第27話 母の自殺
(美紅の決断がもたらした喪失と絶望)
① 静まり返った家
「ただいま……」
玄関の扉を開けた瞬間、違和感を覚えた。
——静かすぎる。
リビングの電気はついておらず、母の姿もない。
(お母さん……?)
これまでなら、どんなに遅く帰っても母はリビングで待っていた。
私がテレビに映る瞬間を何よりも大切にして、録画をチェックしながら。
でも、今日は違った。
「……お母さん?」
靴を脱ぎ、部屋の奥へと進む。
冷房がついているのに、家の中はどこか寒々しく感じた。
そして、寝室の前で足が止まる。
——嫌な予感がした。
(……開けたくない)
そう思ったのに、手はゆっくりとドアノブを回していた。
② 母の最期
ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは——母がベッドの上で冷たくなっている姿だった。
「……え?」
声が出なかった。
現実味がなかった。
「……お母さん?」
近づくと、彼女の手元には一通の封筒が置かれていた。
震える手でそれを掴み、中の便箋を開く。
——『美紅へ』
そこには、母の文字で遺書が書かれていた。
『あなたの未来を、誰よりも信じていました。
あなたは輝くべき人だったのに——
でも、それを選ばないなら、私はもう、ここにいる意味がない。』
意味が、わからなかった。
いや、本当はわかっていた。
わかりたくなかった。
「……嘘、でしょ?」
全身が震える。
寒さのせいじゃない。
目の前の現実を受け入れられないせいだった。
「お母さん……なんで……?」
私が女優を辞めると言ったせい?
私が“母の夢”を捨てたから?
「なんで……!!」
自分の声が部屋の中に響く。
だけど、母はもう何も言わない。
私の決断が、母を殺した。
そう思った瞬間、頭が真っ白になった。
③ 夢がすべてだった人
母にとって、私の成功は、彼女自身の生きる意味だった。
芸能界に未練を残したまま主婦になった母は、私にすべてを託した。
私が輝くことで、母も満たされる。
でも——私はそれを拒んだ。
(私が女優を続けていれば……)
(私が母の期待に応えていれば……)
(そしたら、お母さんは……)
喉の奥が熱くなる。
でも、涙は出なかった。
出るはずがなかった。
だって、私が選んだ道が、母を殺したんだから。
④ 絶望と虚無
翌日、母の死は静かに処理された。
ワイドショーにも取り上げられず、芸能界のニュースにもならなかった。
望月美花子という女性は、ただひっそりと消えた。
私は——ただ、茫然としていた。
「……どうすればいいの?」
母のいない世界で、私は何をすればいいのか、わからなかった。
私は、もう女優じゃない。
私は、もう母の「特別な娘」じゃない。
(……じゃあ、私は何?)
深い喪失感の中で、私は静かに座り込んだ。
何も感じられなかった。




