第2話 交差する過去と現在
(朔と幸次の関わり/徐々に解けていく謎)
① 奇妙な距離感
幸次が教会で暮らし始めて数日が経った。
隼人や美紅、夢奈とは少しずつ打ち解けてきたが、もう一人、やたらと馴れ馴れしく絡んでくる男がいた。
——陽川朔。
「よう、1960年代の男さん。未来の暮らしにはもう慣れたか?」
ある日、教会の庭でタバコをくわえながら、朔はそう言ってニヤリと笑った。
「……からかうなよ」
「悪い悪い。でもさ、マジでそんなことあるのか? 1960年代の人間が、そのままの姿で2024年にいるなんて」
「……俺が聞きてぇよ」
「だろうな」
朔は、誰よりもフランクに幸次へ接してきた。
どこか昔からの知り合いのような態度を取るが、幸次はそれに慣れず、距離感を測りかねていた。
しかし、決して悪い気はしなかった。
② 幸次の過去と朔の違和感
朔は、最初こそ幸次の話を「面白いネタ」として聞いていたが、次第に疑問を感じ始める。
「でさ、60年前って、どんな生活してたんだ?」
「長崎で教師をしてた。中学の国語教師だ」
「教師?」
「意外か?」
「ちょっとな。お前、もっとテキトーに生きてたのかと思ってたわ」
「……まあ、そう思われても仕方ねぇかもな」
幸次は、どこか自嘲気味に笑った。
「なんで教師辞めたんだ?」
「……ある生徒がひどい差別を受けてた。それを庇ったら、問題になって……結局、俺が辞めるしかなくなった」
「……マジか」
朔はそれ以上は聞かなかった。
幸次の語り口には、整理しきれない後悔の色が滲んでいた。
「そんで、東京に出てきたってわけか」
「ああ。教師を辞めたあとは何もなくてな。作家になりたくて東京に出た」
「へえ、文学青年だったのか」
「いや、もうこの歳で“青年”はねぇよ」
「全然文学青年で通るけどな」
そう言った朔の言葉に、幸次は少し引っかかった。
——確かに、俺の姿は1960年代から変わっていない。
しかし、それが何を意味するのかは、まだ考えたくなかった。
③ 結花と朔の会話
ある日、朔は妹の結花と話していた。
「ねえ、お兄ちゃん。北村さんのこと、どう思う?」
「どうって?」
「なんか……ずっと寂しそうな人だなって思って」
「……お前にしては、感傷的なこと言うな」
「だって、本当にそう思ったんだもん。なんか、“今”を生きてる感じがしないというか……」
「……」
結花は、感覚的に幸次の“違和感”を察していた。
——まるで、過去に囚われたまま、ずっと「止まっている」みたいだ、と。
「お兄ちゃんは、どう思う?」
「……まあ、確かに、なんか変な感じはするな」
そう言いつつも、朔はまだ「この違和感」の正体を掴みきれずにいた。
④ 朔が気づいたこと
数日後。
朔は、教会の図書室で本を読んでいる幸次を見つけた。
ふと興味が湧き、何を読んでいるのか覗き込む。
「……お前、古い本ばっか読んでんな」
「そうか?」
「いや、タイトルが全部聞いたことあるやつなんだよ。うちのじいちゃんの本棚にあったようなやつばっかり」
「……」
幸次は答えなかった。
朔は、テーブルに座ると、じっと幸次を見つめる。
「なあ、お前さ。本当に2024年の人間じゃねぇの?」
「……」
「1960年代から来たんだとして、普通なら50年以上経ってるわけだろ?」
「……」
「なのに、お前、20代後半にしか見えねぇ。ありえねぇだろ?」
「……」
幸次は何も言わなかった。
「まさかとは思うけど……」
朔は、ふと冗談めかして言う。
「お前、不老不死なんじゃねぇの?」
その瞬間、幸次の指がピクリと動いた。
「……っ」
それは、朔にとっては何気ない冗談だった。
しかし、その言葉に対する幸次の微かな反応——それが、違和感の正体だった。
幸次は、本当に1960年代を生きていた。
そして——
彼は、自分が「不老不死」である可能性に気づいていない。
朔は、そのことを確信した。
⑤ 朔の直感と、幸次の動揺
「なあ、北村。お前、自分の体がおかしいって思ったことないのか?」
「……」
「ケガは? 病気は?」
「……ここ最近は、ないな」
「最近どころか、60年間、一度も病気もケガもしなかったんじゃないのか?」
幸次は、言葉を失った。
1960年代の記憶を持ち、2024年にいる。
姿は変わらず若いまま。
そして、不死栄という組織が、自分を「不死の証」として探している。
「……俺は、本当に……」
まるでタイムスリップしてきたように思っていたが、もしかすると——**「自分が変わらなかっただけ」**なのかもしれない。
自分は……死ななかったのか?
その疑念が、ついに現実味を帯び始める。
朔は、そんな幸次の動揺を見ながら、確信した。
「お前、自分のこと、もっと調べたほうがいいぞ」
「……」
「マジで、“人間”じゃないかもしれねぇからな」
その言葉は、軽口のようでいて、核心を突いていた。
——幸次は、自分の「正体」に気づき始める。
(第二章 完)