第37話 揺らぎ始める心
(隼人の中で、結花の存在が特別なものになり始める)
① いつもと同じはずなのに
翌日。
隼人は、教会の事務作業を淡々とこなしていた。
書類整理、ボランティアのスケジュール調整、教会の掃除。
何気ない、いつも通りの日常。
それなのに——
(どうしてだろう)
昨日の結花との会話が、ずっと頭の片隅に残っていた。
「隼人さん自身は、何をしたいの?」
考えたこともなかった。
考える必要もなかった。
自分は、家族を支える側の人間で、誰かに守られる立場ではない。
……そう思っていたのに。
(俺は、本当にこのままでいいのか?)
小さな疑問が、ふと心を揺らした。
② 結花の存在の大きさ
「隼人さん、手伝いますよ!」
明るい声がして、顔を上げると、結花が立っていた。
「無理しなくていい。もうすぐ終わるよ」
「えー、でも、一緒にやった方が早いですよ!」
そう言って、結花は隼人の制止も聞かずに荷物を運び始める。
「重いぞ?」
「大丈夫です! こう見えて力には自信ありますから!」
楽しそうに笑う結花を見て、隼人はふっと力が抜けた。
(本当に、いつも元気だな)
結花といると、気を使う必要がない。
変に取り繕うこともなく、ただ自然でいられる。
そして、それが——心地よかった。
③ 結花を「特別」に感じる瞬間
「よし、終わりました!」
荷物を片付け終えた結花が、満足げに息をついた。
隼人は軽く汗を拭きながら、彼女を見た。
「……結花」
「はい?」
「君は、いつも楽しそうにしてるよね」
「え?」
「……どうして、そんなに明るくいられるんだろう」
結花は一瞬驚いた顔をしたあと、ふわっと笑った。
「うーん……なんででしょう?」
「……」
「多分、私、誰かが笑っているのを見るのが好きなんです」
「……そうなんだ」
「はい! だから、隼人さんももっと笑ったらいいのになって思います」
結花が無邪気に笑う。
その笑顔を見た瞬間——
隼人は、心臓がわずかに跳ねるのを感じた。
(……なんだ、今の)
いつも見ているはずの笑顔。
なのに、今日の笑顔は、どこか違って見えた。
(……いや、違うのは俺の方かもしれない)
「……俺が、もっと笑う?」
「はい!」
「簡単なことじゃないな」
「そんなことないですよ! 隼人さん、笑うともっと素敵なのに」
結花が冗談めかして言う。
「……」
隼人は、一瞬言葉に詰まった。
(俺は、君を……どう思ってるんだ?)
初めて、そんな疑問が浮かんだ。




