第44話 秋の午後、美紅と幸次
(偶然2人きりになり、美紅の意識がさらに強まる)
① 偶然の2人きり
秋の午後。
澄んだ空気の中、教会の庭には色づいた葉がゆっくりと舞い落ちていた。
「……結花、今日は来られないの?」
美紅は教会の受付で書類を整理しながら、ふと聞いた。
「今日は大学の課題があるとかで、来られないらしい。」
隼人が静かに答える。
「朔さんは?」
「仕事。今日は忙しいって言ってたな。」
「あら、珍しい。」
美紅が苦笑すると、隼人は微かに笑った。
「俺も今日は少し外へ出る。父に頼まれて、買い出しに行かないといけなくてな。」
「そっか……じゃあ、今日は私一人?」
「いや、幸次さんなら裏庭の方にいると思う。」
隼人がそう言うと、美紅の心臓が少し跳ねた。
(幸次さんと、2人きり……。)
意識しないようにしようと思うほど、胸の奥がざわつく。
「……じゃあ、少し様子を見てきます。」
美紅は落ち着いたふりをしながら、静かに教会の裏庭へ向かった。
② 幸次との静かな時間
裏庭では、幸次が木の下に座り、何かを読んでいた。
「幸次さん。」
美紅が声をかけると、幸次は顔を上げた。
「ああ、美紅か。」
「何を読んでるんですか?」
「詩集だよ。」
幸次は本を閉じ、表紙を見せる。
「また詩……最近、よく読んでますよね。」
「秋は、詩が似合う季節だからな。」
幸次は穏やかにそう言いながら、木漏れ日の中で本を撫でるように持っていた。
(こういう姿が、絵になる人だな……。)
美紅はふと、そんなことを思う。
「……座るか?」
幸次が隣のスペースを示す。
「いいんですか?」
「ああ。」
美紅は静かに隣に腰を下ろした。
③ 美紅の意識
2人の間には、穏やかな沈黙が流れた。
木々が風に揺れる音が、どこか心地よかった。
「……こうやって静かに過ごすのも、悪くないな。」
幸次がふと呟いた。
「ですね。」
美紅はそっと彼を横目で見た。
夏の間に何度も一緒にいたはずなのに、こうして2人きりになると、妙に意識してしまう。
(もっと、普通に話したいのに……。)
美紅は小さく息を吸った。
「幸次さんって、秋は好きなんですか?」
「……昔は、あまり好きじゃなかった。」
「え?」
「秋は寂しい季節だからな。だが、今はそこまで嫌いじゃない。」
「それって、どうして?」
美紅が聞くと、幸次は少しだけ微笑んだ。
「今は、1人じゃないからかもしれないな。」
美紅の胸が、ぎゅっと締めつけられる。
(1人じゃない……。)
それは、彼が今の生活を受け入れつつあることを意味しているのかもしれない。
(もっと、幸次さんのことを知りたい。)
美紅はそう思ったが、それをどう言葉にすればいいのかわからなかった。
④ 朔の視線
一方、その様子を遠くから見ていた人物がいた。
「……まあ、こうなるよな。」
朔だった。
教会の玄関前で荷物を運んでいたが、偶然裏庭の方を見て、2人が並んで座っているのを目にした。
(美紅の気持ちはわかってる。でも、幸次はどうなんだろうな。)
幸次は、無意識に美紅を気にしている。
ただ、それが「恋愛感情」なのかどうかは、まだはっきりとは見えなかった。
「……ま、焦る必要はないか。」
朔は小さく笑い、ゆっくりとその場を離れた。
⑤ 夕暮れの予感
「そろそろ、夕方ですね。」
美紅が空を見上げると、太陽が少しずつ傾いてきていた。
「そうだな。」
「……幸次さん、これから何か予定あります?」
「特にはない。」
「じゃあ、よかったら、一緒にお茶でも飲みませんか?」
美紅はできるだけ自然にそう言った。
「……いいな。」
幸次は小さく笑い、美紅はほっと息をついた。
夕暮れの空が、ほんのりと赤く染まり始めていた。




