第77話 京都紅葉旅行編 第六話
「朔の決意」
① 静かな夜の庭園
旅館の庭園に、ひんやりとした秋の夜風が吹き抜ける。
朔は一人、縁側に腰を下ろし、手元の湯呑みを静かに見つめていた。
(……俺は、何やってんだろうな。)
紅葉がはらりと舞い落ちる。
昼間の食べ歩き、清水寺のライトアップ、美紅の笑顔。
思い返せば、ずっと彼女を目で追っていた気がする。
(自覚するのが遅すぎるよな。)
でも、今さら気づいたところで、どうするつもりもない。
言わなければ、何も変わらない。
だから、このままでいい。
「……お前、こんなところで何してんだ?」
低く穏やかな声がした。
振り向くと、幸次が縁側に立っていた。
「……ちょっと、考え事。」
「らしくねぇな。」
幸次はふっと笑い、朔の隣に腰を下ろした。
② 幸次との静かな会話
「明日には東京戻るんだよな。」
「……ああ。」
朔は湯呑みの中の緑茶を揺らす。
「……幸次は、後悔したことあるか?」
「後悔?」
「言わなかったこととか、伝えなかったこととか。」
幸次は少し考えたあと、ゆっくりと口を開いた。
「……ああ、あるよ。」
「そっか。」
「でも、“言わない” って決めたんなら、それはそれで正解なんじゃねぇの?」
幸次は夜空を見上げながら、静かに言う。
「言わなかったことで守れるものもある。……俺は、そう思うよ。」
その言葉に、朔は微かに笑った。
「……だよな。」
夜風が、ゆっくりと紅葉を揺らした。
(俺は、このままでいい。)
美紅は、きっと幸次を見ている。
それなら——
(俺は、何も言わないままでいい。)
そう決めた。
③ 旅の終わりが近づく
「そろそろ部屋に戻るか。」
幸次が立ち上がると、朔もゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとな。」
「なんのことだ?」
「いや、ただの独り言。」
幸次は何も言わずに歩き出す。
朔は一瞬、その背中を見つめてから、小さく息をついてついて行った。
夜は、静かに更けていった——。




