第38話 自分の気持ちがわからない
(隼人の戸惑いと、朔の鋭い指摘)
① 違和感の正体
それから数日。
隼人は、これまでと変わらぬ日常を送っていた。
教会での仕事、ボランティアの調整、地域の人々との関わり。
全てがいつも通りのはずだった。
——ただ、一つだけ違うことがある。
(結花のことを、考える時間が増えている)
今までは、彼女の明るさや行動を特に気にすることはなかった。
けれど、最近は何気ない仕草や言葉がふと頭をよぎる。
「隼人さん、笑うともっと素敵なのに」
(……素敵、か)
今まで誰かにそんなことを言われたことがあっただろうか。
特別な意味はないとわかっている。
それでも、その言葉を思い出すたび、どこか胸の奥がざわつく。
(俺は……どうしたいんだ?)
答えは、まだ出なかった。
② 朔の鋭い指摘
「なあ、隼人」
夕方、教会の庭で掃除をしていたとき、朔がふと声をかけてきた。
「ん?」
「最近、結花のこと、ちょっと気にしてないか?」
隼人は思わず動きを止めた。
「……どうしてそう思う?」
「見てればわかる」
朔は軽く肩をすくめながら言う。
「前はあいつが騒いでても、適当に流してたのに、最近はちゃんと向き合ってる感じがする」
「……」
「それに、お前の視線、ちょっと変わってきてるんだよな」
「……気のせいだろう」
隼人は静かに答えたが、朔はニヤリと笑う。
「そうか? ま、別にどうでもいいけどさ」
「……何が言いたい?」
「別に。ただ、お前がどう思ってるのか気になっただけだよ」
朔の言葉に、隼人は少し考えたあと、静かに言った。
「……まだ、自分でもよくわからない」
その言葉を聞いた朔は、少しだけ驚いた顔をしたあと、満足そうに頷いた。
「なら、まあ、じっくり考えればいいんじゃね?」
そう言い残し、朔は軽い足取りで去っていった。
隼人は、一人庭に残り、深く息をついた。
(俺は……どうしたいんだろう)
結花に対するこの気持ちの正体が、少しずつはっきりし始めている気がする。
でも、それを認めるのが怖かった。
③ 結花と話す時間
その夜。
教会の片付けをしていると、結花がやってきた。
「隼人さん、お疲れさまです!」
「結花。今日はもう帰らなくていいのか?」
「もう少ししたら帰ります! でも、その前にちょっとお話しません?」
「……いいけど」
2人は、静かに並んで座った。
「最近、なんだか考え事してません?」
「……そう見えるか?」
「はい。悩みがあるなら、話してほしいなーって思って」
隼人は少し迷ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「……結花は、自分の気持ちがわからなくなったことはあるか?」
「うーん……あるかもしれないですね」
「例えば?」
「例えば……好きな人ができたときとか?」
隼人の心臓が、わずかに跳ねた。
「……そうか」
結花は、何も知らずに笑っていた。
隼人は、その笑顔を見ながら、そっと目を伏せた。
(俺は、どうしたいんだ……)
まだ、答えは出ないまま。
それでも——この気持ちが、今までとは違うものだということだけは、はっきりしていた。




