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第3話 交差する現在

(5人の交流/過去と未来が交わるとき)


① ぎこちない日常


教会での生活にも、少しずつ慣れてきた幸次だったが、未だに自分がどうして「今」ここにいるのか、その答えは見つからないままだった。


現代の価値観、人々の振る舞い、すべてが1960年代とは違っている。

だが、それでもここにいる人々——隼人、朔、美紅、結花との関わりの中で、少しずつ「今」に馴染み始めていた。


「北村さん、よかったら紅茶をどうぞ」


美紅が静かにカップを差し出す。


「ああ、ありがとう」


彼女は相変わらず感情をあまり表に出さないが、時々こうして気を配ってくれる。


「北村さん、もしかしてコーヒー派ですか?」


「いや、紅茶も好きだ。教師やってた頃、生徒たちが“先生って紅茶飲んでそう”って言うから、よく飲んでたな」


「……そうなんですね」


美紅は、どこか考えるような表情を見せた。

彼女にとって「1960年代の教師」というのは、まるでフィクションの世界の話のようだった。


「じゃあ、北村さんって、もしかして厳しい先生でした?」


隣に座っていた結花が興味津々で聞いてきた。


「いや、むしろ逆だな。生徒たちにはよくなめられてた」


「意外ですね!」


結花が驚いたように目を丸くする。


「そうか?」


「はい! もっと怖い先生だったのかと思いました!」


「おい、俺の第一印象どんなだったんだよ」


「うーん、なんかこう、昔の厳しい軍人さんみたいな?」


「……お前の1960年代のイメージ、大丈夫か?」


「でも、生徒さんには好かれてたんですよね?」


美紅が静かに問いかける。


「……まあな」


幸次は少し懐かしそうに目を細めた。


「でも、俺は……結局、何も守れなかった」


そう呟いた彼の表情が曇る。


——あの日、守れなかった生徒のこと。

——教師を辞めることになった自分の無力さ。


その傷は、60年経っても消えてはいなかった。


② 朔の挑発と、隼人の静観


そんな穏やかな空気をぶち壊すのが、陽川朔の役割だった。


「なあ、1960年代の男さんよ」


「……なんだよ」


「今の時代のこと、もうちょっと勉強したほうがいいんじゃねぇの?」


「別に、困ってねぇよ」


「いや、困るだろ。たとえばスマホも使えねぇんだろ?」


「……スマホってのが、あの四角い機械のことなら、使えねぇな」


「マジかよ。じゃあ、電話とかどうすんだよ」


「公衆電話はねぇのか?」


「あるにはあるけど、もはや絶滅危惧種だな」


「……じゃあどうしろってんだよ」


「覚えろよ、スマホの使い方」


「無理だ」


「無理って、お前……」


呆れたように笑う朔だったが、すぐにスマホを取り出して画面を幸次の前に突きつけた。


「ほら、これが2024年の常識だ。覚えとけ」


「……」


1960年代にはなかった、手のひらサイズの機械。

たった一枚の薄い板の中に、膨大な情報が詰まっている。


「……なんでもできるんだな」


「そうそう。情報も、連絡も、全部これ一つで済む。まあ、お前にはまだ難しいだろうけどな」


「……馬鹿にしてんのか」


「ちょっとな」


「お前なぁ……」


幸次がため息をつくと、そのやり取りを隼人が静かに見守っていた。


「……幸次さん」


「なんだ?」


「焦ることはないですよ。今はまだ、環境に慣れることが一番大事です」


隼人のその言葉に、幸次は少しだけ肩の力を抜いた。


「……わかってるよ」


隼人の言葉は、どこか教師時代に聞いた「生徒を諭す大人の声」に似ていた。


彼のような落ち着きを持つ人間は、60年前にもいた。


だからこそ、幸次は少しだけ安心した。


③ 明との共通点


そんなある日、美紅はふと幸次に尋ねた。


「北村さんは……どうして作家になりたかったんですか?」


「……」


幸次は、少しだけ目を伏せる。


「昔から、本が好きだったんだ。特に、戦後の時代に書かれた作品がな」


「戦後の作品……たとえば?」


「太宰治、三島由紀夫、遠藤周作……いろいろあるよ」


「……遠藤周作」


美紅は、その名前に少し引っかかりを覚えた。


「……どうかしたか?」


「いえ……。祖父がよく読んでいた作家と同じだったので」


「……祖父?」


「はい。母方の祖父です。昔、文学が好きだったと聞いています」


「そうか……」


幸次の胸に、小さな違和感が芽生えた。

1960年代、自分の知っていた中崎明もまた、本を愛する人間だった。


偶然なのか、それとも——。


(まさかな……)


そんなことを考えながら、幸次は美紅をそっと見つめた。

彼女の顔にはどこか懐かしさがあるように思えたが、その理由がわからなかった。


④ 5人の距離


最初はギクシャクしていた5人だったが、次第に距離が縮まっていった。


——隼人の穏やかな支え。

——朔の軽口と挑発。

——結花の天真爛漫さ。

——美紅の静かな気遣い。


そして、それを受け入れつつある幸次。


60年間、時が止まっていた男が、「今」を生きる人々の中に少しずつ馴染んでいく。


しかし、彼はまだ知らない。


この5人の関係が、やがて大きな運命を動かすことになることを——。


(第三章 完)

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