第79話「違和感」
① いつもの日常のはずなのに
京都旅行から数日後——。
美紅はいつものように大学の授業を終え、帰り道に寄ったカフェで結花と一緒にお茶をしていた。
「やっぱり旅行って、終わると寂しくなるよね〜。」
結花がふんわりとカフェラテの泡をスプーンですくいながら言う。
「うん……でも楽しかったね。」
「楽しかった! でもさ、やっぱり思うんだけど、お兄ちゃんの運転でどこか行くと、ちょっとした遠足みたいにならない?」
「確かに(笑)」
美紅は思わずクスッと笑う。
「次は春に京都行こうって話してたよね?」
「うん、桜も見たいな。」
何気ない会話。
何気ない日常。
でも——
(なんか、違和感がある。)
美紅は、自分の中で何かが引っかかる感覚を覚えていた。
② 幸次を意識してしまう自分
「ねえ、そういえばさ。」
結花がふと美紅を見つめた。
「旅行中、お兄ちゃんと幸次さん、結構いいコンビだったよね?」
「えっ?」
思いがけない言葉に、美紅は驚いたように夢奈を見つめる。
「なんか、お兄ちゃんが騒ぐのを幸次さんがうまく受け流してるっていうか……。」
「あ、うん。確かに。」
「幸次さんってさ、なんだかんだでみんなのことちゃんと見てるよね。」
「……うん。」
美紅はカップを両手で包みながら、ふと幸次の姿を思い出す。
(確かに、幸次さんって、そういう人かも。)
冷静で、落ち着いていて、それでいてちゃんとみんなのことを見ている。
美紅が何か困っているときも、さりげなくフォローしてくれることが多かった気がする。
(でも、それは前から分かってたことなのに……。)
なんで、今さらそんなことを考えてるんだろう?
(……いや、気のせいかな。)
美紅は自分の中にある”違和感”を振り払うように、カフェラテを口に運んだ。
③ 朔の視線
一方——。
その頃、朔はカフェでコーヒーを飲んでいた。
(……美紅、なんか最近様子が違う気がする。)
ここ数日、美紅の雰囲気が微妙に変わった気がしていた。
特に、幸次と話しているときの彼女の表情が、以前よりも柔らかくなっている気がする。
(気のせいか? いや……たぶん、違うな。)
朔はコーヒーを一口飲みながら、ゆっくりと考える。
(あの感じ……たぶん、美紅、無意識に幸次を意識してるな。)
でも、美紅自身はまだ気づいていない。
(人が恋に落ちるというのは、こういうことだもんな。)
どこか苦笑したくなる気分だった。
(まぁ……俺には関係ないか。)
そう思いながらも、心の奥にわずかに広がるモヤモヤを、朔は静かに押し込めた。
④ 静かに始まる変化
美紅はまだ、自分の気持ちに気づいていない。
けれど、確実に何かが変わり始めていた。
それを誰よりも早く察したのは、朔だった。
(……ま、しばらく様子見だな。)
静かにそう決めながら、朔はコーヒーを飲み干した。




