第29話 現在へ
(過去を抱えながら、それでも前へ)
① 結花との会話、そして現在へ
「……美紅?」
結花の声が聞こえた瞬間、私はハッと意識を戻した。
目の前には、カフェのテーブル。
そして、心配そうにこちらを見つめる夢奈。
「なんか、急に黙っちゃったけど……大丈夫?」
「……うん、ごめん。ちょっと考えごとしてた」
私は、カップを持ち直し、少し冷めた紅茶を一口飲んだ。
(……久しぶりに思い出した)
母のこと。
祖父のこと。
私が何者でもなくなったあの時間のこと。
「そっか。でもさ、思い出すことって大事だよね」
「……どういう意味?」
結花は、にこっと笑う。
「だってさ、今の美紅を作ってるのって、過去の美紅でしょ?」
「……」
「だからさ、振り返るのも大事だと思うよ。まあ、私は過去をあんまり気にしないタイプだけど!」
そう言って、結花は豪快に笑った。
(……この子は、本当に太陽みたいだ)
眩しくて、温かくて、どこまでも前向きで。
私は、その明るさに救われているのかもしれない。
② まだ、自分が何者かわからない
「ねえ、美紅。これから何したい?」
結花の何気ない質問に、私は言葉を詰まらせた。
「……わからない」
「そっか。ま、焦らなくてもいいよ!」
「……そうかな」
「うん! むしろ、焦るといいことないしね!」
結花は明るく言うけど、私は考え込んでしまう。
(私は……何がしたいんだろう)
もう女優じゃない。
母の夢を叶える必要もない。
(でも、じゃあ私は、どう生きていけばいいんだろう)
「……美紅?」
「あ、ごめん。なんか、難しく考えちゃった」
私は小さく笑って、カップを置いた。
「そっか。でもさ、美紅って、今はどう思ってるの?」
「今?」
「うん。今の自分のこと」
(今の自分……?)
私は、一度目を閉じる。
そして、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「……まだ、わからない」
「そっか」
結花は、それ以上何も聞かなかった。
「でも、なんとなく思うの」
「ん?」
「……まだ、終わりじゃないのかもしれないって」
結花は驚いたように目を丸くした。
「それって……?」
「わからない。でも、なんとなく、そんな気がするだけ」
自分でも、うまく説明できなかった。
ただ、祖父の言葉や、結花との会話の中で、少しだけ思った。
(私は、まだ終わってない)
(まだ……何かが始まるかもしれない)
③ 祖父からの手紙
その夜。
私は部屋で、一人静かに机の上の封筒を見つめていた。
——祖父がくれた、母への手紙。
私は、それをまだ開けていなかった。
(おじいちゃん……)
(お母さん……)
私は、この手紙を読むことで、何かが変わるんだろうか。
まだ、その答えは出せなかった。
けれど、いつか——
「……もう少しだけ、考えてみよう」
私はそっと封筒を引き出しにしまった。
まだ、自分の気持ちが固まるまで。
(もう少しだけ、このままで)
でも、いつかきっと。
私は、この手紙を開く日が来る——。