第49話 幼少期の陽川家と隼人との出会い
(幼い結花が初めて出会った、“心地よい歌声”と優しい少年)
① 陽川家の日常
結花が幼い頃、陽川家の朝はいつも穏やかだった。
父・昭吾はスーツに袖を通し、母・奏恵は朝食をテーブルに並べる。
兄の朔は新聞を広げている父の横で、トーストをくわえながら何かを考えているようだった。
「朔、食べ終わったらすぐに出なさいよ。」
奏恵が言うと、朔は「はいはい」と軽く返事をする。
その横で、幼い結花はスプーンを握りしめながら、もぐもぐとパンを食べていた。
ふと母を見上げ、無邪気に笑う。
「ねえママ、今日教会に行く日?」
「そうよ、結花。聖歌隊の練習もあるし、楽しみね。」
奏恵は微笑みながら、結花の髪を整えた。
「結花も、ちゃんと大きな声で歌えるように頑張らないとね。」
「うん!」
結花は嬉しそうに頷いた。
結花にとって、教会は特別な場所だった。
母がピアノを弾く姿を見るのも、みんなで歌うのも、大好きだった。
そしてこの日、結花は生涯忘れられない出会いをすることになる。
② 教会で出会った少年
教会の中は、陽の光が優しく差し込み、温かな雰囲気に包まれていた。
奏恵はオルガンの前に座り、静かに鍵盤に指を置く。
結花は、子どもたちの輪の中で一緒に並びながら、練習が始まるのを待っていた。
すると、ふと見慣れない少年が入り口で立ち止まっているのが目に入った。
(だれ……?)
少年は黒髪の端正な顔立ちで、結花より少し年上に見えた。
白いシャツを着て、少し不安そうに教会の中を見渡していた。
すると、その隣にいた男性が少年の肩を優しく叩いた。
「隼人、行っておいで。」
(……はやと?)
結花は、その名前を小さく口の中で繰り返した。
少年は少しだけ頷くと、静かに中へと歩み寄ってきた。
③ 初めて聞いた隼人の歌声
練習が始まり、結花はいつものように、元気いっぱいに歌い始めた。
しかし、ふと隣から聞こえた声に、結花は思わず耳を澄ませた。
(……きれい。)
その歌声は、とても優しくて、心に響くようだった。
結花はそっと少年の方を見た。
(この人……歌うの、上手なんだ。)
目が合うと、少年は少しだけ微笑んだ。
「君、上手だね。」
「え……!」
突然話しかけられ、結花は少し驚いた。
「わたし? えへへ、ありがとう!」
「僕、隼人。君の名前は?」
「結花! よろしくね、隼人!」
隼人は静かに微笑み、結花も思わず笑顔になる。
(この人の声……なんだか、すごく落ち着く。)
結花にとって、これが初めての隼人との出会いだった。
④ 結花の「好き」の始まり
練習が終わり、結花は母の元へ駆け寄った。
「ママ! 今日、新しいお友だちができたの!」
「まぁ、誰かしら?」
「隼人っていうの! すごく歌が上手なの!」
奏恵が微笑んでいると、後ろから男性の声が聞こえた。
「……結花ちゃん、っていうんですね。」
振り返ると、そこには隼人と、彼の父・光一がいた。
「うちの隼人と仲良くしてくれてありがとう。」
光一が優しく微笑むと、奏恵も「こちらこそ」と礼を返した。
「隼人くん、すごくいい声してるのね。きっとお父さん譲りね。」
光一は少し照れたように笑う。
「いやいや、僕よりずっと上手いですよ。」
結花は嬉しそうに隼人の方を見る。
「また一緒に歌える?」
「うん。」
隼人が頷くと、結花は満面の笑みを浮かべた。
(これからも、いっぱい歌おうね。)
結花の「歌うことが好き」という気持ちは、この日からますます強くなっていった——。




