第84話「気づかれないままの決意」
① 確信
11月の終わり、冷たい風が街を吹き抜ける。
美紅は、カフェの窓際でぼんやりとカップを手にしていた。
「……。」
何気なく思い返すのは、最近のこと。
風邪の日、幸次に看病してもらったこと。
無意識に目で追ってしまう自分。
名前を聞くだけで胸がドキッとする感覚。
(私……。)
もう、誤魔化せない。
(私、幸次さんのことが好きだ。)
その想いが、はっきりと胸に落ちた瞬間——
美紅の中に、じんわりとした温かさと、少しの戸惑いが入り混じった。
② 朔の視線
「美紅、変わったよな。」
その日の夜、朔は隼人と二人で並んで帰りながら、ふと口にした。
「……そうか?」
隼人は少し考えたあと、静かに微笑む。
「まぁ、本人は気づいてないかもしれないけど。」
「だろうな。」
朔は煙草を取り出し、火をつける。
「でも、もう確定だな。」
「……ああ。」
隼人も、どこか納得したように頷く。
「美紅は、幸次のことが好きになった。」
その言葉に、朔は少しだけ目を伏せた。
(分かってたけどな。)
それでも、こうして誰かに言葉にされると、妙に現実味を帯びる。
③ 静かに見守る覚悟
「お前は、それでいいのか?」
「……ああ。」
「そうか。」
隼人はそれ以上は何も言わなかった。
ただ、朔はゆっくりと煙を吐き出しながら、夜空を見上げる。
——俺の恋は、誰にも知られることなく終わるんだな。
それでいい。
それが、一番いい結末 なんだ。
美紅の笑顔を見られるなら、それで十分。
「……さっさと帰るぞ、寒い。」
朔は隼人にそう言い、静かに歩き出した。




