第40話 自分に言い聞かせる
(隼人は、自分の気持ちを抑えようとするが——)
① 気にするつもりはなかった
「はぁ……」
隼人は、教会の書類を整理しながら小さく息をついた。
(気にするな)
そう言い聞かせる。
(ただの勘違いだ)
結花のことを「特別に思っている」わけじゃない。
あの時、咄嗟に助けただけで、特別な意味なんてない。
彼女は、ただの——
(……ただの“仲間”だろうか)
その瞬間、自分の考えに違和感を覚えた。
以前なら、何の迷いもなくそう思えたのに。
今は、そう言い切れない自分がいる。
② 朔の何気ない一言
「隼人、お前さ」
ふと、朔の声がした。
「最近、ちょっとおかしくね?」
「……何がだ?」
「いや、なんかこう……“自分に言い聞かせてる”って感じがするんだよな」
隼人は一瞬、心臓が跳ねた。
「……どういう意味だ?」
「さあ? 俺にはわかんねぇけど」
朔は肩をすくめながら言う。
「でもさ、“考えないようにしてる”時点で、もう考えちゃってるんじゃね?」
「……」
隼人は何も言えなかった。
図星だったからだ。
「ま、別にどうでもいいけどな」
そう言って朔は軽く笑うと、そのまま立ち去った。
隼人は、拳をぎゅっと握る。
(考えないようにしてる時点で……か)
そうかもしれない。
だからこそ、結花と会うたびに、妙に意識してしまうのかもしれない。
(……いや、それでも)
(俺は、この気持ちを認めるつもりはない)
③ 結花は変わらない
その日の夕方。
「隼人さん!」
結花が明るく駆け寄ってきた。
「今日、少しだけお手伝いしてもいいですか?」
「……ああ、助かるよ」
隼人は努めて冷静に返す。
(そうだ、俺が変に意識しなければ、何も変わらない)
(結花はいつも通りで、俺も……)
「そういえば、隼人さん!」
「ん?」
「最近、なんだかお疲れ気味じゃないですか?」
「……そんなことはない」
「本当ですか?」
結花はじっと隼人を見上げる。
その無邪気な瞳が、やけに胸に刺さる。
「……結花」
「はい?」
「何でもない」
言いかけた言葉を飲み込む。
(こんな気持ち、知られたくない)
隼人は、自分の心を押さえつけながら、目を逸らした。
結花は何も気づかないまま、変わらず隼人の隣で笑っている。
それが、余計に苦しかった。




