第88話「自分のために選ぶということ」
① 迷いと確信の間で
「これにします。」
そう言ったものの——。
美紅の心の中には、まだ小さな迷いが残っていた。
(本当に、これでいいのかな……。)
「美紅、大丈夫?」
結花がそっと声をかける。
「……うん。でも、なんか、不思議な気持ち。」
「どうして?」
「今まで、“自分のために何かを選ぶ”って、あんまりしてこなかった気がするんだ。」
母親の期待に応えようと生きてきた子役時代。
誰かの求める”望月美紅”でいることが、当たり前になっていた。
でも——今日は違う。
(誰かのためじゃなくて、“私自身”のために選んだ。)
そのことに、美紅は戸惑いながらも、少しずつ確信に変わる何かを感じていた。
② 結花の言葉
「ねえ、美紅。」
結花が真剣な目で美紅を見つめる。
「誰かのために選ぶことも大切だけど……“自分のために選ぶ”ことって、もっと大事なんだよ。」
「自分のために……。」
「うん。だって、これは美紅の成人式なんだから。美紅が着たいものを着るのが、一番いいでしょ?」
結花の言葉に、美紅の心がじんわりと温かくなる。
(……そうだよね。)
(“誰かのため”じゃなくていい。)
(“私が着たい”って思ったから、この振袖を選んだんだ。)
③ 幸次の視線
ふと、視線を感じて振り向くと、幸次が静かに美紅を見つめていた。
「……お前が、それを選んだなら、それが正解だろ。」
「……幸次さん。」
その言葉が、美紅の中の迷いを完全に吹き飛ばした。
(……そうだ。)
私は、もう子どもの頃の私じゃない。
母親の期待に縛られていた私じゃない。
今は——自分で選べる。
美紅は、そっと振袖の袖を握りしめた。
「ありがとう。」
心からの笑顔で、そう言った。




