作、かなり評判がいいみたいだね。」
隼人がスマホを見ながら穏やかに言った。
「……まぁな。」
朔は気だるそうに返事をしながら、煙草に火をつける。
最近発表した小説は、すでに話題になっていた。
「困難を乗り越える青年」を描いたヒューマンドラマ。
読者の反響も大きく、ドラマ化の話まで進んでいる。
「君はすごいね。」
隼人が微笑みながらコーヒーを口に運ぶ。
「夢を叶えるって、誰にでもできることじゃない。」
「……そんな甘いもんじゃねぇよ。」
朔は短く答えた。
② 成功のプレッシャー
「次回作のこと、もう考えてるのかい?」
幸次が静かに尋ねる。
「……まぁな。」
「順調そうだな。」
「大変なのはこれからだよ。」
朔は少しだけ苦笑し、煙草の灰を落とした。
「一度ヒットを出せば、次も当然のように求められる。」
「確かに……。」
隼人が静かに頷く。
「期待されることが、時には重荷になることもあるだろうね。」
「作家ってのは、夢を叶えたら終わりじゃねぇ。むしろそこからが地獄だよ。」
「……。」
「次も、その次も、“名作”を書かなきゃいけねぇんだからな。」
朔は淡々とした口調だったが、その言葉には重みがあった。
③ 隼人の未練
「……叶えられなかった夢っていうのは、きれいに見えるものだね。」
隼人が、ふっと息を吐きながら呟く。
「……何だよ、急に。」
「いや、朔の話を聞いていたら、そう思ったんだ。」
隼人は、ゆっくりとカップを回しながら続ける。
「僕は小説家にはならなかった。でも、“もしなっていたらどうなっていたんだろう” って考えることはあるよ。」
「……。」
「けれど、もしそうなっていたら、今の君みたいに苦しんでいたかもしれない。」
「……かもな。」
朔は煙草の灰を落としながら、静かに言った。
「でも、“書きたい” って気持ちがあるなら、それで十分じゃねぇの?」
「……。」
「お前、本当はまだ書きたいんじゃねぇのか?」
隼人は、一瞬だけ言葉に詰まった。
④ 幸次の言葉
「……まあ、書けるうちに書いとくのが正解だな。」
幸次が、軽くコーヒーを飲みながら言った。
「……幸次さん。」
「俺も昔は書いてたけど、途中でやめた。」
「どうして?」
「さあな。」
幸次は静かに笑い、カップを傾ける。
それ以上は語らなかったが、そこには何かの諦め があった。
隼人は、そんな幸次の横顔を見つめながら、自分の選択について改めて考えていた。




