第59話 心の距離が広がる瞬間
(“夢のため” でも “恋人だから”——すれ違う二人の気持ち)
① 理央の成功と、遠ざかる距離
理央の芸能界での活躍は、ますます目覚ましいものになっていた。
ドラマでのレギュラー出演が決まり、街の大型広告にも理央の姿が映るようになった。
テレビをつければ、理央が笑顔でインタビューを受けている。
「理央くん、最近すごく注目されてますよね! 芸能界に入ったきっかけは?」
「……まあ、流れっすね。」
スタジオの笑い声が響く。
(流れ……?)
結花は、その言葉に少しだけ胸がざわついた。
(理央は、“結花にふさわしい男になりたい” って言ってたのに……。)
もちろん、テレビ用のコメントだとは分かっている。
だけど、“自分のため” じゃなくて “流れ” で芸能界に入った、みたいに聞こえたのが、少しだけ悲しかった。
(わたしは、理央にとって、もうそんなに大切な存在じゃないのかな……。)
そんな不安が、少しずつ心の中に広がっていった。
② 「理央の彼女」という立場にいることが辛くなる
最近、学校の友達との会話も変わってきた。
「ねえねえ、理央くんって、今めっちゃ売れてるよね!」
「うん、すごいよね……!」
「彼女の結花ちゃんはどんな気持ちなの?」
「……え?」
「だって、彼氏がテレビに出てるって、普通にヤバくない?」
「……まぁ、すごいなって思うよ。」
そう言いながら、結花は少しだけぎこちない笑顔を作った。
本当は、“理央の彼女” として話をされるのが苦しかった。
彼の彼女であるはずなのに、最近はまともに会えてもいない。
(わたし、本当に “彼女” なのかな……。)
③ 結花の不安と、理央の変化
ある夜、結花は久しぶりに理央と電話をした。
「最近、どう?」
「まあ……忙しいな。」
「うん、テレビでもたくさん見るもん。」
「そっか……。」
理央の声は、どこか疲れていた。
「無理してない?」
「……してねえよ。」
「そっか……。」
前はもっと気軽に話せたのに。
最近の理央は、何を考えているのか分からなくなってきていた。
(わたしたち、昔みたいに話せなくなっちゃった……。)
そう思った瞬間、ふと口から言葉がこぼれた。
「……ねえ、理央って、わたしのこと好き?」
電話の向こうで、一瞬の沈黙。
「……は?」
「……ごめん、変なこと聞いたね。」
「……。」
理央は何も言わなかった。
(どうして “好きだよ” って言ってくれないの?)
本当は、たったそれだけの言葉がほしかったのに——。
④ ついに決定的な出来事が起こる
数日後、結花はスマホのニュース記事を見て凍りついた。
『人気急上昇俳優・樫村理央に熱愛疑惑! 女優・桐生沙月との密会をキャッチ』
記事には、理央が女優の桐生沙月と一緒にいる写真が載っていた。
二人はレストランの個室にいて、親しげに話しているようだった。
(……え?)
信じたくなかった。
でも、記事のコメント欄には、“やっぱり俳優と女優は付き合うよね” という声が溢れていた。
(理央……なんで?)
ショックで、涙が止まらなかった。
その日、結花は初めて、理央に電話をかけることができなかった。
⑤ 結花の決断
翌日。
理央からメッセージが届いていた。
《今日、時間あるか? 話したい》
(……話したい?)
結花は、スマホを強く握りしめた。
(わたし、本当はどうしたいんだろう。)
理央を信じたい気持ちもある。
でも、この関係を続けることに、もう耐えられない自分もいる。
そして結花は、決断を下す——。




