第70話 心の距離
(“再会がもたらす揺らぎ”——二人の想いの交錯)
① 結花の揺れる気持ち
再会してから数日が経ったが、結花の胸にはまだざわつく感情が残っていた。
(……理央。)
彼が教会に来たのは偶然だったのか、それとも——。
「結花、考え事?」
奏介が隣に座り、穏やかに尋ねた。
「あ……すみません、ちょっとぼーっとしてました。」
「理央のこと?」
「……え?」
奏介は優しく笑った。
「なんとなく、そんな気がした。」
結花は、驚きつつも小さく頷いた。
「……会って、気づいたんです。理央はちゃんと前に進んでるって。でも、だからこそ……なんか、もやもやするっていうか……。」
「結花ちゃん自身の気持ちは?」
「それが、分からなくて……。」
奏介は少し考え込んだ後、静かに口を開いた。
「それなら、無理に答えを出さなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「人の気持ちって、“整理しなきゃ” って思うと余計に混乱するもんだよ。大事なのは、“その気持ちがどこへ向かうのか” をちゃんと見つめることじゃないかな。」
結花は、その言葉をゆっくりと噛みしめた。
(……私は、どこへ向かうんだろう。)
② 理央の視点——新たな迷い
一方、理央もまた、結花との再会を引きずっていた。
(あいつ、変わらず歌ってたな……。)
教会で聴いた結花の歌は、以前よりも力強く、温かく感じた。
(昔の結花も素敵だったけど、今のあいつは……。)
そこまで考えて、ふと気づく。
(……なんで俺、こんなに気にしてんだ?)
もう終わったはずの関係。
結花は結花の道を進み、理央は理央の夢を追いかけている。
それなのに——
(“また、あいつの隣にいたい” なんて思ってるのか?)
自分の中に湧き上がる感情が、未練なのか、それとも別のものなのか、理央はまだ答えを見つけられずにいた。
③ もう一度話したい——交差する想い
数日後。
結花は、教会の前で立ち止まった。
(……会いたいのかな。)
自分でも、よく分からなかった。
でも、もし理央ともう一度話せるなら、何か答えが出るかもしれない。
そう思っていた、そのとき——
「……結花?」
振り返ると、そこに立っていたのは理央だった。
(……え?)
結花の胸が、一瞬大きく波打つ。
「……なんで、ここに?」
「……お前に、もう一度会いたいと思ったから。」
理央の言葉に、結花は息をのんだ。
(……なんで?)
「話がしたい。……いいか?」
結花は、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……うん。」
そして、二人は静かに教会の中へと足を踏み入れた。
(第二十一部 完/次章へ続く)




