表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/167

第7話 桜の下で

(5人の日常/お花見の一日)


① きっかけは結花のひと言


「ねえねえ、みんなでお花見行かない?」


ある日、教会でボランティアを終えたあと、結花が唐突に提案した。


「お花見?」


「そう! せっかく桜が満開だし、みんなで行ったら楽しそうじゃない?」


「いいですね」


隼人が穏やかに微笑む。


「最近忙しかったし、ちょうど気分転換にもなりそうだ」


「俺も賛成」


朔はスマホを取り出し、どこかの桜の名所を調べ始めた。


「たしか近くの公園が今見頃だったな。花見するなら、そことかいいんじゃねぇの?」


「いいね! 決まり!」


結花が勢いよく手を叩く。


美紅は、その様子を見ながら「まあ、たまにはこういうのもいいか」と静かに思った。


そんな中、ふと目を向けると、幸次が少しだけ困ったような顔をしていた。


「……北村さんも、行きますよね?」


美紅が聞くと、幸次は少し考えた後、「ああ、まあ」と短く返した。


その返事に、結花が「なんか乗り気じゃない?」と首をかしげる。


「え、もしかして桜嫌いとか?」


「いや、そうじゃねぇけど……」


「じゃあ決まり! みんなで行こ!」


結花の強引な誘いに、幸次は結局断れず、5人でお花見に行くことが決まった。


② 桜の名所へ


休日の昼下がり。


5人は、近くの大きな公園へとやってきた。


満開の桜が、公園全体を淡いピンク色に染めている。

春の暖かい風が吹くたびに、花びらがふわりと舞い落ちていく。


「うわぁ〜! すっごい綺麗!」


結花が歓声を上げながら、公園の奥へと駆けていく。


「ここ、桜のトンネルみたいになってるね」


美紅も、桜の木々を見上げながら静かに言う。


「これだけ咲いてると、写真映えするな」


朔がスマホを取り出し、写真を撮り始める。


隼人は「いい天気ですね」と穏やかに微笑みながら、みんなが座れそうな場所を探していた。


そして——


「……桜、こんなに咲いてるのか」


幸次は、少しだけぼんやりと桜を見上げていた。


「北村さん、お花見って久しぶりですか?」


美紅がふと尋ねると、幸次は「……そうだな」と少しだけ遠くを見るような表情をした。


「……最後に花見したの、もう思い出せねぇくらい昔かもな」


「そっか……」


「まあ、こういうのも悪くねぇな」


幸次は少しだけ微笑んで、桜の花びらを眺めた。


③ それぞれの時間


5人はレジャーシートを広げ、持ってきた食べ物を並べる。


「じゃーん! 私、お花見用にたくさんお菓子持ってきました!」


結花がリュックから大量のスナック菓子を取り出す。


「え、全部お菓子?」


「そう! お花見といえばお菓子でしょ!」


「いや、普通はお弁当じゃ……」


「それはそれ! これはこれ!」


結花の自由な発想に、朔が笑いながら「まあ、楽しけりゃいいか」と言う。


「隼人さんは何か持ってきました?」


「ええ、簡単なサンドイッチを作ってきましたよ」


「え、すごい! 手作りですか?」


「はい。具材はシンプルですが、よかったらどうぞ」


「わぁー! こういうの、めっちゃ嬉しい!」


結花は早速手に取って頬張る。


「美味しい!」


「それはよかった」


一方で、幸次は静かに桜を見ていた。


「……60年前も、こんな感じだったかな」


彼の呟きに、美紅がふと隣を見る。


「昔も、お花見しました?」


「うん。……あの頃は、大学の仲間とやったことがあるな」


「楽しそうですね」


「……あの頃は、な」


幸次の言葉には、どこか懐かしさと寂しさが混じっていた。


美紅は、その言葉の意味を深く聞くことはしなかった。


ただ、目の前の景色を一緒に眺めていた。


④ 変わらないものと、変わったもの


「ねえ、美紅」


「ん?」


「北村さんと話してると、なんか時間の流れ方が違う感じしない?」


結花がふとそんなことを言う。


「……どういうこと?」


「なんかさ、私たちにとっては“今”が当たり前だけど、北村さんにとっては全部“昔と違う”って感じるのかなって」


「……それは、あるかもね」


美紅も、なんとなく同じことを思っていた。


幸次にとって、桜の花は昔から変わらないけど、それを見ている自分自身は変わりすぎてしまったのかもしれない。


「でもさ、桜はずっと咲くじゃん?」


結花はニコッと笑って言う。


「北村さんが見た桜も、今の桜も、同じ桜だよね?」


「……そうだね」


桜は変わらない。


でも、それを見ている人間は変わっていく。


それでも——


(それでも、またこうやって桜を見られるなら、それでいいのかも)


美紅は、桜の花びらが舞う空を見上げながら、そんなことを思った。


⑤ 桜の下で


「よし! せっかくだし、みんなで写真撮ろう!」


朔がスマホを構えると、結花がすぐに隣に立つ。


「いいね! 記念写真!」


「隼人さんも、北村さんも、ほら!」


「俺はいい」


幸次は少し渋ったが、結花と朔に無理やり引っ張られた。


「ほらほら、せっかくだから!」


「……はい、撮りますよ」


隼人がシャッターを押す。


——パシャ。


満開の桜の下で、5人の姿が写真に収まった。


それは、ほんのひとときの、穏やかな時間。


過去と未来が交差する場所で、彼らは同じ景色を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ