第36話 家族を守るということ
(隼人の価値観に、結花がそっと踏み込む)
① 結花の疑問
「……隼人さんは、ずっと“家族を守る”ことを大切にしてきたんだね」
結花は、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべながら言った。
「でも、それって……隼人さん自身の“幸せ”とは別なんじゃない?」
隼人は一瞬、言葉を失った。
(俺の……幸せ?)
今まで考えたこともなかった。
「俺は、家族を守ることが大事なんだ」
「それはわかる。でも、じゃあ……隼人さんは?」
結花はまっすぐに彼を見つめる。
「隼人さん自身は、何をしたいの?」
「……俺は……」
答えようとしたが、うまく言葉が出なかった。
(……俺は、何をしたいんだ?)
② 幸せとは何か
隼人はずっと、「家族を守ること」が自分の使命だと思っていた。
母が亡くなり、兄が家を出て、父を支えるために生きてきた。
だから、恋愛や自分の幸せについて深く考えることはなかった。
——だが、今。
結花の言葉が、彼の中で小さな波紋を広げていた。
(……俺は、本当にこれでいいのか?)
結花はふっと笑った。
「隼人さんって、すっごく優しいよね」
「……優しい?」
「うん。でも、たまには自分のことも考えていいと思うよ」
その言葉に、隼人の胸が少しだけ苦しくなった。
(俺は……自分のことなんて考えたことなかった)
(それで、本当にいいのか?)
③ 結花の温かさ
「……結花」
「ん?」
「お前は、何が幸せだと思う?」
結花は少し考えて、にこっと笑った。
「私はね、大切な人と笑っていられることかな」
「……」
「家族も、友達も……恋愛だって、そうかもしれない」
「……恋愛、ね」
隼人はぼんやりと呟いた。
今まで、そんなことを真剣に考えたことがあっただろうか。
「隼人さんも、いつか本当に大切な人に出会ったら、自分の幸せについても考えてほしいな」
結花の言葉は、まるで太陽のように温かかった。
それなのに——
(……どうしてだろう)
(胸の奥が、少しだけ痛い気がする)
「……考えてみるよ」
「うん!」
結花が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ながら、隼人は自分の中の何かがゆっくりと変わっていくのを感じていた。




