第83話「朔の静かな苦悩」
① 変わらない日常、変わっていく距離
11月も半ばに入り、街はすっかり秋の色に染まっていた。
大学の授業を終えた美紅は、結花と一緒にカフェへ向かっていた。
「美紅、最近なんかいい感じじゃない?」
「え? 何が?」
「何がって……幸次さんと!」
美紅は思わず立ち止まりかけた。
「え、えっと……そんなことないよ!」
「絶対あるでしょ! だってさ、最近よく話してるし、ちょっとぎこちなくなってるし!」
「ぎこちなく……?」
美紅は思わず自分の行動を振り返る。
(確かに……前よりも意識しちゃってるかも。)
風邪の日以来、幸次の何気ない仕草や言葉が、妙に心に残るようになっていた。
それに——
(私、最近、朔さんとはあまり話してない気がする……。)
でも、そのことを深く考える前に、結花が「まぁ、いいや!」と笑って話題を変えてしまった。
② 朔の視線
一方——。
その日の夜、朔は隼人と一緒にバーで軽く飲んでいた。
「……朔、最近ちょっと変わったな。」
隼人がグラスを回しながら、静かに言う。
「何が?」
「なんというか……前よりも落ち着いてるっていうか、少し距離を置いてるように見えるんだよな。」
「俺、もともと落ち着いてるだろ。」
「いや、そうじゃなくて。」
隼人は、どこか穏やかな苦笑を浮かべた。
「美紅のこと、だろ?」
「……。」
朔は黙ってグラスを口に運ぶ。
「気づいてないと思うか?」
「……別に。」
「やっぱりな。」
隼人は納得したように、小さく頷いた。
「で、お前は、どうするつもりなんだ?」
「何もしねぇよ。」
「……そうか。」
隼人は、それ以上は何も聞かなかった。
ただ、グラスを傾けながら静かに言った。
「朔は……自分の気持ちを押し殺すのが、上手いよな。」
朔は答えず、ただ無言で酒を飲み続けた。
③ 朔の静かな葛藤
バーを出た後、朔は一人、夜の街を歩いていた。
(俺は、何を期待してるんだ?)
美紅は幸次の方を向いている。
それはもう分かりきっていることだ。
それなのに——
(俺は、まだどこかで期待してるのか?)
そんな自分が、情けなくて仕方がなかった。
(違う、違う。)
今さらどうこうなる話じゃないし、そもそも何も望んでいない。
(このままでいいんだよ。)
そう思うのに、どこかで釈然としない感情が渦巻いていた。
(……めんどくせぇ。)
ため息をつきながら、朔は静かに夜の闇に紛れていった。
④ それでも、変わらない日常
次の日、いつものようにみんなで集まったとき——。
「朔さん、これ、よかったら。」
美紅がコーヒーを差し出した。
「ん?」
「いつもブラックだから、これ合うかなって思って……。」
紙袋の中には、小さなチョコレートの詰め合わせが入っていた。
「……サンキュ。」
朔はそれを受け取りながら、何気なく美紅の表情を見る。
以前と変わらない、柔らかい笑顔。
だけど、それはもう”何も知らなかった頃の美紅”ではない。
(……もう、戻れねぇな。)
そう思いながら、朔はゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
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