第8話 交差する気持ち
(結花と隼人の教会でのボランティア/お互いの気持ちに気づかないもどかしさ)
① いつもの教会、いつもの2人
「おはようございまーす!」
教会の扉を開けると、木の香りと静かで落ち着いた空気が結花を包んだ。
「おはよう、結花」
穏やかな声が返ってくる。
そこにいたのは、聖石隼人だった。
「今日もお手伝い、ありがとう」
「いえいえ! もう日課になってるんで!」
「それは心強いね」
結花はニッと笑いながら、エプロンをつける。
(やっぱり、かっこいいな)
幼い頃から、ずっと隼人のことが好きだった。
彼は、兄・朔の親友で、昔から家に遊びに来ていた。
子どもの頃は「お兄ちゃんの友達のお兄さん」だったけど、気づいたらそれ以上の存在になっていた。
(でも、ずっと好きだったからこそ……気持ちを伝えられなかった)
——隼人には、別の恋人がいた時期があった。
——そして、自分にも、別の誰かと付き合っていた時期があった。
それでも、好きという気持ちは消えなかった。
だけど、もう何年もずっと「朔の妹」としてしか見られていない気がしていた。
「結花?」
「えっ?」
「大丈夫?」
「え、あ、なんでもないです!」
「そう?」
「そうそう! で、今日の仕事は?」
「子どもたちの遊び相手をお願いしたいんだけど、いいかな?」
「もちろん!」
結花は笑顔をつくる。
(……うん、今まで通りでいよう)
好きだけど、それを見せるのが怖い。
だから、自分の気持ちはしまっておこう。
② 結花を見つめる隼人
そんな結花を、隼人はそっと見ていた。
(……最近、結花といると変に意識してしまう)
彼女とは昔から知り合いだった。
兄・朔と同級生だったから、結花の成長もずっと見てきた。
昔はただの「友人の妹」で、よく懐かれていた。
けれど、いつの間にか彼女は大人になっていた。
いつも明るく、元気で、素直な性格は変わらないのに、たまにふと見せる女性らしい仕草に、ドキッとすることが増えた。
(……いや、俺は結花をそんな風に見ちゃいけないだろ)
彼女は朔の妹で、昔からの知り合いで——
(それに、俺たちは、お互いに別の恋人がいた時期もあった)
自分も、過去に誰かを好きになり、付き合っていたことがある。
彼女だって、別の誰かと付き合っていた。
だから、そんなことはない。
そう言い聞かせていたはずなのに——
(俺は、もう気づいてしまっている)
結花のことを、“特別な存在”として見てしまっていることに。
でも、彼女が自分をどう思っているのかはわからなかった。
そして——
(結花には、もう別に好きな人がいるのかもしれない)
それを考えると、怖くて、踏み込めなかった。
③ すれ違う気持ち
「ねえ、隼人さんって、恋愛とか興味ないんですか?」
子どもたちと遊んだあと、ふと結花が聞いた。
「……どうして?」
「いや、牧師って、恋愛とかどうなのかなーって思って」
「ああ……別に禁止されてるわけじゃないよ」
「そっかぁ」
「でも、あまり考えたことはないかもしれない」
「え、マジで?」
結花が驚いた顔をする。
「ほんとに一度も?」
「……まあ」
「へぇ……」
なんとなく、結花はモヤモヤした。
(こんなにかっこいいのに?)
(誰かを好きにならないの?)
いや、むしろ——
(……私のことは、なんとも思ってないってことだよね)
ちょっとだけ、胸がチクっとする。
「結花は?」
「え?」
「結花は、恋愛とか考えたことある?」
「……あるよ」
「そうなんだ」
「うん。でも、まだ秘密」
そう言って、結花は笑ってごまかした。
だって、目の前の本人に「実は、あなたのことです」なんて言えない。
「隼人さんは、いつか好きな人とかできるのかな?」
「……どうだろうな」
「ふーん……」
(いつか、隼人さんが誰かを好きになったら……それが私じゃなかったら)
(やっぱり、ちょっと嫌かも)
そんなことを考えながら、結花はそっと桜の花びらを拾った。
「なんか、春ですね」
「そうだね」
「隼人さんにも、いつか春が来るのかなぁ?」
「……どうだろうね」
隼人は、そう言いながらも、結花を見つめる。
——もし、自分に“春”が来るなら、それはきっと彼女のせいだ。
でも、それを言うつもりはなかった。
自分の気持ちは、知られなくていい。
(この関係のままでいい)
お互いにそう思いながら、気持ちはすれ違っていた。