第51話 中学生時代、夢の始まり
(“歌手になりたい” ——夢がはっきりとした瞬間)
① 変わらない隼人と、変わり始める結花
結花が中学生になっても、教会での聖歌隊の活動は続いていた。
隼人はすでに高校生になっていたが、変わらず教会で顔を合わせる機会が多かった。
「結花ちゃん、最近また声が伸びるようになったね。」
隼人は練習後、結花に優しく声をかける。
「えへへ、ママと毎日練習してるからかな!」
結花は嬉しそうに笑った。
「隼人も変わらず歌、上手だね。」
「ありがとう。でも、僕はそんなに歌に本気じゃないから。」
「え?」
隼人はあくまで「歌が好き」なだけで、プロを目指しているわけではないようだった。
それを聞いて、結花は少しだけ驚いた。
(隼人は、歌うのが上手なのに……。)
「結花ちゃんは、どうするの?」
「わたしは……!」
結花はぐっと拳を握った。
「わたしは、本気で歌手になりたい!」
隼人は少し驚いた顔をした後、微笑んだ。
「そうなんだね。すごいな、結花ちゃんは。」
「すごい、かな?」
「うん。ちゃんと ‘なりたいもの’ が見えてるんだから。」
結花の胸に、じんわりと温かいものが広がった。
(隼人くんに、すごいって言われた……!)
それが妙に嬉しくて、結花はさらに歌に打ち込むようになった。
② 家庭の雰囲気の変化
一方で、家庭の空気も少しずつ変わっていた。
兄・朔は高校に進学し、家にいる時間が減っていた。
もともと自由な性格だった朔は、父・昭吾との会話も少なくなりつつあった。
「朔、最近何してるの?」
「まあ、いろいろ。」
「そっけな〜い!」
「結花こそ、歌ばっかりじゃん。」
「だって、楽しいんだもん!」
結花は悪びれもせず笑う。
そのやり取りを、奏恵が楽しそうに見守っていた。
「ふふ、二人とも好きなことに夢中になれるのは素敵なことよ。」
「ま、な。」
朔は軽く肩をすくめたが、結花はふと兄の表情に影があることに気づいた。
(……朔、なんだか前より元気ない気がする。)
しかし、そのときは深く考えなかった。
③ 合唱コンクールと新たな挑戦
中学2年の秋、結花は学校の合唱コンクールでソロパートに選ばれた。
「結花、頑張ってね!」
クラスメイトに応援され、張り切っていた。
(ここでちゃんと歌えたら、自信がつくかもしれない!)
そして本番。
結花は舞台の上で、今までの練習の成果を発揮した。
(楽しい……!)
そう思いながら歌うと、自然と声が伸びた。
コンクール後、先生が結花に声をかけた。
「結花、もし本格的に歌を学びたいなら、音楽高校を考えてみるのもいいかもしれないね。」
「音楽高校……?」
その言葉に、結花の心が大きく動いた。
④ 隼人との距離感の変化
合唱コンクールが終わった後、結花はいつものように教会で隼人に報告した。
「わたし、合唱コンクールでソロを歌ったんだ!」
「すごいね!」
「先生に、音楽高校に進むのもいいかもって言われて……それから、もっと本気で目指したくなった!」
隼人は静かに微笑んだ。
「結花ちゃんは、夢に向かって一直線だね。」
「うん!」
結花は頷いたが、ふと気づく。
(隼人……前より落ち着いて見える。)
隼人は高校生になり、少し大人っぽくなっていた。
結花より背も高く、話し方もどこか余裕があった。
(わたしより、ずっと年上なんだよね。)
そう思った瞬間、結花の胸に**“今までなかった感情”**が芽生えた。
(……なんだろう、この気持ち。)
それはまだはっきりとはわからない、でも、特別な感情の始まりだった。




