第50話 小学生時代、歌うことの楽しさを知る
(“歌うことが好き” ——その気持ちが結花の中で膨らんでいく)
① 教会での再会
幼稚園の頃に出会った隼人とは、週に一度、教会で顔を合わせるようになった。
隼人は結花より5歳年上で、朔と同じ中学生だったが、結花に対していつも優しく接してくれた。
「結花ちゃん、今日も元気だね。」
「うん!」
隼人は昔から穏やかで、話すとどこか落ち着く感じがした。
でも、何よりも好きだったのは——
(隼人の歌声、やっぱりすごく綺麗。)
一緒に聖歌隊の練習をすると、そのことを改めて実感する。
隼人の歌声は、結花にとって”心地よく響く音”だった。
② 初めての特別なソロ
小学生になった結花は、聖歌隊で歌うことがさらに楽しくなっていた。
「結花、今度のクリスマス礼拝で、ソロを歌ってみない?」
ある日、奏恵がそう声をかけてきた。
「えっ! ソロ!?」
「結花ならきっと素敵に歌えるわ。」
奏恵は優しく微笑みながら、ピアノの鍵盤に手を置く。
「ママが伴奏するから、一緒に練習してみましょう?」
「……やってみる!」
結花は嬉しそうに頷いた。
③ 隼人からのアドバイス
翌週、教会の練習の後、結花は隼人に相談した。
「ねえ隼人、ソロで歌うことになったんだけど……ちょっと不安で。」
隼人は驚いたように目を丸くした後、ふっと優しく笑った。
「結花ちゃんの歌なら、きっと大丈夫だよ。」
「でも、失敗したらどうしようって思っちゃうの……。」
結花が不安そうに呟くと、隼人は少し考えてから言った。
「歌うとき、一番大事なのは ‘自分が楽しむこと’ だと思う。」
「……楽しむ?」
「うん。歌ってるとき、 ‘自分がどんな気持ちでいるか’ が、そのまま歌に乗るんだ。」
結花はじっと隼人の顔を見つめた。
(そっか……隼人は、いつも穏やかで優しく歌ってる。)
だからこそ、彼の歌声は心に響くんだ、と結花は思った。
「結花ちゃんが歌うの、楽しみにしてるね。」
「……うん!」
結花は少し自信が湧いてきた気がした。
④ 初めての舞台
クリスマス礼拝の日、結花は少し緊張しながらも、みんなの前に立った。
(大丈夫、大丈夫……隼人も応援してくれてる。)
そう自分に言い聞かせ、息を吸い込む。
そして、ゆっくりと歌い始めた。
会場は静まり返り、誰もが結花の歌声に耳を傾けていた。
奏恵のピアノの音が優しく響く中、結花は初めて”歌うことの楽しさ”を心の底から感じた。
(あ、楽しい……!)
歌い終えた瞬間、会場から温かい拍手が起こった。
結花の胸の中には、何とも言えない達成感が広がる。
そのとき、隼人と目が合った。
彼は静かに微笑みながら、軽く拍手を送っていた。
(……隼人、見ててくれたんだ。)
それが何だか嬉しくて、結花はつい頬を緩ませた。
⑤ 結花の新たな夢
礼拝の後、結花は家で嬉しそうに報告した。
「ねえママ! わたし、もっと歌いたい!」
奏恵は優しく微笑みながら、娘の髪を撫でた。
「そうね、結花の歌、とっても素敵だったもの。」
「わたし、もっともっと上手くなって、たくさんの人に歌を届けたい!」
結花の目は輝いていた。
「そっか……。」
その会話を聞いていた父・昭吾が、新聞をめくりながら口を開いた。
「じゃあ、しっかり勉強もしないとな。」
「えっ、なんで?」
「夢を叶えるためには、努力も必要だからな。」
昭吾はそう言いながら、優しく微笑んだ。
「結花が本気でやりたいことなら、俺も応援するぞ。」
「……!」
結花は、嬉しそうに父を見上げた。
(パパもママも、応援してくれる……!)
「よし、じゃあこれから毎日、歌の練習する!」
「ほどほどにな。」
父の呆れたような声に、結花と奏恵は思わず笑い合った。
こうして結花は、「歌手になりたい」という夢を、はっきりと自覚し始めた。




